第14話 種まき

 翌朝、鍵を戻してレストランへ向かう。

 レストランは町の入り口付近にある宿からかなり距離がある。

 加えて町の中心部からも距離がある。


「よくこの立地りっち繁盛はんじょうしたな」

「それほどに人口が多かったのか、余程優れた料理人がいたか、だろう」


 ソウの言葉に頷いた。

 普通町のはしにレストランを作るなんて正気の沙汰さたじゃない。

 売り上げを考えるのならば町の中心部か道沿いに作るのが定石じょうせきだ。


「さ。ついたぞ」

「エルゼリアさん! おはようございます! 」

「あぁおはよう」


 ソウの言葉が聞こえると同時にラビの挨拶が耳に入った。

 ラビに軽く手を振り挨拶を返してレストランへ足を進める。


「朝から早いな」

「泊めてもらっているので、エルゼリアさんよりも遅く起きることはあってはならないと思いまして」

「稼働し始めたらもっと早くなるがな」


 私の言葉に「え」と固まるラビ。

 しかし「冗談だ」とは言わない。

 例え昼から営業するとしても、朝日が昇る前から仕込みを入れないといけない料理はたくさんあるからな。


「今日はどうするのだ? 」

「朝食べて、畑だ」


 言いながらレストランの中へ入る。

 作った朝食を食べて腹ごなしを終えた。


 食後ラビに今日の予定を説明していると「銀髪エルフのねぇちゃん! きたぞ! 」と声が聞こえて来た。


「アデルの声だな」


 私の呟きにラビが首を傾げる。

 昨日話した子供達だ、と答えるとラビは納得したように立ち上がる。

 彼女が扉に向かう中、私も立ち上がり玄関に向かう。


「きた……って獣人族?! 」

「あれ? 」

「……エルゼリアさんがいない」

「そ、そんなにがっかりされると傷つくのですが」


 閉まりかけている扉を押し開けて外に出る。

 そこには七人の大人と三人の子供達がいた。

 そして何故かラビが落ち込んでいる。


「あ。エルフのねぇちゃん! 」

「お、おはようござい、ます」

「おはようございます。エルゼリアさん。そしてソウ様」


 私を見て元気よく挨拶する三人。

 私も挨拶を返してソウも返す。

 すると奥にいる二人のエルフ族が驚いたような顔をした。


「精霊獣様!? 」

「まさかジフが言っていたことが本当だったとは」

「まだ疑ってたの? 」


 ジフは緑の瞳を細めて二人を見る。

 どうやらこの二人は両親のようだ。


 驚く二人から目を横にずらすとそこには熊獣人の夫婦と人族の夫婦が目に入る。

 そこから少し目線を下げると背の低い、見覚えのあるお爺さんがいた。


「孫が精霊獣を連れたエルフ族がレストランを開くと言っての。まさかと思い来てみたんじゃ。それにわしも何か手伝えればと思っての」


 アデルのお爺さんだったか。

 信じてきてくれたのは嬉しいが少し心配だ。


「それはありがたいが……。しかし重労働だぞ? 」

「大丈夫じゃ。いざという時は強化魔法でもかけてもらってでも動くわい」


 お爺さんがジフの両親を見上げてそう言った。

 二人は苦笑いしながら「無理はしないでくださいね」と言い、私に向く。

 そして各々自己紹介を行った。


 ★


「今日は種まきをする」

「土地は我が復活させた。安心せよ! 」


 その言葉に全員「信じられない」と言った表情をした。

 現実が受け入れられないのか熊獣人の子・ロデが前に出て聞いてくる。


「昨日は荒地あれちだったのに」

「我の力をめてもらっては困る。あの程度。造作ぞうさもないわ! 」


 人間大まで大きくなったソウがバサリと翼をはためかせて尊大そんだいに言う。

 現実味がないのかアデルとロデ達は顔をポカーンとさせているが、ジフ達エルフ族一行は土下座状態で敬っていた。

 気持ちはわからなくもないが、この様子だと話を聞きつけたこの町のエルフ族が毎日あがめに来そうだ。

 後でソウに目立たないように言わないと、と考えながらも説明を続ける。


「金属に侵されていた土地は改善した。加えて少なかった栄養価も増え、保水性も上げた……でいいだよな? 」

「うむ」

「で皆にやってほしいのはこれ」


 言いながらソウに異空間収納を開いてもらう。

 そこからラベリングされた大きな袋を取り出す。

 彼らの前にドスっと大きな音を立てながら置くと驚いたようにった。

 私が袋の口を開け、指をさして中を見るように言うと、恐る恐るといった感じで中を見る。

 

「これを植えて行けばいいのですか? 」

「その通り。今回はその対価として料理を振る舞おうと考えているが……。それでいいか? 」


 言うと三組がガバっと顔を上げて目を輝かせる。


「是非やります! 」

「やらせてください! 」

「いっぱい植えますよ! 」


 料理と言った瞬間にやる気を出す三組。

 笑えない現状の反応に困りながらも「ではよろしく」と言い袋を渡す。


「ラビ。彼らを手伝って、何かあったら私に伝えてくれ」

「了解しました! 」


 ラビがピシッと背筋を伸ばして返事をする。

 彼女の目には人参が映っているように見える。

 だが悪いラビ。

 その中に人参の種はないんだ。

 人参は土地の栄養を吸うからな。

 タイミングを見計らって植えるか、専用の場所を作るかして植えようと考えているんだ。今すぐは君のお腹には入らない。


 気合いを入れたラビに申し訳なく思いながらもソウに合図をする。

 ドスドスと足音を鳴らしながらソウが近くによる。それを確認しレストランへ体を向ける。

 彼らに振る舞うための料理を作りに背を向けようとすると、ジフの母の声が聞こえてきた。


「あの……」

「なにか質問でも? 」

「はい。ここで採れた野菜はどうするのでしょうか? 」


 それを聞き「そういえば彼女達に話していなかったな」と反省する。

 忘れていたわけでは無いが、彼女達が今欲しいのは料理よりも食べることができるもの。

 美味しく作った料理も良いが、それよりも野菜そのものが欲しいだろう。


「基本私のレストランで使うが余剰よじょう分がかなり出るだろう。だから余剰分に関しては町におろすよ」

「あ、ありがとうございます」

「けれど作物が育つまで時間がかかる。だから一時的に私がたくわえている食材を町に放出しようと考えている」

「そこまでしていただけるのですか?! 」

「ああ。時には森へ行って魔物を狩ってくるのも良いと考えている。消費する量を調節すると肉にも困らないと思うから気にするな。しかしかわりにやってほしいことがある」


 彼らの方へ一歩踏み出し言う。


「人を集めてくれ。毎日仕事があるわけではないが、仕事に応じて料理を振る舞うから」


 私が言うと全員が「了解しました」と答えた。

 彼らの返事を受けて私は農地に背を向ける。

 彼らの昼食を作るためにキッチンへと向かった。

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