第13話 ラビと甘い人参

「エルゼリアさんが召喚した土人形ゴーレムでしたか」


 農作業を終えた土人形ゴーレム達を一旦帰還させてラビをレストランの中に入れた。

 中に入ると彼女は驚き大きな胸と長い耳をぴょんぴょんとはねさせる。

 興味深そうに中を見る彼女を食堂の方へ案内し椅子に座ってもらうが、お茶を沸かす時間もない。

 よって水生成クリエイトウォーターで水をコップにいれて彼女の前に出す。


「驚かせてすまなかったな」

「いえいえそのようなことは。しかしあれほどの土人形ゴーレム。エルゼリアさんは料理だけでなく魔法使いとしても優秀だったんですね」


 褒め言葉にむずくなりほほく。

 魔法は苦手ではない。料理の次に好きと言ってもいいだろう。

 だが「私は大魔法使いだ! 」と声たからかに叫べるほど優秀ではない。

 嬉しいのだが気恥ずかしさを覚える。


「しかし思ったよりも時間がかかったな。エルゼリア」

「そうだな。まぁたがやす範囲が広かったからな。仕方ない。種まきは明日にしよう」

「あの土人形ゴーレム。結局何をしていたのですか? 」


 聞かれて説明していなかったことに気が付いた。

 こちらを見つめる黒い瞳を見つめ直しながらもレストランと畑の事をいう。


「え?! 畑が出来るのですか! 」

「今作っている所だ」

「……不毛の地と呼ばれているのに」

「ソウの力をもってすれば造作ぞうさもない」

「我は精霊獣だからな! 」


 机の上でソウが尊大そんだいに言う。


「ラビはどうしてあそこに? 」


 聞くとピタリと表情が固まり大きな耳が前にれた。

 これは地雷を踏んだか?


「……僕冒険者を止めてきたのです」


 しょんぼりしながら言うラビ。


「今回の事でよくわかりました。僕は冒険者には向いていないって」


 村を出てきたは良いものの成果を上げることが出来ず冒険者を止めた、と言う所か。

 あのボロボロ具合を見るに、冒険者でない私から見ても彼女は冒険者に向いていないと思う。

 生き延びることが出来ただけでも良しとしなければならないのだが、彼女としては不本意だろう。

 私としては知り合った人と死に別れることがなくてよかったのだが。


「これからどうするのだ? 」

「……まだ考えていません」


 更に身を縮めるラビ。

 彼女の様子を見る限り、今の所村に帰るという選択肢はなさそうだ。


「……夕食はまだか? 」


 聞くと白く小さな顔を上げて「はい」と頷いた。


「なら少しそこでまっていろ」


 そう言いながら私はキッチンへ向かった。


 ★


 ラビの机に木製の皿を置く。


「可愛い……。それに甘い匂い」


 ラビは小さな鼻をくんくんと動かして漂う人参の匂いを嗅いでいた。

 彼女の顔の下には星形に切った人参を並べている。

 熱する以外に特別な処理をしていない厚切りの人参。

 ラビは食べたそうにフォークに手を出そうか迷っているな。


「食べてくれ」

「……良いのですか? 」

「そのために作って来たんだ」


 言うとラビは木製のフォークに手を伸ばす。

 皿の方へ目を向けるとサクッと音を鳴らし小さな口に運んだ。


「美味しい……」


 さっきまでのしょんぼりとした顔はどこへやら。

 フォークに手を持ったまま顔に手をやりほほを緩ませている。


「なにこれ甘くて柔らかいです! 」


 ラビはもぐもぐと味わいながらゴクリと飲み込む。

 一個食べ終わると次の一個。更に一個とペースが速くなる。

 満足してもらえて何よりだ。


「これは前に食べさせてもらった人参とは違いますね。どこの人参でしょうか? 」

「それは寒冷な国で採れる人参だ」

「人参は寒い所で作られるものでは? 」

「いや想像しているよりも寒い国だ」


 ピンと来ていないのか耳と一緒に首を傾げるラビ。

 それに苦笑いしながらも説明する。


「ある国のうさぎ獣人がな。これまた偏食へんしょくで。苦い人参が苦手で、それを食べるくらいなら他の甘い食べ物を食べるっていう奴らがいたんだ」

「人参の苦みを楽しめないとは。これまた偏屈へんくつな兎獣人ですね」

「だな。で、そいつらが開発した人参が、これだ」


 私も自分のフォークを人参に刺して口に入れた。

 熱して柔らかくしたが程よくサクサクしている。

 みしめるごとにあふれる甘さを感じつつも飲み込んでラビに続けて説明する。


「甘い人参がなければ作ればいい。そう考えて試行錯誤した結果だ」

「むむむ……。やりますね」

「だろ? この甘さは寒い土地で我慢強く作られた結果なんだ」


 食材は育てる環境によって味を変える。

 土地もそうだが温度に湿度。時にはしおかぜなども関係してくる。


 味が変わればその土地の食文化も変わる。

 実際あの国では人参はおやつスイーツの代名詞のようなものになったからな。

 他の国ではそうはならないだろう。


「どうすればよかったのでしょう……」

「さぁ? 」


 人参を食べながら落ち込むという器用なことをするラビに答えると、またしょんぼりとしてしまった。


「私はラビじゃない。だから安易にラビの気持ちや状況がわかるとは言えない」


 私は彼女じゃない。

 これははっきりと言わないといけない。


 けれど察することはできる。

 家出同然で村を出た。そう言っていたから恐らく村の閉塞感から脱するために出て来たのだろ。

 しかしラビがどのような環境で育ち、どのような気持ちで村を出たのか、彼女じゃないからわからない。


「だが気持ちに整理がつくまでここで働かないか? 」


 言うとラビが顔を上げる。


「なにをするにも金と食料は必要だろ? もしここで働くのならまかないを出そう。このレストランは明日から動き出す。最初は畑仕事が主になると思うが接客もしなければならない。ちょっと前に子供達を雇うという話をしていてな。接客をしつつ彼らをまとめる人材が欲しいんだ」

「……冒険者をすぐにやめた私に出来るでしょうか」

「それこそ粘り強く頑張るという気概きがいを見せてくれ」


 言うとラビは顔を明るくして「はい」と答え、フォークを進めた。

 やっぱり兎獣人は人参が好きなようである。


 ★


 お金の無いラビをレストランに置いて私達は宿に戻る。

 遅くなった私達を店主は心配したみたいで宿の前で待ってくれていた。

 それに申し訳なく思ってお詫びにサンドイッチをご馳走した。

 驚く店主を置いて二階に上がるが、ここに泊るのは今日が最後。


「店主を明日の農作業に呼ばなくても良かったのか? 」

「本格的に始動し始めたら店主は目が回るだろう。少しのばかしの安息あんそく堪能たんのうしてもらおうと思ってな」


 なるほど、と言いながらソウは翼に手をやる。

 鳥が行う毛づくろいのような仕草しぐさをしていると、ソウは首を町の入り口の方へ向けて一点を見つめていた。


「どうかしたか? 」

「……いや」

「……ソウのその言葉は不安しか感じないんだが」

「本当に何もない」

「本当か? 」

「本当だ。だがいて言うのなら……」

「? 」

「この町は面白いな、と」


 ソウが不思議なことを言う。

 けれど粘ってもこれ以上話す気はなさそうだったのでそのまま就寝。


 さぁ。明日から仕事だ!

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