第92話 悩めるエルゼリア 2 エルド酒造
私はソウを肩に載せて町へ向かっている。
ヴォルトに「一緒にいかないか」と聞いたけど「まだ焼いているパンがありますので」と断れてしまった。
彼も研究に励んでいるようだ。
私達が入った工房のパンはソウが食べてしまったけれど、彼はパンを食べれないはず。
気は進まなかったがパンの試作はどうするのか聞いてみた。
もし渡す当てがなかったら私が引き取ろうと思ったからだ。
けれど心配する必要はなかったようで、どうやら今町に出ているエルムンガルドに渡すようだ。
というよりも時々ヴォルトはエルムンガルド用にパンを焼いているらしい。
なんというか、エルムンガルドは知らない所で自由に行動しているな。
それ以上に不自由だろうけど。
「エルムンガルドは単独で町に出ても大丈夫なのか? 」
「この町程度の範囲なら何かあった時ヴォルトが駆けつけるだろう」
その「なにか」を引き起こしてほしくないのだが。
まぁヴォルトがなんとかするのならば大丈夫だろう。
それにライナーもこの町にいることだし、種族王二人かかりなら何とかなるだろう。
そう思いたい。
「そろそろ工房が……む? この芳醇な香りは! 」
「ワインの匂いだな」
町の中心に向かう途中、嗅ぎなれた匂いが漂ってきた。
「……寄ってみるか? 」
「もちろんなのである! 」
「言っておくが飲むなよ? 」
「わ、分かっているのである! 」
目的の町の中心からは遠い。ここからエルド酒造に向かうとなると町に出るのはかなり後になりそうだ。
けれど確かエルド酒造もEFRに出るはず。
だったら、ということで私達はエルド酒造に向かって歩き始めた。
★
エルド酒造は町の離れにある。
直売もしているが殆ど商人を通してリアの町や他の町に酒を卸していると聞く。
私も最初は直接受け取ったが、その後は時々しかこない。
ルフドとガリッツは食べにくることはあるがそれは意味合いが違うのでカットだろう。
倉庫に工房にと多くの建物が立ち並ぶ中、前に知らされていた建物を見つける。
「こんにちはー」
多くある倉庫の中にポツンと存在する一軒の建物をノックする。
けれど返事は返ってこない。
「魔法で探知しないのか? 」
「酒にどんな影響が出るかわからないから却下だ」
エルド酒造は魔法を使って酒を作っていると聞く。
しかもオリジナル魔法だ。
下手に魔法を使って干渉や阻害が起こったら洒落にならない。
それで酒が作れなくなったらエルド酒造だけでなく町中から非難されるだろう。
まぁそれ以前に失礼だとも思うし。
聞こえていないのか?
何度かノックをして呼びかけてみる。
けれど返事が返ってこない。
はて。工房が動いているということはどちらかはいるとおもうのだが。
と思いつつ倉庫の更に向こう側にある工房の方へ顔を向ける。
「工房の方か」
「ならば工房に行ってみるのである! 」
「ん~。仕事中だったら迷惑かもしれないしな」
「……ヴォルトの所には遠慮なく行く癖に」
「ソウは余程夕食がいらないようだ」
「それは勘弁なのである。謝るから夕食抜きはやめてほしいのである」
夕食を食べることができないと聞きソウが慌てて謝って来る。本当に食い意地の張った精霊様だ。
確かに私は無遠慮にヴォルトの工房に出入りしている。
だがパン工房を作る時に入っても構わないと了解を得てのこと。
遠慮なく人のパンを食べるソウにだけは指摘されたくない。
そもそもの話、ヴォルトのパン工房とワインの工房とではかってが違う。
エルド酒造の工房は機密情報が盛りだくさん。
そんなエルド酒造の工房に、簡単に入れるわけがない。
「出直すか」
独り言ちて町に向かおうとする。
するとどこからともなく声が聞こえて来た。
「エルゼリアさんじゃないか」
「なんか用事か? 」
「エルゼリアか……。お主もこの酒造に来とったとは」
振り向くと意外な組み合わせがそこにあった。
★
「なるほどのぉ」
来た理由を教えると、我が物顔で椅子に座るエルムンガルドが大きく頷いた。
「そういやテーマとか言ってたな」
「わし等のテーマといえば「最高の酒」!!! 常に、これだ! 」
「だがガリッツ。祝い酒というのも面白いかもしれんぞ? 」
「信念をかえろってか? ルフド」
「違う違う。今組み合わせている中で祝い事に合ったものを選ぶのはどうか、って聞いてんだよ」
「なら早くそれを言え」
「言う間もなく突っかかって来たんだろ! 」
エルフ族のルフドとドワーフ族のガリッツが机越しに言い争う。
喧嘩しそうな雰囲気だが、喧嘩までは発展しないだろう。
いつも仲良く肩を組んでいる二人からは想像がつかないが、今の関係に落ち着くまでは喧嘩友達のような関係だったらしい。
町の人に聞いた。
「エルムンガルドは何を出すんだ? 」
「多様な新鮮なフルーツを出そうかとおもうとる」
「ならば方向性はヴォルトと同じか」
「同じだと不都合があるのかえ? 」
「いや特にない。むしろ全体としてのまとまりが出来ていいかもしれないな」
色んなものを混ぜて一つの形にする。
色んな種族が行きかうこの町を象徴しているようだ。
よく考えればルフドとガリッツが今挑戦している酒も様々な酒を掛け合わせたもの。
これはいけるんじゃないか?
腕を組み顎に手をやり考える。
あくまで露店に出せるレベルだから値段を抑えるため使う食材は限られる。
縛りはあるが問題はそこではない。
組み合わせて一つの料理とすることの難易度だ。
一朝一夕でできるものではない。
最悪「何もできずに終わりました」という可能性がある。
食べる専門のソウはそれでいいかもしれないが、出店する私としては恥ずかしすぎる。
「……難しいな」
「ふむ。よくはわからぬが、難しく考えすぎではないかの? 」
「そうか? 」
「少なくとも妾にはそう見える」
エルムンガルドの蒼い瞳が私を見つめる。
何もかも見透かされているような目だ。
宝石のような青い目に囚われているとエルムンガルドが優しく微笑んだ。
「あまり世間とはかかわらぬかったためわからぬが、祭りとはなんぞや? 」
「? 神や自然に感謝し、祈ることか? 」
「本質はそうじゃがもっと大事なことを忘れておらぬか? 」
「? 」
「それは楽しむことじゃ」
それを聞き体に電流のようなものが走る。
いつの間にかルフドやガリッツも静かにエルムンガルドを見ている。
「これは何も客だけではない。店を出すものも一緒に楽しむものと思うがの」
カカ、といつものように笑い、椅子に体重を預けた。
確かに「新料理」に囚われて楽しむことを忘れていた。
「これは一本取られたな」
「流石だエルムンガルド」
「流石わしらが超えるべき壁だ」
「……お主達は話を聞いていたのかの? まぁ楽しみ方人それぞれ。今回が最後というわけでもないようじゃし、じっくりいくのも一つと思うがの。細かい事は気にせず行うのが吉とみた」
少し呆れ、しかし熱意に燃えるエルド酒造の二人を見ながらエルムンガルドが優しく言う。
その後も酒の出来具合をエルド酒造の二人から聞く。
次、彼らがレストランに卸す新商品の話などをして、私は再度町へ向かった。
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