第5話 心優しき料理人は町をおもう

 二階に上がり部屋に入るとほこりっぽい空気が襲ってきた。

 顔を顰めつつ窓を探して移動する。

 木製の窓をギギっと音を鳴らしながら押し開けると太陽の光が入ってきた。

 遅れて空気が入れ替わる。

 舞い上がる埃を吸わないようにしつつベッドに腰を降ろした。


「これからどうするのだ? 」


 ベッドの前に置いてある小さく丸い机に座るソウが聞いてくる。

 当たり前のことを聞かれたので決定事項をそのまま話す。


「この宿に泊まるんだが? 」

「違う。明日からだ」


 言われて気付き考える。

 そして町の様子を思い浮かべた。


 明日から、か。

 出来ればこの町が何故こうなっているのか知りたい。

 出来るのならば助けになりたい。


 これまでに様々なものを見てきた。

 貧困・紛争・戦争にと。

 犯罪に巻き込まれたり貴族の問題に巻き込まれたこともあった。


 私は料理しか振る舞っていないのになぜそうなると聞きたいが、問い詰める相手はいない。

 何より自分の行動の結果なのだから納得せざる終えない。


 それに私は巻き込まれたことを後悔していない。

 振るった料理で多くの人が助けることが出来たのは事実だからだ。


 私としてはこの町に思い入れがあるわけでもなく、町からすればただの旅人。

 何かする義理も無ければ義務もない。

 しかし困っていることがあるのならば助けたくなるのが心情で。

 損な性格をしてしまったものだと自嘲じちょうした。


「もしこの町が抱える問題が近くにあった森の魔物由来ならば解消は簡単だろう」

「居座るつもりか? 」

「当然」

「そうか」


 ソウはグルっと軽く喉を鳴らし翼に手をやり毛づくろいのようなことをしている。


「文句を言わないんだな」

「我はエルゼリアの契約精霊だからな。エルゼリアが行くところが我の行くところだ」

「その割にかなり振り回されている気がするが? 」

「我に美食を捧げないのが悪い」

「用意しているじゃないか」

「我は未知なる美食を求めているだけだ」

「それを用意しろと? 」

「その通り。我に未知なる美食を捧げよ! 」


 バサリと蒼い翼を広げる。

 全くこの精霊様は、と思いながらも彼に感謝。


 確かに彼にかなり振り回されている。かわりにその大きな恩恵を受けているの事実。

 だが、それ以上に、ここまで私が振り回してもついて来てくれているソウに「本当に良い相棒をもったな」と思う訳で。


「なんだにやけて」

「にやけてなんてない」

「いいやにやけているな。さてはまた新しい料理でも思いついたな」

「違うって」

「美食なら歓迎する。しかしゴブリンで出汁をとった料理はごめんだ。ゲテモノ料理も食べれないことは無いが、出来れば見た目麗しい料理が良い。だが見た目悪い料理にも美食はあるわけで。食べないとわからないのが難点――」


 否定するが、ソウは自分の世界に入り未知なる料理へ思いをせている。

 これは戻ってくるまで時間がかかるな。

 そう思い彼が現実に戻って来るまで部屋の空気の入れ替えを続けた。


 窓を閉めて空気の入れ替えを完了する。

 その頃にはソウも現実に戻って来てベッドに再度座る私の方を見ていた。


「話しは戻るがどうするんだ? 町をどうにかするにしても出来る範囲なんぞ限られているぞ? 」

「そうなんだよなー」


 声を上げながら薄いベッドに倒れ込みバタンと音を立てる。


 結局の所私の位置づけはちょっと戦闘のできる料理人。あぁ、あとは料理研究家か。

 何かと巻き込まれてきたが、貴族間のバチバチに付き合える能力を持っているわけでもないし、商売得意なわけでもない。

 食材の仕入れとかならば出来るがそれは別の話だ。

 取引価格を下げる凄腕に比べれば素人に毛が生えたようなもの。


 この町が何でこんな状態になっているのかわからない。

 原因がわからなければ対処は出来ないし助けに入る事が出来ない。

 町からすれば余計なお世話なのかもしれないが、もしかしたら誰かが救いを求めているのかもしれない。


「レストランでも開かんのか? 」

「レストランかー」


 ベッドの上でもう一回転し考える。


 レストランは、ありだな。

 何かとやらかしたおかげで資金は過剰にある。

 店の一つ建てるくらいは簡単だろう。


 ――それでこの町のためになるのだろうか。


 ラビが「様々なものが高い」と言っていた。

 この国で何が起こっているのかわからない。

 けどこの領地に異常が起きているのは確か。


 気候の問題か物流の問題か、はたまた権力闘争の結果か。

 自然環境そのものである気候が原因なら本格的にお手上げだが、物流ならば今まで得た知識で何とか助言程度は出来るだろう。


「レストランで町おこし、か」


 ガバっと体を起こしてソウに向くと彼が興味深そうに私を見る。

 金色こんじき色の瞳を薄く細めて「面白そうだな」と乗り気になる。


「どんな構想だ? 」

「まぁ落ち着け。順に説明する」


 思いついたのはソウにもメリットのある話だ。


「レストランを開く前に原因を割り出す。言っておくが手に余るようだったら深入りしないからな」

「わかっている。そんなことくらい」

「ならいい。でだ。もしこれが食料に関することならばソウの力を借りることにする。ソウなら畑の一つや二つ作るのは簡単だろ? 」

「無論だ。この精霊獣ソウに不可能はない! 」

「ならよし。次に料理を振る舞い町民の状態を改善する」

「健康状態を、か」

「食事が変われば健康状態も変わるだろ? ざっと見た感じ体調が良さそうな人物はいなかったからな」


 私が言うとソウは眉を顰める仕草をした。

 いや眉はないのだが。


「……お人好しが過ぎるんじゃないか? 」

「最初はき出しのような感じで行うが、レストランを開業した後は正規価格を出して金はとるさ」

「ならいい」

「でここからが本番。精霊獣であるソウがうなるほどの料理が出るレストラン。それを聞いて周りの町のやつらが動かないと思うか? 」

「商人どもが騒ぐだろうな」

「レストランの噂が広がるとこの町にも人が寄る。そいつらが金を落とすと経済が回る。そこで一つ提案だ」


 ソウが首を傾げて「もったいぶるな」とかす。


「この町で料理の祭典を開かないか、と」


 ソウが瞳を大きく開けてバタバタと翼を大きくはためかせた。


「そういうことか、そういうことか! 周りから未知なる美食が我の元にやってくるということだな」

「そういうことだ。どんな村でも町でも郷土料理となるような物はあるだろう。それはこの町も例外ではない」

「いいぞいいぞ! 」

「料理の祭典を開けばこの町にやって来る人が増え更に経済が回る。すると町に活気がつき人が動き、結果として私のレストランも元が取れるという寸法すんぽうだ」


 キュィとソウが軽く鳴く。


 ソウの声をバックに立ち上がる。

 脱いだ白いローブを手に取って扉に向く。


「そのためにはまずこの町の人に聞き込みをする必要がある。そして町長の所へ行かないとな」


 ソウに言い彼を肩に乗せリュックを背負い、私は部屋を出た。


「思ったが、がっつり経済に口出ししているじゃないか」

「……うるさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る