第4話 リアの町へ

「リアの町に来たのは最近なので詳しくは分かりませんが」


 食器をそれぞれ片付けて私達はリアの町に向かって歩いている。

 結局の所ソウとラビがシチューを全て食べてしまった。

 寸胴ずんどう鍋に半分くらいあったんだがと呆れるも美味しく食べてもらえてなによりだ。


 食事のお礼と言うことでラビが歩きながらリアの町について説明してくれた。


 この先にあるのはロイモンド子爵領リアの町。

 特産と言う特産はなく廃れた様子。

 食料を始め様々なものの値段が高く治安も良くないとの事。


「ラビは村には戻らないのか? 」

「家出するように来たので」


 小さく可愛らしい顔で見上げながら言う。


「それは帰りずらいな」


 私が指摘すると「はは」と自嘲じちょうした。

 両親に許可を得て冒険者になったのなら素直に帰る事は出来ただろう。

 しかし家出同然で出てきたら帰るに帰れない、という気持ちは分からなくもない。

 何せ私もアドラの森を出てきたからな。


「だがこれからどうするつもりだ? 」


 見上げるのをやめ前を向き歩く彼女に私は聞く。

 すると指をあごに当てながら考えている。


 余計なお節介かもしれないがよく考えた方が良いだろう。

 せっかく知り合ったんだ。

 冒険者として大成する前に死なれては目覚めが悪い。


「一度ギルドに報告してからまた考えます」


 そう言う彼女に「そっか」とだけ返して足を進めた。


 ★


「ここが……」

「思ったよりも廃れているな」

「馬鹿。口に出すな」

「はは。やっぱりそう思いますよね」


 リアの町に着くと待ち受けていたのは想像以上に廃れた町だった。


 看板は薄汚れ何年、下手したら何十年と手入れされていないのがわかる。「リアの町」と書かれているがギリギリ読める程度。ラビにここが「リアの町」と聞いてなかったら名前すらわからなかったかもしれない。


 門を潜り一歩入ると冷たい風がヒューっと吹いて体がブルりと震える。

 丸まったゴミが目の前を過ぎ飛んでいく。


「これ人住んでるのか? 」


 独り言ちながら右に左に人がいないか探す。

 人族に獣人族にとちらほら見えるがその程度だ。

 入り口だから少ないのかもしれないが、商人が通っているような様子もない。


「ラビはこれから冒険者ギルドだったな」


 歩きながら聞くと「はい」と返事が聞こえて来た。

 あまり気乗りしないような低いトーンだ。

 だがしかしこれ以上は何も言うまい。


「ではここでお別れだな」

「そうですね。シチューありがとうございました。とても美味しかったです! 」


 前を歩いていたラビがくるりと反転し大きな胸を揺らせながら笑顔でお礼を伝えてきた。

 味を思い出したのか彼女は笑顔だ。


「また会おう」

「また邂逅する時を楽しみにしているぞ! 」


 私とソウが手を振ると彼女も手を振り町の奥へと消えていった。


「さて。これから宿を探すとするか」

「……ここに泊まるのか? 」


 肩に乗ったソウが不服そうに言う。

 ソウが言いたいことは分かる。


 荒廃した町に泊まるというのはリスクがある。

 盗難に強盗に、それこそ殺人に。

 追い詰められている人達は何をするかはわからない。


 だが私はそれに関して危機感は持っていない。

 何せ私には頼りになる相棒がいるからだ。


「ソウがいてくれるだろ? 」

「無論だ」

「なら大丈夫だろ。ソウなら危機が迫る前に察知してくれるだろうし、危機が目の前にあっても対処してくれるだろし」

「ふん。町ごと灰燼かいじんしてやるわ! 」

「いやそれはやり過ぎだ」


 ソウが威張るような口調で言うと、パタパタと耳元から音が聞こえてくる。


 本当にやりかねないから自重じちょうしてもらわねば。

 こいつには前科がある。

 その昔戦争に巻き込まれて最前線で料理を作っていた時敵が不意に襲ってきて、敵軍隊を消滅させたからな。


 契約精霊ということで私の身を護るソウだが、それ以上に自分の食事を邪魔されそうになると過剰に反応する傾向にある。

 一旦この町に泊まるとして、町の人が彼の食事を邪魔しない事を祈るばかりだ。


 軽くソウを撫でて前を向く。

 町を歩き宿を探す。


「普通は町の出入り口か中央にでもあるんだが」


 と入り口付近で探すが見当たらない。

 更に先を探すべきかと考えていると、一軒の煉瓦状の家に看板がつってあるのを発見した。


「あそこにするか」


 探しても無駄になりそうな雰囲気を感じ取り店に向かう。

 よく観察すると、やはりというべきか宿屋のようだ。

 扉に向き金属製のノブに手をやり軽く回して手前に引く。

 ギギギ、という音を鳴らしながら扉が開いて私とソウは中に入った。


「……本当に営業しているんだろうな? 」

「恐らくな」


 薄暗い中をカツカツと音を鳴らしながら歩く。

 ソウに「大丈夫」と言ったはいいものの、この雰囲気だと本当に営業しているのか私も不安になってきた。


 薄暗く客がいないだけではない。

 掃除をしていないのかほこり溜り宙を舞っているのがわかる。

 咳き込むほどではないが宿泊施設としてはよろしくないだろう。


 少し進み店員がいないか探す。

 大きく丸い木製の机と簡易的な椅子があちこちにある以外に見当たらない。

 椅子や机の数から考えて人を受け入れる準備はしているようだ。

 しかしこの様子はとても気になる。


「すみません」


 考えていても無駄だと思い、たまらず人を呼んだ。

 すると奥からガランと音が聞こえてドドドと人が歩いてくる音が聞こえてきた。


「……まさかとは思いますがお客様でしょうか? 」


 人族の男性が私を見て驚いたような表情で言う。

 私が客じゃなかったら何に見えるんだ? と心の中でツッコミを入れながらも「そうだ」と答える。

 すると店員らしき人は更に驚いたような表情をして軽く咳払いをしカウンターへ向かう。

 下を覗き手を突っ込んで帳簿のような物を出したかと思うと、軽くはたいて「こちらに記入を」と言ってきた。


 帳簿自体におかしな点はない。

 記載を終え銅貨と鍵を交換すると説明を始めた。


「申し訳ありませんが食事を出すことは出来ません。町で食べるか、ご自分で用意するかしていただければと」


 店主とおぼしき男性が薄くなった頭を下げながら申し訳なさそうに言った。


 ラビから「様々なものの値段が高い」と聞いていたので状況を理解し了解する。

 リアの町では様々なものが高いわりにこの宿の料金は一泊銅貨三枚。

 いや他の宿に比べると相当高いのだが有り得ない値段ではない。

 通常一食くらいは、パンの一切れでも、出すものだがそれがないことを考えると食事代を抑えての料金なのだろう。


 そう考えつつ「本当に泊まるだけの場所だな」と思いながらも、私は鍵に書かれた番号の部屋に足を進めた。

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