第6話 ジュビア地方へ(1)
この世界、創世神話によれば《大陸の神》の玉体が大地と成っているそう。
《大陸の神》はそれはそれは古い神で、創世の六柱のうちの一柱とされてはいるが、他の五柱よりもはるかに古い神なんだとか。
創世の六柱と言えば《天窮の神セウウドゥ》《夜の神クマゥハグワル》《火の神アリアピファーン》《導きの神ウェフィツイニョニ》《雨の神ワオラージューレー》《大陸の神ジェミャーブアャ》のこと。
これらは二面性を持っていて、まあ極端に言えば真反対の権能も司っている。なんだか理不尽の塊みたいな神なのである。
創世神話は、この
つまり犯罪行為になる
神品たちにはプレイヤーは神々の《訪客》として神託が下っているので、別の世界の者との認識がある。過去にも何度か《訪客》を受け入れている実績から便宜を図ってくれもする。
講義が終わると神品に問いかけられ、
彼らは神々から選ばれ夢の中の神殿で《訪客》を出迎えるよう
この講義の時に講師をしていた神品は世界のどこかの神殿で実際に働いている者なので、探そうと思えば後日どこかで再会出来るのが面白い。再会すると講義の印象と進行度で特殊イベントが発生し、ランダムな恩恵を受け取れる。
さらに講義という形をとっているからか、神品以外の外部講師として
ただし、脳波や生体認証と、成人年齢の証明として一年以内に受診した健康診断結果の登録をした上、一人につき一キャラしか作成出来ないこの世界は、リセマラしまくると好感度が激減し、例え外部講師に当たっても特別イベントが発生しないどころか、無視をされて報酬も無いそうだ。
確かに気に食わないからと講師をチェンジされまくったらやる側としては大変に腹の立つ行為である。
まあノックスは特に変わった講師という訳でもなく無難にこなした記憶がある。
地味にリアルラックがある友人は一発で希少人物に当たったらしいが。
友人は
MMOのRPGやアクション系の界隈では、毎回プレイゲーム内で一部コアなファンがつく知名度を獲得できる実力派。ゲーム移りをしても追従人が現れるほどなのに、一番得意なのは恋愛牧場シュミレーション系とは本人談。(ぼっち耐性強い)
ある日、気に入りのゲーム製作者がどっかのでかい企業と組んで出す、今期大注目のクラフトサバイバルアクションRPG新作を一緒にやらないかと誘ってきたのは友人だった。
付き合いも長く過去に何度か一緒にプレイしていたが、ここ数年は転職して時間が取れず、見る専になっていた折りの連絡だった。
絶対に好きなやつだから!一緒にやりたい!なんならソフト買ってあげる!との太っ腹な発言に、それならまあやるか?あー、でも読み込み機器が二代前の古い機種で対応してねーわと送られてきたURLの情報を見ながら告げた三日後に、最新のVR機器と、一ヶ月後に発売するソフトの予約注文済の控えが届いたのには引いた。有難いが金の出処は聞くまいと、ここまでしてやらせたいのかと呆れたものだ。
一応お礼のSNSを送れば、もう一人別の友人も購入したとの報告があった。
こちらの友人はライトユーザー、所謂エンジョイ勢でこだわりが一貫して強いタイプのゲーマーである。
どうやらこっちはこっちで限定早期アクセス権を得たとのこと。ついでに廃ゲーマー友人が頑として勧めてきたのは、クローズβのテストプレイに当選していたからだと密告があった。
納得しつつの二人がそんなに期待しているのなら久しぶりにやろうと思い、事前に必要登録と
よくラノベ系であるような雷が落ちてとか、AIのバグでとか、超常的アイテムの取得でとか、現実世界で動物はたまた人を救ってとか、通り魔に刺されてとか、トラックに轢かれてとか、自殺してとかetc……。
ほんとうになんの前触れもなく、唐突に、違和感もなしに自分はあっさり次元を飛んだらしい。
らしい。と言うのはまったくの自覚もなく、疑問も湧かず、混乱もせず、ゲームプレイの延長の意識のまま、もしかして《
新しいフィールドからメイン拠点に帰ったら拠点が無くなって保管していた所持金アイテム設備全ロスト、知っている人がひとりもいなけりゃなんか風景も若干違う?みたいな。泣いた、所持金アイテム設備全ロスト……。
何故そんなに経つまで気付かなかったのかの理由としては、自分ひとりだけでなく友人二人も異世界転移をしていたことを挙げる。しかも自キャラのままであったからお互いにゲーム感覚が抜けなかったのだ。
なによりプレイしていたゲームの一風変わった特徴としては、ジャンルにクラフトサバイバルアクションRPGを唱うだけに、従来のゲームのように事前に初期装備なるものが備えられておらず、すべて自作しなくてはいけないこと。ここまではまあサバイバル系にありがち。
だが、このゲームは神々の《訪客》なのにまったくの武器防具インベントリ装備なし、布切れ一枚も羽織っていない、なんと下着一枚すら身につけていないまさに裸一貫から始める。
しかもゲーム画面内に必要不可欠なUIすら、アイテムを入手するか、自作しなければ表示されない、リアルを追求したと
講義にどうやって参加していたかって?礼拝堂の洗礼槽からプレイヤーは現界するため、体を拭く布はさすがに用意があり、それを巻いて受講したとも。ノーパンでな。ただあくまで洗礼専用の布なので講義後すぐに返却しなくてはならない。
所持金も無一文であるからどうしたらと普通の神経の持ち主なら講義前のゲーム開始一分で恥部を隠しつつ途方に暮れる。
その時立ち会いの神品から救いの言葉が降ってくる。
曰く、創世神話の講義を受けてくれれば洗礼服(と言う名の貫頭衣。下着は無い)を差し上げられること。所持金も無いのであれば一日神殿で奉仕作業をこなしてくれれば日当千
弱った心に神の慈悲深さを刻み付けていく立派な宗教詐欺の手口である。
こうして強制オープニングの流れとなるわけだ。(一部では裸族のままやりたい放題した奴もいたらしいが、垢BANされた訳でもないのにその後の消息を聞いた者がいない────。と言うホラーな噂があった)
なにが言いたいかと言うと、システムが使えなくても平気……むしろシステム面が使えないのがデフォルトのゲームであるから、VR機器に付いている長時間インの警告アラームが鳴らなければ「こんなもんか」と気付くタイミングを完全に失するのが道理で。
そりゃあ、転移すれば接続していたVR機器の機能なんて発揮されるはずが無いのだ。
ではプレイヤーは神々から何のために《訪客》として招かれるのかと言うと。
創世神話で神が人型を作るまでに四度失敗した経緯がある。
その回数分、人型は第一世代から第四世代までが試行錯誤した名残りの特殊種、現実の人間と変わらないスペックの第五世代が汎用種と人類が分別されている。
プレイヤーはすべて第五世代から始まり、神々の恩恵によって世代の桁を上げることも可能と言う情報だった。
この人型作成大作戦だが、すべての神々が参加したのでは無く、創世の主神の内、三柱が自己都合で決行したそう。
忘れないでほしいのは人類は完成しているのに、創世神話の過程で失敗したと明言されていること。
じゃあこの失敗作はどうしたのか?と首を傾げるところ、
生ごみを想像してほしい。生ものは放置すると腐る。
腐っても神が人型として作ろうとしていたものである。
欠けているなら埋めようとするだろう。
不完全なら完璧になろうとするだろう。
不定形で存在が定まらないなら何かを代わりにすれば安定するはずと、完成した人類に成り代わるべく
つまり、これらをヘドロのような見た目から《泥》と称し世界では消滅対象としている。
この《泥》が、住人でも手が回らなくなってきているくらいに大量に湧いて過去最大の《化身》が生まれそうと世紀の危機を予見。
じゃあもう新しい人型は作れないから、別の世界から掃除要員を呼んで手数増やそうと考えたわけである。主に例の三柱が。
そもそも作った本神たちがしっかり処理しておけば問題にならなかったものを、この三柱、創世神話でも結構ぶっ飛んだポンコツで、直で被害を被った《大陸の神》は蛇蝎のごとく嫌っている。創世神話時には怒りが爆発して、それぞれの身体の一部を再生不可能に破壊したほど嫌いだ。
そもそも洗い流した
《泥》を潰さんと世界に《ヌシ》を
だから《泥》の侵入出来ない《ヌシ》の領域を主軸として人類が都市を築くのは自然の摂理だった。
「ゥおおおっ?!?!めっちゃ出た────!!」
「喜ぶなー。置いてくぞー」
「喜んでねぇ!!気持ち悪がってるんだっ!!」
葦の日に都市エキナセアを出発して六日目。
コートル共和国にある七つの地方は大体が円を描くような配置をして順繰り回れる離島となっている。
大陸本土とは橋で繋がっており、地方ごとも人工的な橋であったり、舟であったり、自然とできた山峡で行き来出来る。
しかしこの世界の海……
威力は濃硫酸ほどでドボンすると大火傷間違いなし。お手軽に全身整形可能だ。
本来なら純粋な硫酸は空気中の水蒸気と親和性が高いので自然界に存在しないはずなのだが、異世界仕様でまあまあな鬼畜っぷりとなっている。ジ○リかな?とプレイヤーたちは盛り上がったものである。
ちなみにノックスと友人たちは悪ノリした。それはもう某玉蟲の大道具と小道具を作り、衣装を仕立て、風の谷の少女とモブの残党とに配役を決め、赤い夕日のシチュエーションまで選び、良い歳して盛大にごっこ遊びをした。身内のやべぇノリだったのだが終わってみたら海岸に大量のギャラリーが居て拍手喝采され恥ずか死んだ。内心を押し隠し、カーテンコールよろしくライン御礼を組んで乗りきったが。あとから思い出しても憤死ものだった。くっ…、殺せっ。
それはさて置き、創世の一柱に《雨の神》がいるので成り立ち的に酸の海にはこれも関係していると思われる。
ノックスは神殿からの依頼で、罰則の雑用期間中の少年エクスとそのお目付役の神品である青年アウィリトを引率しながら、テミロテ大森林の中をトララフエパンに乗って進んでいた。
目的のジュビア地方へ行くには正規往路だとケツァール地方の隣のピャセク地方を経由して行かねばならない。
思い出してほしいのはコートル共和国は自然豊かな未開の地がありすぎて地方越えが大陸の国境越えに匹敵していること。
しかもケツァール地方は本土から一番離れた西の位置にある離島にも関わらず、共和国で二番目に大きい地方のため、ヒトの住めている都市から他地方の都市に移動するとなると余裕でひと月は溶けてしまう。
今回の旅程は一応緊急の依頼であるから、特別に
この世界の転移は《ニワ》にある《神器》を模造されているものだ。
《ニワ》関連なので探索者ギルドの管轄かと思うだろうが、これは《神器》になるので神殿の管轄となる。使用するにも神殿の許可証を発行してもらうか、神品本人がいないと稼働しない仕組みだ。
本来であれば転移代を払うべきだが、今回は神殿からの依頼と輔祭のアウィリトもいるので面倒な手続きは不要。余談だが、ノックスは神殿から聖石を下賜されているので使い放題だったりする。
時に何故
《ヌシ》は《大陸の神》の神威の塊で大陸の目。所属はもちろん《
野良の《ヌシ》ですら領域近くに設置しようとすると即座に破壊しにくるため、結構
今でこそ普通に利用されているが、なんと言っても大陸は《大陸の神》そのものなので、設置当初、天変地異規模でひと悶着あったとは考察もかじるライトゲーマーの友人だったか。
神話にありがちな醜聞が神々には目白押しで飽きないと公言していた。神をも恐れない奴である。
「ノックス様、ただ今
「わかった。ジュビア地方のポイントからは五日で都市カルカヤに着くんだったか」
「左様でございます。波止場を飛ばしますので雨林の中からとなりますね」
騎獣を操縦するノックスが後ろに相乗りしているアウィリトに視線をやると、癖のある青鈍色の髪を両耳に掛け、髪色を薄めた柳染色の瞳は手元の地図を確認していた。
ノックスの格好も職人の前掛け装備から、短立襟のマクラメ装飾を施された上衣までは一緒だが、胸下で切り返しを入れたベストタイプの革鎧で胴体を保護、ショルダーハーネスに付属の収納ポーチ、ナイフ、薬玉を入れたネットを提げている。
「ほんとに置いてくな!!俺ひとり残されたら
「浄化してきた?」
「したよ!」
巨体のトララフエパンがギリギリ歩ける広さの道がテミロテ大森林の中に細々と一本続いている。人の気配がノックスたち以外にない。
都市から
トララフエパンの斜め後方に
移動手段の騎獣として一般的な爪鳥は名前の通り、飛べない短い前脚と走ることに特化した獣のように太く頑丈に発達した後脚に鋭い鉤爪を持つ。全身を覆う羽毛は長い尻尾を大いに飾り、それを真っ直ぐ伸ばしてバランスを保ち二足歩行している。全長は約四メメトル、体重も約百キキロ程度の中型鳥類だ。
十メメトルを越す巨体の鎧蜥蜴と並ぶと対比に眉を下げたくなる。
キョロリと丸い目は賢さが滲み、実際知能が高いため、今回の旅で一緒になった同種が後方から追い付いて来たのを認め、嬉しそうに鳴いていた。
この子は鳥貸家からの借り物、名前は番号十六号。羽毛は羽先だけ白い焦茶色。アウィリトとエクスの荷物を鞍に載せて運んでいる。
もう一羽は十七号。羽毛は全部焦茶色だが背中から尾にかけて白い斑点模様がある。
エクス少年が乗っている十七号だが、賢いがゆえに先程湧いた数体の《泥》掃除に乗り手が行くと聞くや少年を振り落として隠れており、浄化が終わるのをきちんと待ってから、しれっと回収してきたところであった。完全に少年を格下と舐めている。
この群れのボスとしてノックスを認識しているからか、彼女の少年の扱いを鑑みて態度が
置いていかれたこともそうだし、まさか騎獣に振り落とされるとは思わなくて、苦虫を噛み潰したような顔で爪鳥の手綱を握っているエクス少年は全身で不服を訴えていた。
そんな彼の容姿だが、襟足を刈り上げた爽やかツーブロックの髪型はやや赤みがかった金髪、白金色の瞳は勝気げなぱっちり二重目だ。体格は平均的で十代の若い活力溢れるヒーロー顔の美男子である。(この顔で甘やかされてきたに違いない)
旅装は一丁前にペリースタイプのマントと、短丈の鎧下の上は両肩の金属肩甲のみ身に付けている。一部金属板を使った革の前腕当てと籠手、幅広の革の腰帯には剣帯が付属した物。剣帯はツータイプで短剣と長剣が収まっている。収納ポーチふたつは別のベルトに通しずれないよう太股にもベルトを締めていた。
足元は前腕装備と同じく一部金属板を使った革の膝当てと脛当てがパーツで別れているものを堅革のブーツにベルトで固定してある。
星無し期間から使い込んでいるのかよくエクス少年に馴染んでいた。
「てか、なんでアンタんとこに《泥》が行かないんだよ!」
「そりゃ、エパンは加護持ちだからな」
「はあ?」
「加護でございます、エクス殿。《ヌシ》様含む様々な神々は、己の権能や相生に値するものを助け護られることがございます」
「護りよか、エパンは谷のヤツにマーキングされてんだよ。副効果で《泥》が寄ってこないだけだ」
「加護を
「探索者になる必須条件が一色以上ってのは知ってるだろ?」
「知ってるけど…」
理由までは知らなかったって顔だな。
エキナセア、ひいてはコートル共和国の国民なら一般市民でも周知されている内容だろう。他国の神離れがヤバすぎる。
共和国ほど神気が濃くないにしろ、《ヌシ》に護ってもらっているのだから信仰ありき、基礎知識くらい浸透していそうなものだが。当然すぎて疑問など湧かないのか。
「能力の原点ってのは知っておいた方が損無いぞ?出来ることの有無はもちろん、第四世代以上がなんで特殊種なのかとかな」
「…作られた順番じゃねぇの?」
「前提はそうでございますが、適性理由もございますよ」
「もうあれだな。エクスに分かることこそ書き出させて、こっちで補完してった方が早そうだな、この問題」
「はぁー……」
「お前が溜息吐くなよ。吐きたいのはアウィリトだ」
「滅相もございません」
自分で自分にガッカリしている少年より、神の教義を説く
順次知識を教授していくにも基礎が無くては話にならない。逆に少年はどう言う知識を持っていて、こう解釈していると事前に開示してもらわなければ二度手間な気がしてきた。
こうして伝統や伝記なんかは廃れていく典型かと、平和の思考停止、はたまた時代の流れの残酷さを痛感するばかりだ。
「…じゃあ、谷の《ヌシ》様に気に入られてるアンタも加護があるのか?」
「ない」
「えぇ????嘘つくなよ」
「ない」
「絶対あ」
「ない」
「……」
「ノックス様に加護が授けられておられないのは本当でございます」
エクス少年の台詞に食い気味なノックスの表情はこれ以上ないほどの顰め面だった。
全く信じていない顔でアウィリトに無言で訴えるエクスに彼は微笑む。
「ノックス様が本気でお厭になられておりますゆえ。それに、」
「待った。静かにしろ」
穏やかな道中にノックスの制止の声があがった。
同時に獣である鎧蜥蜴と爪鳥が同じ方向を向く。
注視する先を認めてエクス少年の掠れた音が漏れる。
「……うそだ…」
道から逸れた樹海の暗がり。
そこから出てきたのはヒトだった。
けれど決定的に違うのは────。
「なんで……?!」
丸く黒い眼窩。ぽかりと開いた黒い口腔。
一般的な探索者の装備を身に着けた服の端々にシミのような黒い汚れが滲む。
両腕はだらりと肩から垂れ下がるままに、両手首の皮の内側から黒い手型が突き破っている。両足も同様、靴は脱げ、とくにシミが集中している剥き出しの足首の皮の裏から黒い足型が突き出て、地面を
黒い不定形な詰め物が、無理矢理人の皮を被ったならば、きっとこのようなモノになるに違いない。
動く度にプラプラと手や足の先の余った皮膚が揺れている。
嫌悪感から全身の産毛が逆立つ。
ゆっくりとヒトの真似をして、皮を動かしながら前進してくるそれ。
器官も臓器も何も無い皮膚を被っただけのモノが、頭の中の黒い不定形を膨らまし、まるで被った皮の持ち主のように表情でも動かしたつもりなのか、歪に引き攣れた眼窩と口腔は
────ごぽり。
声を出す代わりに口腔から溢れる黒い不定形……《泥》。
影のように薄くもなく、闇のように深くもない。ただ陽の光すら取り込まない色をした黒い《泥》は三体。
つまり、三人のヒトの犠牲者が
「ボケっとしてんな、エクス。爪鳥たちと先にポイントへ走れ。状況確認だ。分かるな?」
「っ、あぁ分かってる!」
ノックスの冷静な命令にエクス少年が二羽の爪鳥を引き連れて、トララフエパンの巨体の傍を走り抜いていく。
少年の顔は険しく青褪めてはいたが、決して背後を振り返ることなく、目には明確な使命感が込められていた。
自分の手には余ると理解して素直に従えるところは好ましい。
ぼろぼろと、皮膚を突き破った手型から《泥》の破片が崩れ落ちる。
その手に握っているのは恐らく生前の皮の持ち主の物と思しき槍や剣だ。こちらも黒いシミに侵食された汚れが付着していて、触れれば穢れが伝染るだろう。
外見の
「エパン、潰せ。アウィリト、少し揺れるから」
「掴まっております」
「よし!」
道先を塞ぐよう体勢を整えた相棒の装甲を同じ装甲を施された靴の踵でガン!と叩き合図を送る。
言うまでもなくアウィリト青年が前に騎乗するノックスにしがみついた直後、前脚を振り上げたトララフエパンは裂帛の勢いで、凶器をものともせず《泥》を頭から踏み潰した!
「右!」
一体目を潰すと皮は衝撃に耐えられずに破けて中の黒い不定形が飛び散る。
間髪入れずの指示に、一体目の《泥》の右側から突きを繰り出してきた二体目の《泥》の剣先を、斧型の尻尾で弾き、容赦なく追撃の踏み潰しを繰り出す。
潰れる音と言うより、ビチャリと
「最後!」
残った三体目の《泥》の槍攻撃を危なげなく頭の装甲で押し勝ち、重量級の体重が乗った前脚で脳天を潰し捉える。
飼い主が出る幕には役不足と、飼い慣らされた鎧蜥蜴が不遜な態度で勝利の身震いをした。
辺りに酸っぱい腐敗臭が残るのだけは毎回そこはかとなく後味が悪い。
鮮血や肉の臭いがしないだけ罪悪感は薄いが、元はと言えば同じ人型を傷付けるのはやはり覚悟が必要だ。
見知った面影のあるヒトの特徴を持つのであれば尚更。
道中今まで湧いた《泥》は不定形の塊であり、若人の経験だからと年長者二人は少年に任せてはいたが。
人型を目撃し動揺から怯えていたエクス少年にはまだ荷が重いかと瞬時に判断したノックスは正解だろう。
いずれ探索者としてやっていく為には通る試練だとしても、それは何も、数日前に顔を合わせ話までした同僚である必要はあるまい。
「アウィリト、浄化と鎮魂頼めるか?」
「勿論でございます、ノックス様。……お疲れ様でございました。お守りいただき感謝いたします」
「うん。エパンは置いていく。《泥》が来た奥の様子を見てくる」
「はい。お気をつけ下さいませ」
《泥》の残滓が水溜まりのように道の大地に染み付いてしまっている。
これを浄化しなければ性懲りもなく同じ《泥》が散らばった素材を集めて形をつくるため、必ず後始末しなくてはならない。
ヒトの皮を
浄化は一色以上の色の持ち主なら可能だが、鎮魂は神品にしか出来ないので、輔祭の青年が居てくれたのは犠牲者にとって幸いだった。
身軽に巨体の騎獣から飛び降り、続いて降りるアウィリトの補助に手を貸しながら、ノックスは木々犇めく森林の奥を親指で指し示した。
《泥》の痕跡を辿るのはシミを目印にすればいいので容易い。
ついでに浄化をかけながら原因を突き止めてくると言ったノックスに、薄い柳染色の目を伏せて黙礼したアウィリトが、両手で目隠しをする簡略の祈りの仕草で彼女を送り出した。
二人が予想していることはふたつ。
ひとつは三人の犠牲者の仲間がまだ生き延びていること。これはエクス少年を先に行かせて
もうひとつは、等級が四等級に昇級仕立てとは言え、長く活動している探索者を三人も《泥》へ引き摺り込めた原因がいるであろうこと。これはおそらく探索隊の比較的若者たちが犠牲になっていることから、余程の不測事態が発生したのだと懸念する。
不穏な気配に眉を顰め、ノックスは
先程倒した三人は、今回の依頼に同行する予定だった探索隊の隊員たちであった。
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