第84話 エルゼリア暗殺計画 1

 グランデ伯爵領の領主邸。

 この館は「伯爵邸」に相応しい大きな館である。

 けれど今まで見られなかったほどに薄汚れていた。

 豪華な館を見ると薄汚れ、窓を見ると今まで綺麗だったガラスが曇りかっている。そこから目線を少し落とし庭を見ると雑草のようなものが生え放題となり木々は枝が不規則に腕を伸ばしている。

 外と区切る門にはもはや誰もいない。


 薄汚れた巨大な門にふらりとローブを被った者が現れる。

 その者は両手に大きな布袋を持ち、——何か入っているのだろう、大きく膨らんでいた。


 その者の性別は分からない。

 声を発することも無く只々館を見上げて足を進めた。

 異常なまでに気配が薄い。加えてその者が門を潜り伯爵邸に向かうも、足音が聞こえない。

 普通の人ではない事は明白であった。


 その者は音も無く玄関を開ける。

 中に入ると僅かに顔を上げくるりと周りを見渡した。

 雰囲気は暗く埃が舞っている。

 その者は以前に来た時との違いを感じながらも特に気にする様子もなく目的地に向かって足を進め始めた。


 少し歩くと使用人が暗い雰囲気を出しお腹をならしながら掃除をしている。

 けれどその者に気付く様子はない。

 彼女が注意散漫なせいなのか、単純にこの者の気配が薄すぎるためなのか。

 いずれにせよその者は通り過ぎる使用人達に振り返られることも無く、目的地——グランデ伯爵の執務室に辿り着いた。


「とって来たぜ」

「! 」


 その者が中に入り机に突っ伏しているグリドに袋を二つ放り投げると、グリドは驚き仰け反った。


「……貴様か」

「俺で悪かったな」

「悪いとは言っていない。で、依頼は? 」

「結果はそこだ」


 と顎でしゃくり袋を指した。

 グリドは自分の机の上にある異臭漂う二つの袋を軽く開け、そして閉じる。

 確認を終えると椅子を引き引き出しから膨らんだ袋を机に置いた。


「報酬金は頂くよ」

「好きにしろ。でもう一つは? 」


 ジャリ、と音を立てながら大きな袋をもう一つ机に置いた。

 その者はそれに手を伸ばすも、グリドに叩かれ「報告が先だ」と言われてしまう。


「冗談がわかってないねぇ」

「……今そんな場合じゃないのは分かっているだろ」

「確かに。じゃぁ報告と行きますか」


 そう言い何枚かの紙をグリドの机に置いた。

 グリドがそれを持ち上げて読む中その者は軽く口頭で報告する。


「ありゃぁヤバいね。もう関わりたくない」

「……事の発端は竜の巫女のエルゼリアという料理人、か」

「本人も魔法使いとして最高峰だが周りがヤバい。なんだあれ? この国でも滅ぼすつもりか? 」

「知らんよ。だがこれで決定だな。この女が原因で我が領地は被害を被っているということだな」


 都合の良い方に理解するグリドに、その者は一瞬「馬鹿か」と言いそうになる。

 けれど口を閉じて「じゃ、報酬を頂きます」と軽い口調で重たい袋を持ち上げた。

 袋を仕舞いグリドを見ると紙に穴が開くんじゃないかというくらいに見ている。

 がその者はそれを気にする様子もなく今日来たもう一つの目的をグリドに伝えた。

 

「旦那。あんたに一つ伝えておかないといけない事がある」


 その者がいうと紙から目線を外すことなく「なんだ」と答える。

 グリドの不誠実な様子に気分を害した様子もなくその者は淡々と要件を伝えた。


「俺達はこの領地から手を引くことになった。もう連絡してくれるなよ? まぁ連絡とれなくなるだろうが」


 言うと一瞬で紙からローブの者に目線を移して机に手を置く。

 身を乗り出して「ありえない」という表情で「なんだと?! 」と驚いた。

 がローブの者の調子は変わらない。

 ただ事実を、これからの方針を伝えるのみであった。


「なんだと、といわれても当たり前だろ? この領地はもうだめだ。一緒に沈みたくないんでね」

「沈むものか! このグランデ伯爵領はいずれ復活する! 」


 現状が見えていないグリドの言葉にローブの者は肩を落としながら伯爵に現状を突き立てた。


「だれがどう見てもこの領地は終わりだ。復活なんてあり得ない。何が原因かわからない。けど一瞬にして主産業が終わりを告げて住民が大移動したのは事実だろ? それに残った奴らは不良ばかり。闇ギルドの俺がいうのもなんだが、犯罪を取り締まる側の衛兵が住民と一緒になって食料争奪戦? ありえないだろ」

「ぐ……。だがこれも一時的なもので」

「それが一時的なものと、誰がわかる? 領主サマよ。一つ聞くが、あんたは予知能力者か何かか? それとも原因に心当たりでもあって対処してんのか? 」

「それは……」

「さっきも言ったが一緒に沈みたくないんでね。まだ食いもんがあれば犯罪都市として利用価値があったがその価値すらこの領地には残っていない。だからこの領地から出て行くことになったってわけだ」


 言い終わるとジャリっと音を鳴らしてグリドに背を向ける。

 音も無く扉に向かうローブの者を彼は「まて」と言い引き留めた。


「なんだ? 」


 振り返らず失望の色が入った返事を返す。


「最後にこのエルゼリアという女を始末してくれ」

「俺の話を聞いていたのか? 引き受けられるか! 命が幾つあっても足りねぇよ」

「報酬は弾む。やり返さなければ溜飲りゅういんが降りん」

「領主サマの事情は関係ねぇ。俺達がヤバいんだよ。確かにあんたは金払いの良い客だった。けどな。無謀にあの集団にちょっかいをかける程馬鹿じゃねぇ」

「……貴様らは命をとしてでも任務を遂行するはずだったが? 」

「それは犠牲を払ってでも必ず目標ターゲットを始末できるからだ。必ず失敗する依頼は受けることはできない」


 ローブの者は振り返りグリドに訴える。

 けれどグリドが引き下がる様子はない。

 何度も訴えてくるグリドにローブの男も反撃しているあいだに熱くなり忘れているが、その場から立ち去ればことは簡単に終わりを告げる。

 が長い間関係を結んでいた為か、グリドの話を聞く方向に意識が向いていることに気付いていない。


「貴様らならば目標ターゲットが一人になる瞬間を狙えるはず」

「馬鹿をいえ! 種族「王」を舐めるな! 」

「人語を話す魔物程度煙に巻くのは容易だろう? 煙に巻かずとも夜間に襲撃を行い、撤退すれば、ほら大罪人を処刑した英雄の出来上がりだ」


 グリドはどうにかして闇ギルドに依頼を出す。

 ローブの者は突っぱねようとするも異変に気が付く。

 グリドの瞳に光が灯っていないのだ。


 (……情に流されるような性格じゃないんだがねぇ)


 食事もとれず不健康な毎日を送っていたグリドだが、声に力がない。

 壊れた機械のように悲痛な声で依頼を出す様をみて、ローブの者は「憐れ」と思った。

 そして決断を下す。


「……本当に最後なんだな? 」

「あぁ」

「ま、あんたは金払いの良いお客サマだったからね。いいよ。受けてやろう」

「……ありがとう。これでこの領地は救われる」


 決してそのようなことはないのだが、ローブの者は敢えて口にせずに、依頼書を受け取り準備に入った。


———

 後書き


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