第61話 悪徳商人ダティマス

 時は少しさかのぼる。

 

 リアの町に一人の商人がグランデ伯爵領からやってきた。

 彼の名前はダティマス。

 今までこの町に食材をおろしていた人物である。

 その彼だが今、大量の食材を載せた馬車を後ろに呆然ぼうぜんととして立っている。

 何故ならば見たことのない光景に只々ただただ驚いているからだ。


「一体これは……」


 彼の目に映っているのは今までとは異なり血色のいい人達。

 人々は道のあちこちで陽気に談笑し笑い声に溢れていた。

 現状を飲み込めないまま彼は「何故……」と繰り返す。


 本来ならば喜ぶべき事なのだが商人の彼にとっては不測の事態。

 リアの町の住民が食料不足であればあるほど彼がもうかっていたので今の状態はよろしくない。

 彼は額に冷や汗をかきながらもタイミングの悪さを呪った。


 ダティマスは今回を最後に商売をやめて他の領地に行くつもりだった。

 最近グランデ伯爵領内で不作を感じ取ったからだ。

 最後の商売ということで大量に食料を買い込みいつもよりも高値で売ろうと考えていた。それ故に売れる気配がない今の町の状態は良くない。


 (いや。突然食料が手に入るはずはない! )


 ダティマスは首を振って否定する。

 そして自分の商品は必ず売れると奮起ふんきする。


 常識で考えると不毛の地が突如とつじょとして作物が育つ土地になるようなことはない。

 しかし例外というものはいくらでもある。その例外がこの町に起こっている。

 加えるのならばグランデ伯爵領で起こっている不作も異常事態である。


 長年この町に不当な値段で作物を売りつけていたせいか、彼は商人の基本である「情報収集」をおろそかにしていた。

 その結果、彼は何も知らずに市場へ向かってしまった。


 ★


「な、なんだこれはぁぁぁぁぁ?! 」


 市場の中心で叫ぶ商人が一人いた。

 もちろんダティマスである。


 彼はいつものように商品を並べて虫の様にやってくる住民に売るだけのはずだった。

 しかし彼が風呂敷ふろしきを広げる場所すらない。

 周りは店・店・店……。店の大行列である。


「どういうことだ!? おい! 」

「あん? ってダティマスじゃねぇか。もうこねぇと思ってたんだが来たのか」

「来たのか、じゃねぇよ。これは何だ!!! 」

「何だって言われても、店だが? 」


 狼獣人の店主が人族のダティマスを一睨ひとにらみする。

 少し前からは感じ取れなかった鋭い眼光だ。

 それに一瞬ひるむも動揺がまさった。

 さらに食い掛かり事情を聞く。


「だから……。店だって。他の奴らを見たらわかるだろう? 」

「何でお前達が店だしてんだよ! 」

「ここは俺達の町だ。店を出して何が悪い? 」

「悪いわボケ! これじゃぁ俺が稼げねぇじゃねぇか!!! 」


 狼獣人の店主は彼が元から性格悪い事は知っていたが今日は酷い。

 その酷さに顔を歪めながらもどうするか考える。


「どうしたんだい。もうすぐ町の人がやってくるよ……ってダティマスじゃないか」

「なにが起こっているババア! 」

「いつもに増して口の悪い商人だねぇ。だがまぁ最近は気分が良いから許してやるよ。救世主が現れたのさ」


 狸獣人の店主の言葉にダティマスの勢いが止まる。


 (救世主? 一体何だそれは? )


 考えるも足らない情報が頭を巡るだけ。

 情報収集を少しでもしていればすぐにエルゼリアと気付くのだが、「救世主」という情報は彼の頭を混乱させるだけだった。


「美しい銀髪をした精霊獣を連れた森の愛し子様さ。名前は――「おい」。おっとここまでだね」

「何故教えねぇ! 」

「この先の情報量は、白金貨一枚さ」


 狸獣人の女店主が法外ほうがいな値段を吹っかけるとダティマスはたじろぎその場を退散した。

 やられたらやり返されるのがこの世のつねである。


 ★


 結局の所ダティマスは店を開くことが出来なかった。

 しかし開いても彼が持ってきた食料は売れなかっただろう。


 リアの町におけるダティマスの評判はかなり悪い。

 口の悪さに加えて横暴な態度。調子に乗って食料の値段をり上げる彼は恨まれていても仕方ない。


 加えてエルゼリア達の手によって野菜の価格は急激に下がった。

 幾らダティマスが安くしようとしても市場で売られている値段以下にするのは難しい。

 よって彼は荷馬車と共に町を彷徨さまようことになった。


「出ていけ! 疫病神! 」


 また一件、宿から追い出された。

 地面に転がりながらも痛みに耐えて涙をにじませる。


「ちくしょう……。俺が何をしたってんだ」


 今回彼が何かしたわけでは無い。今まで多くの事をしてきたのだ。

 普通の店なら出禁できんものの騒動を毎回のごとく起こしており、また衛兵がいないのを良い事にやりたい放題していた。

 魔物肉が採れるといっても野菜は必須。

 それを分かって自由に振る舞っていたツケを今払わされているだけである。


「こんなことなら来るんじゃなかった」


 ダティマスは独りちながらトボトボと町の外に出て行った。


 野営を終えたダティマスは、今回の異変を報告するため、そのままグランデ伯爵領の領都りょうとを目指す。

 グランデ伯爵領内に入るとすぐに異変を感じたが、早く報告した方がいいと考えた彼は気にせず馬車を走らせた。


 彼はグランデ伯爵からお墨付すみつきを得てリアの町で商売をしているのだが、それと引き換えに報告義務がされている。

 相手が高位貴族であるということに加えて、関税かんぜい分をもうけさせてもらっている立場であるため、無碍むげには出来ない。

 あまり余った食料を食べながら、賊がいない道を通り領都へ向かう。

 伯爵ていに着いて門番に取り次いでもらいリアの町の状況をグリド・グランデ伯爵に伝えた。


「なに?! リアの町が食料に溢れていただと?! 」

「は、はい……。その銀髪エルフのせいで商売がさっぱりでして……」

「貴様の商売などどうでもいい!!! 」

「ひっ! 」


 グリドが「ドン! と」拳を机に叩きつけた音に怯むダティマス。

 怯んでいる間にグリドは腕を組み考える。

 その様子を恐る恐るといった様子で覗くが何も返ってこない。

 少しするとグリドの考えが纏まったのか鋭い眼光をダティマスに向けた。


「何でもいい。リアの町で商売を続けて救世主とやらの情報を探れ」

「む、無理です! 」

「そんなことあるか! 定期的に通って情報を集めるだけの簡単な仕事だ! おい! 」


 今回で商売をやめるつもりだったダティマスは必死になって依頼を断る。

 しかし彼の抵抗も無駄で扉から現れた騎士によって部屋から閉め出され、強制的に情報収集を行う羽目はめとなった。

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