第68話 ウルフィード氏族の大移動 1

 エルゼリアが市場いちばを周っていると時を同じくしてライナー・ウルフィードは一族を連れてリアの町にやってきていた。


「ここに不死王様と精霊女王様がいるので? 」

「……みたいだな」

「なんで疑問形なんですかい? 」

「エルムンガルドの姉御はともかく、ヴォルトの旦那は隠れ住むように住んでいたはずなんだが……」


 ライナーは困惑しながら「リアの町」と書かれた看板を見上げた。


 彼ら種族王はそれぞれ住んでいる場所を知っている。

 ライナーはその優れた感知能力を使ってこの町を特定したのだが、以前聞いていた場所と異なり戸惑っていた。


 というのもヴォルトがライナーに教えていたのはリアの町にある「森」である。

 しかし今彼の感知には町中からヴォルトの反応が引っ掛かる。


 何かと偏見やデマで差別されやすい異形種。

 彼らにとって町とは住みやすい場所ではなく、町で活動することは少ない。


 人化が出来る人狼族のような存在ならまだしも、人や動物に変化できない種族は村や町に溶け込むのは難しい。

 姿形すがたかたちが骸骨そのものである不死族ともなると困難であることは明白である。

 疑問がライナーの頭を巡るが、彼は考えるのを止めた。


「まぁヴォルトの旦那の事だ。何か魔法でも使って誤魔化してるのだろうよ。さ、宿を取りに行くぞ」


 ライナーの掛け声と共にウルフィード一族は人族の姿でリアの町に入った。


 ★


「氏族長……。人が多いですぜぇ」

「町なんだから当たり前だろ? 」

「で、でもよぉ。村とは全然雰囲気が……」

「このくらいでビビってんじゃねぇ! 」

「す、すいやせん」


 ライナーが親族の男にかつを入れる。

 リアの町にぞろぞろと入って来たライナー達だったが、目立っていた。

 彼らが人狼族とバレているわけでは無い。

 今までにない規模の集団で町に入ったため目立っているだけだった。


 様々な感情が載せられた目線が彼らを襲う。

 その目線に怯え小さな子供は親の服を強く握っている。

 親も我が子を隣に寄せながらライナーについて行った。


「一先ず別れて宿をとる。良いな? 」


 ライナーの言葉に全員が頷く。

 しかしどこか不安げな顔だ。


「お前達の不安は分かる。だが宿一つに全員泊れるわけないだろ? 」


 呆れた声でライナーが諭す。


 わかってはいるものの不安になるのは仕方ない。

 つい最近、変身が解けて村を追い出されたばかりなのだから。

 かといってここで立ち往生おうじょうしているわけにもいかない。


「いざというときは俺を呼べ。すぐにこの町から脱出する」


 種族王という存在は力ある存在だ。

 しかしそれ以上に一族の者にとって氏族長という存在は精神的支柱しちゅうとなる。

 身近に頼れるものがいれば安心するというもの。

 ライナーが幾つかのグループに分けて、彼と同じ宿になったものは明らかに安堵し、別の宿になったものは不安に駆られていた。


 不安残るまま、彼らは別れた。


 ★


 ライナー・ウルフィードから離れた人狼族の母子ぼし

 彼女達は仲間と共に宿に入る。

 この町は賑わっているのか、彼女達が育った村よりも人が多い。

 人の多さと正体がバレないか緊張する中、宿をとる事ができた。


「お腹空いた」

「ごめんね。私がついていて」


 割り当てられた部屋の中、我が子をでながら「大丈夫よ」と子供をあやす。


 ここに来るまで長く歩いて来た。

 幾ら身体能力に長ける人狼族とはいえ食事は必要だ。身体能力が高いということは通常の人間よりも消耗が激しい事を意味する。

 長期間少ない食料で移動した結果、成長期の子供ということも相まって人狼族の子はお腹を空かせていた。

 いつもならば何かないかと仲間を頼るのだが今回はそうはいかない。

 今回の大移動の発端は自分の子供。

 ライナーは何ともないような感じで言っていたが、彼女はかなり気にしていた。


「ちょっといいかい? 」


 ノックの後にこの宿の女将の声が部屋に響く。

 ビクンと体をさせた後、何でもないような雰囲気で「大丈夫です」と答え扉をあける。


「聞いてなかったんだが昼食はどうする? 」

「昼食、ですか? 」

「他の宿は知らないけどさ。この宿は昼食込みの料金になってるのさ」


 それを聞き驚く母。

 普通の宿よりほんの僅かに高いくらいだったので「このくらいか」と気にしていなかったからだ。

 他の人狼達に聞いてみないと判断がつかないと考える。

 群れで動く彼女達ならばこそで、一人だけ違う行動はできない。


「因みに先にお仲間は誘っているさ。もちろん答えは「オーケー」だ」

「お世話になります」

「なります! 」


 あいよ、と答えて扉を閉めて、少し恰幅かっぷくの良い女店主は一階に下りた。

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