第85話 エルゼリア暗殺計画 2 敵に回したらいけない相手

 森で鳥が鳴く。

 太陽は昇っていない。

 夜行性の鳥のようだ。


 ここはリアの町のはずれにある森で、以前にヴォルトが住んでいた森である。


 この森に鳥が住み着くとは誰が想像しただろうか。

 この町の人もだが、それは鳥の下で身を潜めている者達もそうであった。


 全員が黒いローブに身を包んでいる。

 気配遮断の魔法を使っているのか鳥が彼らを見つけることはできていない。

 周りには多くの毒草が生えている。

 けれども彼らは気にせずそこで一息ついていた。


「……第一関門突破だ」


 男性とも女性ともとれない声で一人の黒ローブがつぶやいた。

 緊張感で大量の汗をかいているが気にした様子はない。


 実際問題、闇ギルド所属の暗殺者である彼らが目標ターゲットを始末するのには多くの関門が立ちはだかっている。

 目標ターゲットの殺害、――つまりエルゼリアの殺害を遂行するためには気付かれずに近付き、不意を突いて、一気に離脱することが求められる。


 判断は一瞬。

 暗殺も一瞬。

 離脱も一瞬。


 これまで積み上げて来たすべてをこの一瞬にかけないと依頼遂行は難しいとわかっていた。


 彼らはエルゼリアを守るように存在する種族王や精霊獣をあざむかなければならない。

 それは非常に困難でこの大陸に遂行できるものがいるかわからないほどである。

 故に体中に隠蔽・幻影・情報操作などの魔法を幾重にも重ねていた。


 が逆にそれが仇となる。


「おや。こんなところにお客様ですかな? 」

「変な臭いがするとおもったら、最近俺達の事を嗅ぎまわってたやつじゃねぇか」

「妾に喧嘩を売るとは……。愚かじゃのぉ」

「我を忘れてもらっては困るのである! 」


 声が四つした。

 同時に任務失敗を悟った暗殺者達は逃げるべく散開しようとする。

 だが――。


「人数の上で俺達を上回れると、おもうなよ? 」

「姉さんを傷付けようとする奴なんざぁこの世にいらねぇ」

「この者達を始末したらお姉様に喜んでいただけるでしょうか」


 夜に輝く金色の瞳が彼らの周囲を囲んでいた。


 暗殺者達は背筋を凍らせる。


 ――いつの間に。


 暗殺者達は、その名の通り暗殺のプロである。

 その過程で身を潜める方法はもちろんの事、気配感知や魔力感知を発動させて生物の接近を知る事が出来る。

 けれども彼ら、――ウルフィード氏族の者達に一人も気付くことが出来なかった。


 彼らが無能なのではない。

 力の差があり過ぎるのだ。


 暗殺者は逃げることを諦め武器を手に取る。

 しかしそれも無駄に終わる。


「ちょこざいな」


 その一言で全員が地べたに這いつくばった。

 空を悠々と飛ぶソウから圧倒的な威圧感が放たれて、動けなくなったのである。

 点でなく面。

 つまりウルフィード氏族の人狼達にも威圧が飛んでいるのだがソウは気にしていない。


「うひょぉ~。ソウさんマジパないっす」

「怖い怖い」

「竜というのは伊達だてじゃないですね」


 人狼達が体を震わせながら軽く見上げる。

 暗殺者達はその瞬間に逃げようとするも、押しつぶされそうな威圧を受けて逃げることはできない。


 ――任務失敗。


 それがリーダーの頭に過り、リーダーはやはり依頼を受けるべきではなかったと後悔した。


 ★


 朝起きて畑を見に行こうとすると異変に気が付く。

 私のベッドですやすやとソウが眠っているのはいつもの事だが一階からなにやら人の気配がするのだ。


 人を招き入れた覚えはない。

 ならば物取りの可能性がある。

 しかし我がレストランの防犯装置こと、精霊獣ソウは反応しない。


 ――壊れたか?


 いやそれはないだろうな。

 ならば少なくとも私の命に危険がある相手ではないということだ。


 この目で確かめてみるか。

 眠るソウを起こさないよう魔杖を取り自分に強化魔法をかける。

 ソウの事は信頼している。だけど「もしも」が起こった場合を考えるとどうしても強化魔法をかけないと安心できない。まぁ性分しょうぶんだ。

 魔法をかけ終わると白いローブを緑の上着の上に羽織る。

 そして魔杖を手に持ったまま、私は一階に降りた。


「おはようございます。エルゼリア殿」

「早い朝じゃの。おはようじゃ」

「「「おはようございます! 姉さん!!! 」」」

「……揃いも揃ってどうしたんだ? 」


 気配がすると思ったらウルフィード氏族のやつらとヴォルト、そしてエルムンガルドが一階にいた。

 ヴォルト辺りが裏口から入れたのだろう。

 物取りじゃなくてよかったと思いつつも首を傾げて足を進める。

 少し歩くと……何か黒いものが見えた。


「な、なぁ。これなんだ? 」

「こいつらですかい? 」

「この者達は昨晩ここに訪れようとした者達で」

「うむ。聞くにどうやらエルゼリアを暗殺しようとしていたようじゃのぉ」

「私暗殺されかけていたの?! 」


 全員が大きく頷いた。

 い、いつの間にそんなことがっ。

 よく私、ぐっすり眠っていたな……。

 いやしかしなにやら黒い鎖でがんじがらめになっているんだが。

 それにローブの下も見えないし本当にどんな状況だ?


「この鎖は魔封じの鎖でございます」

「ヴォルトが張り切りおっての。他にもなにやら魔法をかけていたぞ? 」

「逃亡を阻止するためです。契約魔法で「逃げない」「嘘を言わない」「危害を加えない」などの契約をしていただきました。ただそれだけだと不安なのでこうして魔法を封じ、減衰の魔法を重ね掛けし、能力を奪っています」

「……ヴォルトの旦那、少しキレてたのかやる順番を間違えてな」

「ウ、ウルフィード殿。それは……」

「先に魔封じの鎖で縛りあげたせいでローブをとれなくなって。無造作に縛り上げたせいか顔も見ることができない状態ってわけだ」

「な、なるほど」


 ライナーの説明を聞いて体から顔まで真っ黒い鎖で繋がれた人を見る。

 例え彼らが暗殺者でなくても……多分衛兵に通報するレベルの怪しさだな。


 しかしヴォルトがかけた魔法だけを聞くと、契約魔法に弱体化魔法と行動制限を施す魔法の重ね掛けか。

 逃がさないという意思はビンビンに伝わるのだが、どれだけ魔力を使えばここまでできるのやら。

 私だとこれを全部かけることはできないな。

 若干やり過ぎな感じもするが、知らずのうちに私を守ってくれたことを嬉しく思う自分がいる。


「守ってくれてありがとな」


 お礼を言うと全員が謙遜を始めた。

 人狼達が大袈裟に「姉さぁぁぁん」「おねぇさまぁぁぁ」とかはしゃいでいるが、まぁそれも一周回って可愛いと感じ始めたのだから、彼らに毒されてきたのかなと少し苦笑い。

 彼らを見つつも目線を下げる。するとぐったりとした黒ローブが嫌でも目に入る。


「……困った時は町長に相談だな」

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