第59話 リア男爵家の人達

 エルゼリアとリア町長が話し合いを終えた頃合いを見て、リア町長の館で働くメイド長はこの館の使用人達を集めていた。


「先ほどお客様よりお土産を頂きました」


 集まった人達はゴクリと唾を飲み込んだ。

 彼女が手に持つバスケットから漂う良い匂いにあてられているのかよだれをが出ている者もいる。

 早く早く、と使用人達がかすような雰囲気を出すが、メイド長は気にせず順序良くマイペースで言葉を続ける。


「これはレストラン「竜の巫女」にあるパン工房で作られたものです」

「本当ですか! メイド長! 」

「あの竜の巫女ですか?! 」

「ええ。嘘は言いません。これは「不死族」ヴォルト殿が作ったパンです」


 メイド長は使用人達に敢えてヴォルトが「不死族」であることを強調した。

 彼らはこの町の人ではない。

 メイド長は異形種に対して偏見へんけんはないが、彼女もこの町にきて吃驚びっくりしたのは確かだ。


 偏見のない彼女ですら驚くのだから普通の使用人はどうかわからない。

 もしかしたら彼女の言葉を不快に感じてパンから手を引く者が現れるかもしれない。

 これはある種の試験のようなものである。

 彼女がこの館に赴任ふにんする際、ロイモンド子爵に言われたのは「異形種に対して差別的な行動をしないように」とのこと。加えてメイド長という地位にくにあたって「差別的な行動に出る者は排除するように」とも言われている。

 アリア・リアはヴォルトやエルムンガルドの事を子爵に報告していない。

 けれどマリアル・ロイモンドは商人を通じて異形種がいることを把握していた。

 流石に「種族王」とまでは知らないが。


 (さて。皆さんは……)


 メイド長が周りをぐるりと見渡し観察する。

 できれば数少ない同僚を排除するようなことはしたくないのだが、領主の指示ということもあって無視はできない。

 手を引く者が現れないか心配だったが、彼女の心配は杞憂きゆうに終わる。


「そんなことよりもパンを~」

「メイド長。ホカホカのパンをくだされぇ」

「はっ?! まさかメイド長が独占するつもりでは?! 」

「……何を馬鹿なことを言っているのですか。独占するつもりなら最初から皆さんに声をかけませんよ」


 溜息をつきながらもホッとする。

 一歩前に出てバスケットに被さった白い布を持ち上げる。

 すると良い匂いが更に漂い部屋を満たした。


「「「おおお~~~!!! 」」」


 焼きたてのいい香りである。

 それにつられてメイド長の所へ使用人が群がる。

 その様子はまるでゾンビのようだ。


「さ。皆さんで食べましょう」


 メイド長は皿を用意してパンを配った。


 ★


 メイドや文官が少し細長いパンをちぎる。

 ちぎった先から湯気が立つ。

 それに顔を赤らめながらも口にすると皆とろけそうなほどに甘い表情をした。


「ん~。柔らかいです」

「こっちのパンは外はカリカリ、中はとろけるように柔らかいですぅ~」

「何ですかこれ?! 領主ていでも食べたことのない甘さです! 」


 彼女達のほとんどがロイモンド子爵邸かその別邸で仕事をしていた使用人達である。

 ロイモンド子爵領は現在他の領主により経済封鎖中。

 当主で貴族であるはずのマリアル・ロイモンドですら質素倹約しっそけんやく余儀よぎなくされている状態なので、彼女達が白パンにありつけるのも月に一回あるかないかであった。

 その為か出来立てパンに涙している人もいる。


「最初左遷させんと疑った自分が恥ずかしい」

「これはより一層力をいれないとな」


 男文官二人が大きく頷いた。


 ここにいる使用人や文官達は、マリアルに彼女が妹の様に可愛がっているアリア・リアの元で働くようにと伝えられた。

 主人の言葉とあって拒否するわけにはいかない。

 しかし勤め先は一介の町長。領都勤務から町勤務になることに不満がなかったといえば嘘になる。

 指示を出したマリアルにその気が無くても彼らには「左遷」の二文字がよぎったに違いない。

 

 が彼らの心を見透かしたのか、マリアルは彼らに領内で一番食料事情が良いと伝えた。

 現金なことでそれを聞いた瞬間目の色を変えてこの町に来たという経緯がある。

 マリアルが苦笑いを浮かべていたのは想像にかたくない。


「ここは住みやすいですねぇ」

「ん? そっちは……。別邸出身でしたか」

「えぇ。一応領主邸にはなるのですが、こっちの方が領主邸に見えてきます」

「確かに」


 その言葉に全員が笑う。

 いや本人の前で笑ったら、全員不敬罪になりかねないが。


 しかし彼女が言うこともわかるというもの。

 調度ちょうど品はともかくとして食料事情は領都よりも格段に良い。

 さらにいうのならば調度品が少ないおかげで、領主邸で働いていた時よりも仕事量は少ない。

 その為かこうして雑談したり間食をとったりする時間がとれている。


 そこにこうばしいかおりがする美味しいパンである。

 誰が作ったかなんて関係ない。

 彼らにとって美味しいパンであることが重要なのだ。


「ロイモンド子爵閣下はこの町を起点に領地を立て直すおつもりだ」

「みたいだな」

「よりはげまなければ」

「そうだな。そうでなければ同僚に顔向けができない」


 文官の言葉に全員が頷く。


 パンを食べながら談笑だんしょうしていると彼らの元にどこからともなく声が届いた。


「お気にしたようでなによりです」

「「「リア町長」」」


 パンをもぐもぐと食べているその場にいる人達は立ち上がり挨拶をしようとする。

 しかしアリア・リアはそれを手で止め「そのまま食べていても大丈夫ですよ」と声をかけた。

 彼女達は主人の言葉ということもあって再度座り食事を再開する。

 主人の言葉というよりも食欲の方が勝っているようにも見えるが気にしたら負けだろう。


「これから更に忙しくなると思いますが、よろしくお願いしますね」

「「「はい! 」」」

「では……」


 とだけ言い彼女は去っていった。

 差し詰め自分達の様子をみて、一言挨拶をしに来ただけだろうと使用人や文官達は思い再度パンを頬張る。


 アリア・リアが使用人や文官、衛兵にまで気遣っているのはこの館ではよく知られている。

 部下思いの良い上司ではあるが少し遠慮が過ぎるとも感じることもしばしば。

 しかしそれも仕方ない。

 彼らは彼女が姉の様にしたうマリアル・ロイモンドの元部下。

 中には爵位持ちもいるわけで下手に扱うことはできない。


 彼女の心配とは裏腹により一層アリアを支えようとする部下達。

 熱量からするとマリアルの元で働いていた時とは比べ物にならない程。

 決してマリアルが悪いわけでは無いが美味しい食事には敵わない、ということだろう。


 食事を終えた彼らは仕事に戻る。

 今日もまたリア町長の館はせわしく動く。

 この町を、この領地をより良くするために。

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