第19話 始めてのお仕事

「休憩しないか? 」


 テラーとの話し合いを終えた後、私は外に出て大工職人達に声をかける。

 言うとリーダーがこちらを見て「もうそんな時間か? 」と空を見上げると「ぐぅ~」とお腹が鳴るのが聞こえた。


「熱中しすぎたようだ」

「やり過ぎて怪我するなよ? 」

「わかってるって。おいお前ら。昼にするぞ! 」


 声をかけると部下達が手を止める。

 止めると「ぐぅ~」とお腹が鳴ってこれまたおかしい。

 笑ったらいけないことはわかっているのだが、顔がにやける。


「さ。中に入ってくれ。用意はしている」


 歓喜の声が上がる中、彼らをレストランに入れた。


 ★


 食堂に入り彼らと共に席に座る。

 すると不思議そうに熊獣人の大工がこちらを見てきた。


「料理が出るんだよな? 」

「ああ。もう少し待ってくれ。小さな店員さんがやって来る」


 そう答えると彼は首を傾げた。

 大工達がまだか、まだかとそわそわしているのがわかる。

 気持ちは分かる。

 この前の食事会は好評だったからな。期待するのは当然だろう。

 しかし私は違う意味でそわそわしている。

 さて、どうなるか――。


 コンコンコン。


 考えていると不慣れなたどたどしいノックが部屋に響いた。

 同時に扉の向こう側から匂いが漂う。

 蜂蜜はちみつの甘い匂いを感じ取ったのか熊獣人達の腹が更になる。

 彼らを見るとれるよだれいている人もいた。


 再度ノックが鳴る。

 観察していて返事をするのが遅れた。

 待たせるのも悪いと思い「入っていいぞ」と声をかけると、扉が開く。

 そしてそこから現れたのは――。


「待たせたのである! 」

「お前かい! 」

「我も早く食べたいのである。待ち遠しいのである」


 腹ペコだったのは大工だけじゃなかったようだ。

 ソウも涎を垂らしながら私のテーブルに歩いてくる。


「お、おまたせ……しまし、た? 」

「こちら蜂蜜を使った料理になります」

「さぁ食え。おっちゃん達! エルゼリアさんの飯だぞ! 」

「こらアデルちゃん! 言葉使い! 」

「えええ。いいじゃねぇか。おっちゃんはおっちゃんだし」

「仕事の時は使い分けてください! 」


 ソウの後ろについて制服を着た子供達がお盆を手にしてやって来た。

 彼らが入ると更に匂いが強くなる。

 甘い匂いが漂う中、大工達は「おおお! 」と声を上げて身を乗り出していた。


 子供達とラビが机の上に料理を運ぶ。

 上に置かれているのは蜂蜜を使った金色こんじきの料理。

 しかしすべて同じではない。


「好みがあると思って色々用意したんだが」

「気を使わせてしまったみたいでわりぃな」


 リーダーはゴツい顔をニヤリとさせて料理に目を落とす。

 彼の目線の先には焼き芋に蜂蜜を塗ったもの。

 甘いものに甘いものを乗せるという暴挙だがどうやら彼の口にあったらしい。


「ほふっほふっ……。あちちちち……。うめぇ」

「そりゃぁ良かった」


 火傷しないように気をつけろよ、と言いながら他の大工に目を移す。


「こっちはパンか。こんがり焼けてサクサクしてうめぇ! 」

「蜂蜜をそのままってのもおつなものだな」

「む。何だこの蜂蜜! 粘っこくない! 」

「こっちは果物が入ってるのか?! つぶつぶしてて面白れぇ食感だ」


 気に入ってもらえたようだ。

 この様子だとレストランのメニューにしても良さそうだ。

 考えながらも大工達からソウに目を移す。

 人間大になっている彼は長方形のパンにいちごジャムを塗っていた。


「む? エルゼリアはこれが欲しいのか? やらんぞ」

「わかってるって」


 鋭い目線でソウが言う。

 意地でも渡さないという意思を感じながらも子供達に目をやった。


 ジフはそつなくこなしている。

 アデルはテキパキと仕事をしているが言葉使いがまだまだだ。

 緊張しているせいかロデは時々食べ物を落としかけている。

 彼らの可愛らしい様子をみて大工達が「最初はそんなもんだ」「ゆっくりやれ」「頑張れよ」と声をかけてくれていた。

 開店前の練習と思えばそれでいいだろう。


 一方で、ラビはというと……。


「痛っ! 」


 またこけていた。何をやっているんだあいつ。

 呆れながら彼女が立ち上がるのを見ていると、子供達の冷たい目線が彼女に突き刺さる。

 

 これではどちらが上かわからないな、と思いながらも自分のパンを一口かじる。

 ま、皆慣れていくだろう。


 ★


「「「お疲れさまでした! 」」」


 大工達が仕事を終えると陽が落ちかけていた。

 まかないということで子供とその両親達とご飯を食べ、別れの挨拶を。

 手を振り去っていく彼らを見送ると私はレストランの中へと入る。


「今日もたくさんの事があったな」

「ラビのドジさには我も驚いたが」

「ソ、ソウさん。それは言わないでください」


 ソウがおちょくり、ラビが慌てる。

 今ラビは家なき子だ。

 そのまま放置しておくわけにもいかないのでレストランに泊めている。


 二階の寝室前で彼女と「おやすみ」の挨拶をして別れて自分の部屋へ。

 ベッドにダイブし明日やる事を考えているといつの間にか意識が無くなっていた。


「!!! 」


 異様なプレッシャーにすぐさま起きる。


「なんだ?! ソウ! 」

「わかっとるわ! だが慌てる必要はないと思うが」

「この威圧感だぞ! 」


 魔杖を手にしてすぐさま光をともす。

 光球ライトを発動させて一階へ降りる。

 一階の光球ライトの魔道具に魔力を流して光を灯し全体を見る。


「誰もいない?! 」


 更に警戒心を上げる。

 ゴクリと息を飲み部屋のすみから隅まで調べるも、特におかしなところはない。

 だがプレッシャーは続いている。

 見えない相手を見逃さないように注意をしていると、玄関からノックの音が聞こえて来た。


「……」


 返事をせず、じっと待つ。

 再度ノックの音が聞こえるが答えない。


「夜分遅くに申し訳ないのだが」


 魔物じゃなかったか。

 人間だな。しかし強盗の可能性もある。

 さてどうしたことか。


「入って来ても良いぞ」

「おい馬鹿! 」


 では失礼してと、老いた声が聞こえると「がちゃり」と鍵が開く音がする。

 締めていたはずだ、と思いながらも余計なことを言ったソウを睨みつける。

 ソウは気にした様子はない。

 ソウが警戒しないということは邪悪な存在じゃないのか?


「本当に申し訳ない。ここを通りすがったのだが泊る場所がわからなくてね。一晩泊めてくれないだろうか」


 玄関から入ってきたのは、長い杖を持った老紳士だった。

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