第69話 ウルフィード氏族の大移動 2
「おう。待ってたぜ」
「調子は大丈夫? 」
「はいっ! 」
親族に迎えられながら母人狼は席に着く。
人狼の男の子も母に続く。
女店主が気をまわしたのだろう。彼ら用に幾つか机がくっつけられていた。
「ほら。フォレスト・ブルのステーキだ! 」
「おおおーーー!!! 」
美味しそうな匂いに男の子が目を輝かせる。
女店主はその様子を微笑ましく見ながら香ばしい匂いと一緒にブルを運んだ。
嗅いだことのないような匂いに大人達も
それぞれの机の上に料理が運ばれていくが彼らが知っているフォレスト・ブルの匂いではない。
けれど女店主はフォレスト・ブルといった。
人狼の一人が首を傾げながら女店主に聞いた。
「美味そうな匂いだが……、本当にフォレスト・ブルなのか? もっと獣臭かったような気がするんだが」
「あぁ~。確かに獣臭かったね。けれど町にエルゼリアさんが来てからはこの通りさ」
「? 話が見えないのだが」
「料理人のエルゼリアさんがふらりと来てね。冒険者どもにフォレスト・ブルの倒し方から血抜きの仕方まで教えたのさ。それで、肉が良くなったってことよ」
「そのエルゼリアさんという方は一体……」
「さぁ。旅の料理人らしいけど、今はこの町で竜の巫女っていうレストランでシェフをしているよ。今度会いに行ってみると良いよ。あそこはここよりも美味いからね」
言っている間に女店主は料理を運び終えた。
謎の料理人の事が気になるも、料理が冷めてしまう。
食前の言葉を口にして、ステーキにがぶりと噛みついた。
「なんだこの肉汁?! 」
「脂がすげぇ! 」
「こってり~」
「うま! うま! 」
一口食べるとフォークとナイフが止まらない。
食べるごとに顔が
弾ける旨さに手が止まらない。
彼らは次々とステーキを口に運ぶ。
「くぅ~。これで酒があれば」
「こら何言ってんの馬鹿。すみません」
「いや構わないよ。流石に昼は流石に酒を出せないけど夜は少しなら出せるから期待しておくれ」
「本当か?! 」
「ここにきて良かったぁ!!! 」
男達がうれし泣きしている。
女達はその様子に呆れながらも微笑ましいものを見るように彼らを見ている。
村で過ごしていた時もあまり酒は飲めなかった。
酒が無かったわけではないが、酒はお祭りの時くらいにしか飲めない貴重なものだったからだ。
大人達から少し離れた所。人狼の男の子がステーキをどんどん食べる。
使い慣れないナイフを使い、フォークで刺してぱくりと口に頬張っている。
「おいしー!」
「そりゃぁよかった。いっぱい食べて大きくなりな」
にかぁっと笑みを浮かべると、女店主も笑みで返す。
ぱくぱくとステーキを口に入れてもぐもぐ食べる。
食べるごとに笑みを浮かべるが、感極まったのか人化が――解けた。
「「「?! 」」」
その場にいる全員が驚き身構える。
母人狼が子人狼を揺さぶり解けていることを必死に伝える。
すると男の子も気が付いたのかフォークを落とし涙目になる。
「も、もうしわけ――「おや。人狼族の男の子だったのかい。可愛らしいねぇ」……」
顔を青くした母が頭を下げようとすると思わない言葉が飛び出て来た。
その言葉に全員驚いて開いた口が塞がらない。
「どうしたんだい? 」
「い、いや……、あんたはこの子を、俺達を気味悪がらないのか? 」
男の子に集中させたらいけないと思ったのだろう。男性が人化を解いて人狼の姿になる。
狼顔に毛深い体毛。指には鋭い爪がありお尻には大きなもふもふ尻尾を出現させて女店主に聞く。
その顔にはどこか諦めのような表情が浮かんでいた。
しかしまたもや思わない言葉が飛び交った。
「生まれ持ったもんだ。気味悪い事なんてないさ」
「そうだぜにぃちゃん。この町は、んなこときにしてたら住めやしない」
「その爪でこの町の人を襲う訳じゃないんだろ? 」
「当たり前だ」
「なら構わないじゃないか」
周りで飲み食いしている客も笑い飛ばす。
人狼族の男がその様子に
近付く彼女に体をびくんと震わせる。
けれどそれを気にせず膝を折って男の子の頭を撫でた。
「辛かったねぇ。今まで大変だったろ? 」
「……うん」
「この町はね。森に住む不死族の旦那に助けられて生きて来たんだ。人とちょーっと違うってだけで坊や達を除け者にするやつはいないよ。だからこの町に坊や達を傷つける奴はいない。もしいたらおばちゃんの所においで。どやしてやるからさ」
「おおっとそれは怖い」
「早く町のやつらに伝えねぇと被害が出るぞ? 」
「馬鹿。被害が出るのは他の町から来た奴らだけだ」
「それもそうか」
ハハハ、と部屋に笑い声が響く。
あり得ない、今まであり得なかった光景がそこにあった。
★
人狼の母子が宿で昼食を摂っている一方で、ライナーは部屋で顔を青くしていた。
(今倒れる訳にはいかねぇ)
ここに来る前から体調が悪かったライナー。
日に日にその調子は悪くなり、顔を青くするほどとなっている。
けれど彼は
ここにきている親戚
それにライナーがいなければヴォルトやエルムンガルドの居場所がわからない。
膨大な力を持つヴォルトとエルムンガルドだが今はそれを隠してひっそりとしている。
感知に長けた人狼族でもどこにいるのかわからないほどに隠蔽をしていた。
それこそライナー程の実力者でないとわからないほどに。
「ライナー様。大丈夫ですか? 」
ノックの後に、彼を気遣う女性の声が部屋に響く。
反射的に「大丈夫だ」と答えて彼女が扉から去るのを待つ。
去ったのを確認して息を整える。
実の所最近ライナーの体調が悪いことに気が付いている者はいる。
けれどそれを指摘しても認めないことは分かりきっていた。
よってこうして時折気遣うことくらいしか出来ないのが仲間の悩みだったりもする。
余程体調が悪いのか変化の一部が解けている。
気付いた彼は変化をかけ直して天井を見上げた。
「全く氏族長ってのもめんどくせぇ」
ライナーは独り
———
後書き
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