第60話 グランデ伯爵領の住民大移動、そしてシェフ・ジュニルの苦難の始まり
リアの町の隣に位置する領地の
「まさか私の代で不作の時期になるとは」
彼の頭を支える腕の隣にあるのは大量の書類。
どれもが領地各地で起こっている騒動に関する報告書であった。
グリドは「ふぅ」と深く溜息をついて心を整える。
書類の束から一枚手に取り目を通す。
読み進めていく内に顔の
彼が治めるグランデ伯爵領は多種多様な農業で成り立っている。
常に食べ物に
だが不作はこれが初めてではない。
グランデ伯爵家の歴史を
時間と共にもとに戻る見込みがあったので、当時のグランデ伯爵は他の領地から食料を仕入れいることで乗り切ったという過去があった。
もちろんグリドもそれを知っている。
しかしながら今回ばかりはそうはいかない。
「……商業ギルドの、馬鹿野郎がっ! 」
ドン!!!
グリドが机を殴り苛立ちを
この領地に限らず多くの商人を商業ギルドが
もちろんこの領地の支部長も例に
というのもこの領地で作られた武器や薬などを高値で売っていたからだ。
製作者として、第一人者として新製品を高値で売るというのは分かるが、便乗して他の商品まで高値で売っていたのだから
そのせいでこの領地の商人はすこぶる悪く、助けが必要な今となって、足元を見られる立場となったわけである。
「……いかんな。最近どうしても苛立つ」
グリドは独り
一枚隣に置くとノックの音が部屋に響く。
それに顔を
「次は何だ……」
「……大量の住民が、領地から移動しております」
「?! 」
グリドはその言葉に目を見開いた。
文官はグリドの驚いた様子に、おずおずといった動作で机に書類を置いた。
彼はそれを奪うかのように手に取ってすぐに目を通した。
「なにが……起こってる」
グリドはポツリと呟いた。
そこに書かれていた数字は無視できないものであった。
村ごと移動しているようなところもある。
住民すべてを把握しているわけでは無いので書かれている職種は当てにならないが、中には実家に帰った騎士もいるようだ。
「まずい……これはまずいぞ」
グランデ伯爵領は農業都市である。
育てる作物は多く、新食材を考案し商品にすることにも
それゆえ都市を支える農民は生命線で、農民の流出は技術の流出と同じだ。
「お、落ち着いてください。一旦落ち着いてください伯爵閣下」
「お、落ち着いとるわっ! 」
文官の言葉で青ざめていた顔が赤くなる。
血色は良くなったが、逆に噴火しそうな顔色だ。
が
落ち着きを取り戻すために深く息を吐いて椅子に座る。
(本当に何が起こっている。集団幻覚から始まり不作……。そこから住民の大移動。奴らは長年育った土地に愛着はないのか? )
机に
だがグリドは幾つか勘違いをしている。
まず農民達が
さらにいうのならば農民達を監督している者がおり、その監督している者の評判が領主の評判に反映されている。
グリドは気付いていないが大移動を起こした者達には特徴がある。
それは監督している者、――つまりグリドの評判がかなり悪い土地の者達が移動しているということだ。
加えて不作である。
自身が食べるものに困るのに納税せよと言われて出来るはずがない。
隣のロイモンド子爵領で住民大移動が起こらなかったのは、三世代にわたってその負担を領主や町長のような纏め役が負担していたからで、税金を押し付けることしかできない彼らの元を離れて行くのは仕方がない。
「なににせよ。対策を
「……」
「まず各領地との門を閉じろ。住民の移動を阻止する」
「か、閣下?! 」
「早急に技術の流出を抑える。この不作も一時的なものと検問時に伝えよ」
「しかし……」
「不作は今回が初めてではない。
極めて落ち着いた様子で文官に指示を出すグリド。
文官は何か言いたそうに口を数回パクパクとさせたがそれを止める。
グリドの命令を聞き、各方面に指示を出すため彼は部屋を出て行った。
グリドはそれを見送り椅子に背を預ける。
天井を
――が彼らは真実に
★
グリドは執務を終えて館に
時々彼をチクリと刺すような目線が襲うが慣れたもの。
現状彼に不満を持つ者は多い。しかし全員処罰していたら領地経営が回らなくなるので、気にしないようにとしている。
館の使用人達はこの不作がグリドの行動の結果だとは考えていない。
しかしながら不作によって極端に増えた仕事量に減った食事。
グリドが食べるものは変わっていないが、逆にそれが館の人達の反感を買っていた。
「……こちらになります」
グリドは出された料理を淡々と食べる。
食事を終えるとシェフ・ジュニルを呼びつけた。
「如何なさいましたかな? 」
「……これはなんだ? 」
言われてジュニルが顔を
ジュニルにとって料理を否定されることは自分を否定されること。
明らかに
「最近は時期も悪く……」
「不作の事は知っている。しかし食材に関わらず最高の料理を出すのが君の仕事じゃないのか? 」
「さ……。いえ。確かにその通りでございます」
「ならば次は頼むぞ? 」
はは、とだけ答えてジュニルはその場を去った。
★
「くそっ! 俺の最高の料理を侮蔑しやがってっ! 」
怒り狂ったジュニルが帰って来た。
キッチンは「またか」という雰囲気に包まれていたが、それが余計にジュニルを刺激する。
「なんだお前達! お前達も俺を馬鹿にするのか! 」
「……そんなことないですよ。シェフ」
「えぇそうですとも。ジュニル殿を悪く言うものなどいませぬとも」
彼らはいつもと同じように
不作前のジュニルなら気にしなかっただろう。
しかし今はタイミングが悪かった。
「っ……! お、俺の……俺の事を馬鹿にする奴は……馬鹿にする奴は全員出ていけ!!! 」
怒鳴り声がキッチンに響く。
その瞬間シーンと静まり返る。
そしてついに我慢の限界を超えた者が一人。
「……やってけねぇ。俺、降りるわ」
「か、構わん! 貴様の一人や二人くらい! ――」
「俺も辞める」
「俺はどこかで店でも開くか」
「出て行けと言われたんだ。良い機会だ。辞めて実家を
一人辞めることを宣言したのを
置かれていく帽子の数に驚き、彼らを止めることを忘れて固まった。
その間にもどんどんと帽子が置かれていく。
そして――。
「じゃ。あとは一人で頑張ってくださいね。シェフ」
ジュニルが
ジュニルは今日から一人で全てをこなさないといけない。
———
後書き
こここまで読んでいただきありがとうございます!!!
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