第96話 グランデ伯爵の乱 1 迫りくる腹ペコ軍勢
「……グランデ伯爵領から軍勢ですか! 」
祝福をかけ直してきたエルムンガルドが私達をリア町長の館に集めて、「兵士のような者達がやってきている」と伝えた。
驚きである。
方角を聞いてリア町長は頭を抱えて
「難民、とかじゃなくてか? 」
「武装しとったし難民じゃなかろう」
「冒険者の可能性も」
「冒険者にしては体つきが貧相じゃった。だから違うのぉ」
もしかしたらと幾つか集団が兵士でない可能性を上げていくが、全部エルムンガルドに否定される。
彼女が兵士というのならば兵士なのだろう。
しかし体つきが貧弱な兵士というのも気になるな。
「恐らく徴兵したのでしょう」
「一介の領主がそんなこと出来るのか? 」
「陛下の命により集めることはできますが、それが無い場合は出来ませんね。今回は完全に越権行為でしょう。国の命無く徴兵をする行為は国に反逆する意思があると言っているのと同じですから」
「……グランデ伯爵とかいうのは馬鹿なのか? 」
「馬鹿ではないと思いますが……。何せロイモンド子爵領が三世代に渡って苦しめられてきた相手なので」
後先考えていない行動をみると、正常な判断ができないほどに追い詰められているということか。
こういう手合いはまず話が通じないのが常なのだが……。
ん? 待てよ? どうしてエルムンガルドは私達に話を持って帰って来たんだ?
「この話をエルムンガルドが持ってきたのは穏便に済ませるためか? 」
「妾はどちらでも構わぬが、このリアの町はお主達の町。妾が一瞬で殲滅させることは可能じゃが、判断を聞いておこうと思っての」
「……思い留まってくれて本当に良かったよ。リア町長、どうする? 」
「困りましたね。
「となると兵を集めず撃退しなければなりませんね。異常事態とはいえ相手は上位貴族。下手に徴兵ととられるような行為をした場合、敵を退けることができても、そのあと難癖をつけてこの町を潰しにかかる可能性があるので」
「……頭の痛い問題です」
ヴォルトが言うとリア町長が溜息をつく。
状況だけを見ると圧倒的に不利だな。
戦力は圧倒的に有利だが。
「難しいことはわかんねぇが……、要はそいつらを殲滅すればいいのか? 」
「……ライナー。お前はどうしてそう脳筋なんだ」
「いや進行してきているのなら拳で玉砕するのが一番だろ? 」
「拳で、というのには疑問が残るが攻めて来た相手を撃退する方法として反攻するのは普通じゃな」
「確かにそうですが、出来れば力によらない撃退方法があればいいのですが」
リア町長が申し訳なさそうに言う。
殺すな、とは難題を言うな。少し苦笑いを浮かべながらも強い瞳で言うリア町長から目を離して腕を組む。
リア町長が言っているのは極めて非常識な事だ。
武装した相手に武器で戦わない。
戦わずして勝ちつつ、上位貴族につけ入る隙を与えない。
こんな都合の良い方法があるのならば誰もが使うだろう。
しかしその意気は好ましい。
「エルムンガルド。兵士達は貧相な体つきと言っていたが、腹は空いてそうだったか? 」
「うむ。ここ数週間何も食べていないといった感じじゃったの」
それは誰のせいだ、という言葉を飲み込みここで提案。
「なら一ついい案があるんだが」
「どのような案でしょう? 」
「なに戦いは武力だけじゃないってね」
こうして私達は準備に入った。
★
エルゼリア達が準備をしている頃、リアの町に向かう軍勢が一つあった。
貧相な体つきにボロボロの武器。
もし戦時ならば敗残兵と間違う程の者達がリアの町に向かっていた。
――彼らはグランデ伯爵に徴兵され編成された領軍。
軍、というには統一性が無く、難民にしては物々しすぎる。
百を超える集団が一つとなってリアの町向かっているのだが性別、年齢はバラバラ。
本当にかき集めただけの集団であった。
「伯爵もついに狂ったか」
「……みたいだな」
「何でこんなことしてんだ、俺達」
「……さぁ? 伯爵に命令されたからとか、殺されたくないからじゃねぇのか? 」
「確かにそうだが」
男がいうと溜息をつきながら他の者が答える。
自分達がやろうとしていることに疑問を持つのも不思議ではない。
突如集められて、リアの町にいる「魔女」とやらを討伐せよと言われたからだ。
具体的なことは聞けていない。
兎にも角にも「魔女を討伐せよ」と高々に叫ぶ伯爵を見て何も言えなかったからだ。
「あいつも損な役割を押し付けられたな」
「全くだ」
「変わりたいとは思わないが」
彼らはこの軍勢を率いている名も知らぬどこかの町長に同情した。
町長は一応爵位持ち。
けれど男爵のような爵位ではなく「騎士爵」という底辺貴族。町を運営するのが精一杯な者である。
貴族であるが裕福ではない。
肩書だけの貴族という側面が強い騎士爵だが、その肩書が仇となってこの軍勢を任されてしまっている。
その彼は一番前を必死に歩いている。
後ろを注意し倒れている者はいないか注意しながら前に進む。
そのせいか進行ペースは遅いのだが、現状離脱者が出ていないのは彼の手腕によるものだろう。
「なんだこの匂い? 」
匂いに気が付いたのは騎士爵を持つ町長であった。
鼻を引くつかせて周りを見る。
「全員戦闘態勢をとれ! 」
「騎士さま。魔女はまだですぜ」
「違う! 異常事態だ」
町長の言葉で集団にざわめきが走る。
が町長が声を張り上げて落ち着かせる。
「落ち着け。パニックにならず――」
「……?! なんだこの香ばしい匂いは」
「こっちからは甘い匂いだ」
武器を持つ気力もない。
纏まっていた軍勢は武器をそれぞれ手放して匂いの元を辿ろうとしている。
心の中で舌打ちを打つ町長。
がその町長も匂いに負けてお腹を鳴らす。
「おやおや。大人数でリアの町に何か用かな? 」
「エルゼリア殿。そんな分かり切ったことを」
「ヴォルト。エルゼリアが言ってみたかっただけじゃ。言ってやるな」
「エルゼリア。大雑把なもんだが……これで良いのか? 」
「ばっちりだ」
「な?! 」
町長の前に銀髪のエルフが突如として現れた。
エルゼリアである。
続いてヴォルトにエルムンガルド、ライナーが出現する。
町長は一瞬「魔物か?! 」と驚くが「言葉を介していること」を理解してそれぞれが異形種と呼ばれる者達だとわかる。
同時に何が起こったのか頭が混乱する。
(何が?! )
「なんだ貧相な体つきをして。食ってるのか? 」
「……エルゼリアは意地が悪いのである」
「分かってて料理を作るとか……。いやこれが料理人の戦いなのかもしれないが、相手には同情するぜ」
町長の前に大きな鍋を持ったソウが現れるとライナーが呆れた声でエルゼリアにジト目を送っている。
町長はそれをみて何かしらの魔法を疑った。
同時に「魔女」という単語が脳裏をよぎった。
町長は狼狽えているとソウが幾つも鍋を運んでいる。
その異常な状況に驚きつつ頭を回転させるが打開策が見えない。
――本当に私は何をやっているんだ?
討伐すべき相手がそこにいるのに号令をかけることができない。
それに見た目麗しい銀髪を持つエルフに剣を向けることを体が拒否をしている。
そればかりか「食事を分けてもらえないか」と考え始めた。
(元々反対だったんだ。せめて私一人の首で……)
町長はぐっと拳を握り顔を引き締める。
前を向き彼女達の前まで行くと地面に頭をつけて叫ぶ。
「わ、私はこの一軍を任されている者だ。頼む。進軍しておこがましいとは思うが後ろの者達に食事を分けてもらえないだろうか! この者達に罪はない。わ、私の首一つでどうにか!!! 」
彼が言うと「ふむ」と考え集まり相談する。
頭を下げ続ける彼にエルゼリアが近付く。
そして――。
「どうやら救われるべきは
顔を上げると、エルゼリアが笑顔でお椀を差し出していた。
———
後書き
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