第70話 人狼王ライナー・ウルフィード 1 ライナー・ウルフィードの来訪

「不死族でも食べることのできる新料理が考えているんだ」

「それは興味深いですね」

「だが案がまとまらない」

「ほほ。そう簡単には出てきませんよ。グミでも衝撃的でしたので」

「だがグミ一つじゃ負けた気がする」


 何に負けたのかはわからないが、ともかくそんな気がする。

 はぁと天井を仰ぎながら椅子の背に体重を乗せる。

 ここは食堂。

 休憩時間にパンを運んできたヴォルトを捕まえて談笑だんしょうしていた。


ワタクシの事はお気になさらず。というよりも次から次へと新味のグミを出してきているエルゼリアさんの技術力が恐ろしいのですが」

「全くだ。おかげで我とラビがどれだけ酷い目にあったことやら」

「と言いながらも全部食べてくれるじゃないか。このツンデレ精霊め」

「……エルゼリアには言われたくないわ」


 机の上で翼の手入れをしているソウがぷいっと顔を逸らす。

 可愛らしい動きについついちょんちょんと頭をつついてしまう。

 するとギロっと睨んできて「やめろ」と目線で訴えてきた。


「いいじゃないか。可愛らしくて」

「ならば人間大になってやろうか? 」

「人間大のソウはあまり可愛くないからなしだな」

「……思っていても普通言わんぞ? 」

「可愛いんじゃない。かっこいいんだよ」

「……馬鹿」

「ほほ。仲がよろしいこ……、おや? 」


 ソウとじゃれているとヴォルトが入り口の方に向いた。

 なんだろうかとヴォルトを覗いていると凝視ぎょうししている。

 また厄介事じゃないだろうな?


「珍しいお客さんが来たようで」

「エルムンガルド……じゃないな。彼女は珍しくないからな」


 私が言うとヴォルトが立ち上がる。

 私も立ち上がり扉の向こうへ行くヴォルトについて行く。

 ヴォルトが玄関に向かう中私は受付に立ち、相手を客として迎え入れる準備をする。

 因みにソウは受付台の端でガラス細工の猫とついになるように立っている。


「どうしました? ウルフィード殿」


 まだ入ってきていないのにヴォルトが扉を開けて声をかける。

 するとそこには大勢の茶色い旅服を着た人族がいた。

 小さな子供からお年寄りまで年齢は様々で、性別も男女共にいる感じ。


「……まだ開けていないのに。ずっと感知していたのか? ヴォルトの旦那」


 代表らしきガタイの良い男性が前に出てため息交じりに言う。

 ウルフィード。

 はて聞いたことのない名前だな。

 ヴォルトの知り合いということは途轍とてつもない相手なのだろうことは分かる。

 けれどヴォルトやエルムンガルドの時のような威圧感は出ていない。

 種族王ではない……のか?


「感知したのは先ほど。流石にこれだけの集団がここ向かえば誰にだってわかりますよ」


 分からなかった人がここにいるのだが、という言葉を飲み込んでヴォルトの話を続けて聞く。

 まぁ「感知を広げていたら」という言葉が前につくのだろう。

 いやヴォルトなら感知を広げなくても知る方法は幾らでもありそうだけど。


「そうか。だが丁度良かった。折り入ってヴォルトの旦那に相談したいことがあるんだ」

「珍しいですね。貴方が私を頼るなんて」

「それほど困ってる、と捉えてくれても構わねぇ。しかしヴォルトの旦那。それよりも先に一つ良いか? 」

「何でしょう? 」

「何で幻影魔法を使っていないんだ? 」


 普通に考えるとそうなるよな。


 ★


「簡単なもので申し訳ないが」

「いえ助かります! 」

「ありがとうございます! 」

「スープ! 」


 彼らはヴォルトの知り合いでウルフィード氏族の皆さん。

 一族総出そうででヴォルトを頼って長旅をしてきたらしい。

 ならば腹が減っているだろう。そう思い彼らに簡単なスープとヴォルト製のパンを出した。

 するとやはりというべきかすぐにパンをちぎりスープにつけて食べ始める。


「これはヴォルト……今君達の代表と話している不死族が作ったんだ」

「これをあの方が? 」

「甘くて柔らかい……」

「漬けるスープもこってりしていてうめぇな」

「気に入ってもらえてなによりだよ」


 豪快にパンをちぎっては食べ、ちぎっては食べを繰り返している。

 すごい食べっぷりだ。

 しかし何だろうか。少し違和感を感じる。

 こう肌が……むずむずっとするというか。そんな違和感。


「なぁ一つ聞いていいか? 」


 食べ終わった男性が真剣な表情を私に向けた。


「構わないが……なんだ? 」

「あの不死族……ヴォルトさんをどう思う? 」

「ん~、話の意図が見えないがそれは異形種をどう思うか、という質問で良いのか? 」


 男性は私の言葉に大きく頷いた。

 どう思うか。

 分かりやすいようで抽象的な質問だ。

 けれど私の答えは決まっている。


「特になにも、というのが本音かな」

「なにも? 」

「あ~、今はこうしてレストランを開いているが、旅している時何度も不死族にあったことはあるんだ。特に悪い奴らじゃなかったし、別にそこら辺にいる人族のような存在と大して変わらないかなと」

「……そうか」


 言うと難しい顔して男性は黙った。

 ヴォルトと普通に会話しているのが不思議だったのだろうか?

 いやそれならば彼らの代表も普通に接しているし聞くほどの事でもないと思う。

 何が聞きたいのかと首をかしげていると隣の男性が聞いてくる。


「旅していたと聞いたが……人狼族にあったことはないのか? 」

「人狼族? 」


 少し記憶を掘り起こしてみる。

 しかし覚えがない。


「悪いな。見たことはない。知識としては知っているんだが……。なんだ。人狼族について知りたかったのか? 」

「あ~いや。あったことがあるのならどんな奴らかなってな」

「確かにそれは気になるな。陽気で楽しい奴らならいいんだが」

「何でそう思う? 」

「もし一緒に食事をとり酒を飲む関係になったら、そういう奴らの方が楽しいだろ? 」

「エルゼリアの感性に合わせる必要はないぞ? こいつはかなり特殊だからな」

「特殊を突き進んだような存在のソウにだけは言われたくないな」


 なにを? と小型のソウがペシペシと私の頭を叩いて来る。

 盆を振り叩くようにやり返すが華麗に回避されてしまう。

 少しやり取りをしているとクスリと笑い声が聞こえてくる。

 少し赤面しながらもコホンと軽く咳払いをして仕切り直す。


「足りなかった言ってくれ。今回だけのサービスだ。次からは金をとる」

「もちろんだ」

「むしろここまでしてくれてありがたい」

「ヴォルトの客は私の客のようなものだからな」


 そう言いながら彼らに背を向ける。

 扉の方へ足を向けようとしていると、それが開いた。


「エルゼリア殿。少々よろしいかな? 」

「おめぇらもだ」


 ヴォルトと代表の話は終わったようだ。

 私に話が回って来たということはヴォルトだけでは解決できない話のよう。

 少し不安に駆られながらも彼の話を聞くことにした。

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