第2話 魔境脱出

「ドラゴンステーキのソテー。非常に美味かった。しかし量が足りぬ。もう少し奥に行くか? 」


 ソウが物騒なことを言いながら魔境の奥に首を向ける。

 冗談にも聞こえる言葉だが、ことソウに限っては冗談ではないだろう。

 そうでなくても急に「ドラゴン肉が我を呼んでいる! 」とか叫び出して魔境に入ったんだ。

 これ以上ここにいてたまるか。


「ドラゴンステーキも良いが他に美味しいものがこの先あるかもしれないぞ? その機会を棒に振るのか? 」


 言うと「む」とこちらを見た。

 蒼く輝く精霊様はドラゴン肉と未知の料理を天秤にかけているようだ。

 全く食事をとらなかった精霊様が何でこんなに美食家になったのやら。

 原因を探るもわからない。

 というよりも年々要求が大きくなってきている気がする。


「それは後にすればいいのではないか? 」

「バレたか」

「我を出し抜こうなど万年早い! 」


 胸を張り言うがさっきまで長考していたやつが放つ言葉ではない。

 無駄にプライドが高くも愛くるしいこの竜を見つつ立ち上がる。

 「何だ? 」とソウは構えるが「調理器具を手入れするだけだ」とだけ言いそれぞれ洗った。


 ★


 調理器具の手入れを終え、ソウの異空間収納を使って保存した。

 ドラゴンの骨はスープの出汁に使えるのでそのまま入れてもらう。

 私は私で大きなリュックサックを背負って出口に顔を向けた。


「魔境奥地へ行くのは論外として」

「何故だ?! 」

「……ソウがいきなり飛び出したから準備不足なんだよ」


 軽く睨み黙らせる。少し悪いと思っているのかソウは顔を逸らした。

 私からすれば準備不足でなくても積極的に入りたくない場所だ。

 誰が好んで魔境なんかに入るものか。

 私の気持ちを知らないソウは心残りなのか更なるドラゴン肉を求めて暗闇を見ている。

 はぁ、と息を吐いてソウに言う。


「また今度来ればいいじゃないか」

「いつだ? 」

「気が向いたらだ」

「そう言ってまた来ないんじゃないだろうな? 」

「くどいぞ。そんなに言うのなら今後ドラゴンステーキは作らないからな」

「わ、わかった。わかったからそれだけは勘弁してくれ」


 わかればよろしい、と言い私は出口に向かって魔杖を掲げる。


精霊の導きブレス・オブ・エレメンタル


 唱えると私の目に虹色の道が伸びて行くのが見える。

 虹色の道に足を進めて出口に向かう。


「いつ見ても見事だな」


 肩に重みを感じたと思うと耳元から声が聞こえてきた。

 ソウが人間大から更に小さくなったのだろう。


「誰かさんがいつも暴走するからな。練度は自然と上がるさ」

「つまり、契約精霊である我のおかげと言うことだな」


 そういうことになるが、それだけ振り回されたということになる。

 ポジティブなことは良いが、その言い回し方は少し頭にくるな。

 振り回される私の身にもなってほしい。


「で次はどこへ向かうのだ? 」


 ドラゴンステーキのことは完全に諦めたのかソウが聞いて来る。

 しかし、困った。


「……」

「まさか当てがないとは言わないだろうな? 」

「……誰かさんがいきなり転移魔法で連れ去ったからな。方針なんてないさ」

「た、食べ物……。我の食べ物」


 どれだけ食い意地張ってんだよと心の中で溜息をつく。

 どんよりとした雰囲気が肩から流れて来る。

 確かに幾ら魔境の奥地に行きたくないとはいえ外に注意を向けさせたのは悪かったとは思う。

 しかしこうでもしないとソウは動かないからな。

 肩の上で下を向くソウの頭を軽く撫でて「一息ついたらまた何か作ってやるから気を落とすな」と元気付けた。


「……本当か? 」

「本当だとも」


 そう言うとソウはすぐに元気を取り戻す。

 彼が完全に立ち直った頃には虹色の道は消えていた。


 ★


「さて出たはいいものの、これからどっちに向かうべきか」


 意外にも広い道に出た。

 道の向こう側——つまり正面は草原となっているが、その幅は広く馬車三台ほどは余裕で通れるほど。

 しかし不自然なことに馬車が通っていない。

 いやデコボコで整地のされていない道をみると通らない理由になるが、それでもゼロはおかしい。


「賊でも出るのか? 」


 一番わかりやすい答えである。

 大規模盗賊団か山賊がこの地一帯を縄張りとしていたらあり得るだろう。

 だがこれも可能性として低い。

 何せ馬車を引く商人が通らなければ賊も襲う相手がおらず生きていけないからだ。


「……余計な場所に転移しやがって」

「わ、我のせいなのか?! 」


 ギロっとソウを睨む。

 慌てた様子で弁明しようとする。だが毎回の事と言えば毎回の事。よって気にせず頭を撫でて反省を促すに留めた。


「ソウ。右と左。どちらがいい? 」

「左だ」

「なら左に行こう」

「結局我の選択を選ぶのか。このツンデレさんめ」

「……今度ソウに出すスープはゴブリンの骨で出汁をとったものにしてやろうか」

「や、やめろ。それは洒落にならない」


 食事を抜かれたかのような、絶望した声を出すソウをおいて左に向く。

 軽くリュックを背負い直して足を進めた。


 肩から伝わってる大きな振動を感じつつ、確かにあれは洒落にならなかったと思い出す。

 

 私の趣味の一つである新料理開発はソウに大きなトラウマを与えた。


 人のことわりを超えた存在——精霊。

 そしてその獣型の一つ、竜型で、最上位精霊の一角ソウは最強の存在、だった。

 あのスープを飲むまでは。


 ――何事もやってみないとわからない。


 そう意気込んでゴブリンキングの骨からとった出汁でスープを作ったのだが泡を吹いて倒れてしまった。

 その後、後遺症のようなものはなかったが、ソウが言うには「死神を見た」らしい。


 ソウは強大な力を持つ代わりにワガママな部分がある。

 向かう所敵うものなしなソウだったから仕方がないのかもしれないが、彼のワガママは洒落にならない。

 よって時折このネタで落ち着いてもらっている、というわけだ。


 無論被害が出るような料理は極力しないし、料理研究で被害が出たのはあれが最初で最後だ。

 作っても「不味い」か「クソ不味い」程度に収まる。

 多様な種族が行きかうこの世界で、種族特性や個性に合わせた料理を作るのは至難の技。

 人族ならば一生かかって一品出来るかどうか。日々こうして研究できるから、寿命の長いエルフ族に生まれてよかったと心底思う。


「人の気配がするぞ? 」


 肩が軽くなったと思うと小型のソウがバタバタと翼をはばたかせている。

 興味のままに行動するソウを止めるのは無駄だ。よって何も言わず先行するソウについて行く形で私も走る。

 少し走ると一人のうさぎ獣人が道端で倒れていた。


「寝ているのか? 」

「どう見ても緊急事態だろ! 」

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