第64話 レアの町、再び 2

 次の休業日の早朝。

 私はソウを肩に載せて門へ向かっていた。


「レアの町か。どのような所か楽しみじゃのぉ」


 エルムンガルドの言葉に私は答えない。

 今彼女は町の人には見えない位置にいる。

 だからここで答えたら独り言をつぶやいている危ない人に見えてしまう。


 エルムンガルドがどこにいるのかというと、私の白いローブのポケットの中に、手の平よりも小さくなって入り込んでいる。

 姿は可愛いが自分の胸元に災害そのものを抱えているとなると冷や汗しかでない。

 そんな私の気を知らずか、彼女はかなりテンションが高い。

 きっとあまりやらない外出ということもあるのだろう。


「……我。ちょっと留守番を」

「こら待て。契約精霊が契約者を置いて行くのか」

「お、置いていくのではない。ただ……遠くからそっと見守るだけだ」

「それを置いて行くというんだ。どうせなら道連れだ」


 ソウを遙かに超える力の持ち主がすぐそばにいるせいか、彼はぶるって帰ろうとする。

 しかしそうはいかない。

 私を置いて帰れると思うな。


 はぁと溜息をつきながら前を向く。

 そしてエルムンガルドが着いて来るようになった経緯を思い出した。


 冒険者ギルドから帰った後、次の休業日隣町に行くことを告げた。

 その時ヴォルトとエルムンガルドが世間話に花を咲かせていたので丁度良かった……はずなのだが。


わらわも共に行こうぞ』


 一人で行けば、と思ってしまったのは仕方ない。

 けれどそう言うわけにはいかないようで。

 ヴォルトに聞くと彼女はかなり不自由をしているらしい。


 確かにエルムンガルドは動くと災害が起こると言われるほどに危険な存在。

 彼女が動く時は誰かストッパー的存在が必要との事。

 いつもはヴォルトと一緒にふらりとどこか行っているようだが今回ヴォルトは町の人と約束があるらしい。

 

 ――大人しくしていてほしいと思う一方で、自由に外を楽しんで欲しいとも思った。


 心揺れる中、ヴォルトに必死に頼まれてこうして私の胸ポケットに収まっているということだ。

 本当に、胃が痛い。


「む? 大丈夫かの。もうすぐ門じゃが」

「だ、大丈夫だ」


 必死で笑顔を作り言葉を返す。

 そして少し緊張しながら門に着く。


「おはようございます」

「おはよう」

「今回もよろしくお願いします」

「おう。よろしく」


 テレサ達は流石というべきか私よりも先に来ていた。

 私は次々と挨拶をしていき、ソウも尊大そんだいに挨拶する。

 ソウの声がいつもよりも硬かったが彼女達は気付いていなかった。


 若干の不安を抑えつつ一通り挨拶を終えると軽くポケットを叩いてエルムンガルドに合図を送る。

 するとポケットから返事が返って来たので「手筈てはず通りに」とささやく。

 

「じゃ、行きましょうか」

「ちょっと待ってくれ」


 レアの町へ向かおうとする五人を一旦止めると同時にエルムンガルドが出てきた。


「今日は妾も同行するぞ」

「「「……どちら様で? 」」」

「エルムンガルドじゃ。よろしくな」


 彼女が言うとテレサ達が驚き固まった。


 無理はない。いつもは人間大の姿をとっているからな。

 しかしこの姿も覚えていてもらわないと困るのも事実。

 小さな精霊と思って舐めた態度をとった結果災害が起きましたでは洒落しゃれにならない。


 一先ずテレサ達にエルムンガルドが同行することを伝える。

 最初は戦々恐々としていたテレサ達だったが、宙を舞う小さく可愛らしい姿に黄色い声を上げている。

 それに気分を良くしたのかエルムンガルドは更に機嫌を良くする。


 結果、出発時間が少し遅れたのは許容範囲だろう。


 ★


 冒険者ギルドで中間報告をした後、私はテレサ達と町に出ていた。


「……今日はドラゴンいないのか」

「そんなにいてたまるか」


 不謹慎なことを言うソウにかつを入れる。

 あからさまにテンションを下げているソウを見てテレサ達は苦笑を浮かべている。

 食いしん坊なのは……まぁギリギリ良いが、出来ればもう少し空気というものを呼んで欲しい。

 もう少しでいいから、な。


「ギルドで聞いた工房はこっちのようですね」

「確か近くに魔道具工房もありましたよ? そちらには? 」

「そっちも寄ろう」


 町の立地に詳しいレオラやリリが案内をしてくれる。

 ガラックやボルも鍛冶工房には詳しいようだが、この二人ほどではないみたいだ。


 レオラとリリの最近の趣味は町の探索。

 依頼が無い時、時々町をこうして探索して楽しんでいるみたい。

 リアの町は大体知り尽くしているから日帰りで行ける町にいっているようで。

 今度違う町も教えてもらおうと心に決めながら彼女達の背中について行く。


 趣味が出来たのは良い事だ。

 少し観察すると小さなアクセサリーのような物も見える。

 心に余裕が出来た証拠でもある。


 歩きながらチラリと横を見る。

 拳で戦う系魔法使い (私命名)のテレサは二人と小旅行にはいっていないようだ。

 何も仲が悪いというわけでは無く、依頼がない日は彼女も用事があるみたい。

 話す時少しテンポが速かったのでこれはもしかして、と思うが口には出さない。

 他のメンバーは気付いていない様子だし、そっとしておくのが一番だろう。


 そんなこんなで目的地に着く。

 幾つか工房が立ち並ぶ中、ギルドで聞いた工房の中へ足を踏み入れた。


 ★


「へぇ。ギルドのやつらが」

「あぁ。だから幾つか包丁を見せてほしいのだが」

「いいぜ。何せあんたらはこの前ドラゴンを振る舞ってくれた恩人だ。断る理由何ざねぇよ」

「それは助かる」


 前にソウがドラゴンを瞬殺して振る舞ったことがある。

 この店主はその時にいたのか。

 なら遠慮えんりょなく見せてもらおうか。


「で、何にする? 包丁か? 」

「包丁を一式。鍋を幾つかと、あぁ寸胴ずんどう鍋もだな。それと……」


 指を折りながら店主に言う。

 伝え終えて顔を上げると店主が少し顔を引き攣らせていた。


「やっぱドラゴンをさばく料理人は違うねぇ」

「そんなことないさ。かなり多いが……あるか? 」

「もちろんだとも。ちょっと待ってな」


 そう言い店主は奥へ行く。

 言った物を何回かに分けて持って来てくれる。

 置かれていく順に品定しなさだめして買うものを決めていく。

 そして欲しい金物かなものを全て揃えて店を出た。


「大量に買いましたね」


 ソウの異空間収納に買った物を入れて少し歩く。

 レオラが苦笑いするが今回ばかりは仕方ない。


「長く使っていたものを買い換えたからな。それなりには」

「かなり買いましたが……魔道具工房も? 」

「行ってみるよ。幾つか換えないといけないものがあるし」


 了解しました、とリリが言い次の工房へ足を向ける。

 左肩に陣取るソウとは反対に、右肩を陣取っているエルムンガルドは興味深そうに周りを見ている。


「ほほう。リアの町とは全く異なるのぉ」

「そりゃそうだ。鉱山の町だからな」

「といってもリアの町周辺の町は大体こんな感じですよ? 」

「む。そうなのかぇ? いやしかし興味深い。他の町とやらも行ってみたいのぉ」


 勘弁してください、とは言えない。

 しかしエルムンガルドは町に入っては右に左に目を輝かせて終始この調子。

 美味い物がない事にご機嫌斜めなソウとは別に町並みを楽しんでいるようだ。

 

 出来れば騒がないでくれと思う一方、騒動を起こさないのなら存分に町を楽しんだらいいのではないかとも思う訳で、いい加減エルムンガルドに対する気持ちが矛盾している自分に軽く溜息。


「どうしたのじゃ? 」

「なにもないよ。次行こう! 」


 軽く気合いを入れ直して魔道具工房へ向かった。

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