第20話 不死王ヴォルト

 ――老紳士。


 私が彼を見た印象だ。

 上下に黒いスーツを着て黒いシルクハットを被っている。シャツは白く、茶色いネクタイを締めている。磨かれた靴は店の中の魔法の光で反射して輝いており、白い手袋は純白そのもの。


 ――まるで貴族の真似事をしているようだな。


 さっきまであった異様なプレッシャーは霧散していた。

 老紳士はゆっくりとシルクハットをとり白い髪を私に見せた。

 私をみて、隣に目をやる。


「……なるほど。不思議な存在がいると思いましたが精霊獣、しかも竜型ですか」


 言うとどこか安堵したような表情をする。

 違和感。

 強烈な違和感を感じつつ彼の正体を考える。

 泊めるのはやぶさかではないが、正体不明の危険人物を泊める必要性はない。


 少しの沈黙が流れて老紳士は眉をへの字にする。

 黙ったせいか、彼が困ったような顔をした。

 観察の結果、一つの結論に行きついた。


「幻影魔法?! 」

「おや? 気付きましたか」

「ふん。エルゼリアは優秀だからな」

「なるほど、なるほど」


 ソウの言葉に老紳士が頷く。

 まるで友人みたいな感覚で話しているな。

 しかし幻影魔法を使ってまで姿を隠す相手をすんなりと信用できることはできない。

 警戒しながら姿を現すように言う。


「これはレディーの前で失礼を。しかし、出来れば驚かないでくださいね? 」


 そう言うと老紳士はコツンと杖を床に突いた。

 するとみるみる姿を変えて現れたのは――。


「不死族?! 」

「失礼しました。名をヴォルト。これでも不死族の種族王を名乗らせていただいております故、以後お見知りおきを。竜を連れたレディー」


 目を開いて驚く。

 想像を遙かに超える大物がやって来た。


 ★


 ヴォルトと名乗る不死王を食堂に通した。

 着ているものはそのままだがシルクハットをとった頭は白骨そのもの。


「この姿をとって尚家に入れてもらえるとは思いませんでした」

「これでも人生経験が多いんでな。不死族に知り合いは何人かいるから特に気にしない」

「……ありがたい事です」


 ヴォルトが机につくと私も椅子を引く。

 腰を降ろすとソウが隣にやって来た。


「言っておくがエルゼリアの常識を普通と思うなよ? 」

「まるで私が非常識な存在みたいな言い方じゃないか」

「非常識そのものだろ? 」

「そっくりそのまま言葉を返すよ」

「仲がよろしいのですね」

「これでもソウとの付き合いは長いからな」


 ヴォルトの言葉に苦笑で返す。

 さて、と区切りをつけて「何故ここを訪れたのか」話を聞く。

 するとあっさりと答えてくれた。


 話を纏めると不思議な力を持つ存在――ソウを感知したからここへ来たとのこと。

 ヴォルトは昔からこの町近くの森に潜むように住んでいるようだ。

 町に害するものかもしれないと思い来たらしいが、分からない事がある。


「何故そんなにこの町を気に掛けるんだ? 」

「……ワタクシ、生前この町に住んでいたので」


 苦笑ともとれる雰囲気で言うヴォルト。

 骸骨故に表情がわからないが多分苦笑だ。

 しかし生前か。

 思い当たる現象を、知っている。


「転生現象か」

「……よくご存じで」

「不死族に知り合いがいると言っただろ? その時聞いた」


 なるほど、と頷くヴォルトを見つつ思い出す。


 転生現象。

 正確に言うのならば転生ではないのだが、人の記憶を持ったまま不死族に生まれる現象の事をいう。

 逆に転生を目指した魔法使いが魔物になることはある。レイスやリッチのような存在だ。

 だが大体が失敗し意思無き魔物となるのがオチらしいが、正直よくわからないというのが現状。


「しかし種族王とはこれまた」

「先代が「やってられん」といって強引に押し付けたので、ワタクシ自身は大物でもないのですが」

「それでもすごいよ」


 ヴォルトは「ありがとうございます」と本当の紳士の様に頭を下げる。

 机の上に置いてある黒いシルクハットを手に取り椅子を引く。


「帰るのか? 」

「害なす者でない事がわかりましたので」


 彼はそう言い帰ろうとする。

 その背中は王と呼ぶには寂しすぎだ。


 転生現象、か。

 人の記憶を持ったまま生まれることは辛いことが多い。

 欲求は薄くなると言っていたが完全ではないと聞いている。

 彼がどのような記憶を持って生まれたのかわからない。

 しかし、時に迫害の対象になる異形種は私の想像を絶する「今」を持っているだろう。


 一歩、また一歩扉に向かう彼を見て罪悪感がいてくる。

 しまったな。レストランに入れたことで食事を思い出したかもしれない。

 食べることが出来ない身で味や食感を思い出すのは拷問に近いだろう。

 何か彼に出来れば良いのだが、と思いある食べ物を思いだす。


 考え、出て行こうとする彼を呼び止める。

 ヴォルトは振り返り首を傾げながら「どうなされましたか? 」と聞いてきた。


「ここはレストランだ。客が来たら食事を出すのが礼儀というもの」


 そう言いながらソウに頼み収納から一つの瓶を取り出す。

 机に置き蓋を開けそれを一粒手に取った。


「人も食べることができるように工夫しているが、どうだ? 確か不死族は触覚があったと記憶しているが」

「それは? 」

「グミ、というものだ。味もそうだが食感を楽しむ……、まぁ嗜好しこう品のようなものだよ」

 

 私の意図を理解したのだろう。

 口を大きく開けて驚いていたと思うと、机に近寄る。


「……出されたものを食べないのは紳士としてあるまじき行為ですね」


 カツン、と杖を床に突き何か魔法を発動させた。

 不意だったため対応できなかったが、ソウが何も言わないということは私に害のないものなのだろう。


「ご心配なく。先程発動させた魔法は私が開発した魔法の一つでして。我々のような不死族でも味覚感知が出来るようになる魔法なのです」

「……やるなら事前に言ってくれ」

「はは。申し訳ない」

「しかし不死族でも味覚を感知できる魔法か。すごいな」

「そうでもないですよ。元ある感覚強化センサーブーストを改良しただけなので。まぁこれは暇を持て余し趣味に走った結果の一つと思って頂ければ」


 言いながらヴォルトは再度席に着く。

 ゆっくりと、上品にグミを手に取り軽くんだ。


「おおお。いちごですかな。味が骨身に染み渡る……」


 瞳に光が灯った気がした。

 「骨身に染み渡る」という言葉はあるが彼の場合は本当に染み渡っているかもしれない。

 もう一度噛む。更に顎を上下する。


「これは新食感。嚙み切れない感覚がまた面白い」

「気に入ったようでなによりだ。こっちはどうだ? 」


 カカっと笑う彼に違う瓶を出して進める。

 出された違うグミを手に取り噛み始める。


「これはっ! 肉の味?! 」

「正解だ」


 にやりと笑みを浮かべ驚いた彼を見て成功したいらずらに満足した。

 更に幾つか彼に出す。


 種類は幾つでもある。

 フルーツから始まり肉に野菜に料理にと。

 流石に魚の味を組み込んだがゲテモノになったがそれでも魚人族には好評だっけな。

 思い出しながら次々と出す。

 ヴォルトは手に取りグミを嚙みしめていた。


「まるで本当に食事をしているようです……」


 ヴォルトは手を止め余韻よいんひたる。

 人間時代を思い出したのか、見えるほどに感動している。

 出ない涙が見えるようだ。


 彼の記憶がどのようなものだったのかわからない。

 しかし「最悪のもの」ではないようだ。

 時に嫌な記憶を引き継いで生まれる不死族もいるのだがそのたぐいでなくて、ひっそりと安心。


「しかし何故このようなものを作ったのですかな? 」

「そこに未知なる食事があったからだ! 」

「それでは伝わらんだろうが」


 ソウが呆れたような声で言う。

 しかしこれ以上の答えがないのだから仕方ない。


「これはガムという嗜好品が元となってな。エルゼリアは――」


 と経緯を勝手にソウがヴォルトに伝え始めた。

 そしてそれに「うんうん」と頷くヴォルト。

 話が終わるとヴォルトは私の方を見て「ワタクシと同じですな」という。


「同じ? 」

「これでも人間だった時は研究者として働いていましたので、知的探求心からくる欲求というものはわかりますとも」

「おおお! ヴォルトは分かる口か! 」

「もちろんです。いやはやこれを他の王に言っても伝わらなくて」


 そこからヴォルトと話し込む。

 中々こうして話すことができる人はいないのだ。


 ……気付いたら陽が昇り始めていた。

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