第5話 とある探索者の一日(3)
*エクス視点
午後である。
衝撃から立ち直れずに呆然としているうちに、俺はアウィリトと神殿の巡回とやらに来ていた。
細工師は昼食中、特大の爆弾を投下したくせに、一緒に主教様たちに報告してくれと今にも消えてしまいそうに泣いて縋る薄幸のクオ司祭をあっさりと袖に振り、ギルドの物販に戻って行った。(つよい…)
「あーっ!エクス、そっちの子はさっきあげたからダメだよ!よく見て!」
「うっ、ごめん」
「背中にお花咲くでしょ?二個以上あげちゃうと、壱の子たち栄養過多で根をはっちゃうんだから!」
「えぇ…。根付くとどうなるんだ?」
「シンボルツリーに取り込まれて還るだけだぜ?またすぐ
「でも還っちゃうと弍の子に突進されちゃうから、気を付けてね」
「エクス、そんなことも知らないの?」
「うっ、ごめん。てか、突進?……グぇあ?!」
言われた側から思いもよらなかった死角から、
「ほらー」
「エクス、ほんとに探索者?どんくせー」
「はやく起き上がらないとおかわりくるよ?」
まわりからの適当なガヤに混じって土を蹴る足音がした方向とは別に転がり突進を回避する。
横を同じ個体っぽい束子鼠が通り過ぎて行って俺は慌てて立ち上がった。
「どうすればいい?!」
「ペレットあげれば落ち着くよ」
「あとちゃんと謝ってやれよ。手下が減ったから怒ってんだから」
「すみませんでしたっ!!」
ここにきて俺のプライドなんて
たとえ年下の少年少女に馬鹿にされても反論できないので、俺は素直に怒っている両眼の束子鼠に謝罪を叫びながら、手の籠から固く焼き締められた草花ブレンドのキューブ型ペレットを差し出した。
途端にアドバイス通り「仕方がない!」と鼻息も荒くペレットで絆されてくれた、束子のような硬い毛皮を纏うのっぺり顔の体長約一メメトル、体高約六十セセンチの尻尾が短い鼠の姿をした《ヌシ》の眷属は、くるりと背を向けて他の仲間の元へ行ってしまった。
ほっと一息ついて俺は改めて周囲を見渡した。
数十人いる十歳前後の少年少女は、
手にも揃いの籠を持ち、わらわらとたくさん散らばる束子鼠に紛れていた。
この大量に湧いている束子鼠たちだが人馴れしているのか、単眼と両眼の個体ばかりで思い思いに群れている。
此処がどこかと言うと、神殿からしか入れないシンボルツリーの真下……即ち、山の中腹部分の中にあたる《ヌシ》の領域、らしい。
エキナセアの都市は言うなれば山の側面を利用してある都市で巨大で頑丈なシンボルツリーを傷付けないように山肌を開拓して造られている。
その為山腹の中は土肌剥き出しの地中に、外の都市同様、否都市より密度の高い頑健なシンボルツリーの根があるわけだが、そこに《ヌシ》の神力で拓かれている
《ヌシ》が意図的に作った洞の中は天井高く真上から木の根を伝って滔々と流れる神水が至る所に流れ落ち、土肌を削って流れる沢が発生し、洞底に溜まっている。
そう、溜まっているのだ。土では無いただ木の根がぎゅうぎゅうと密集して隙間から流れ出てていきそうな底に、透明度の異様に高い輝く深い水源が留まっている。
そしてその水底からは洞全体に繁っているシャワシャワと移動する多分に湿った水苔の群れが湧いている。
この動く水苔は精霊の一種で神力高い《ヌシ》の領域や《ニワ》にしか棲んでいない。ここが人外の管轄であることを示している。
俺はまだ《ニワ》に入れる等級に達していないので先輩探索者たちの話でしか聞いたことがなかったが、こんな身近な場所で実際に見られるとは。
まああれはあんまりよく見ない方がいいぞと言われていたにも関わらず、近くの土肌を這う水苔に好奇心の赴くまま近寄った俺の意図を察して、くすくす笑う子供たちや先輩たちの言葉の意味を知った。
それこそ水辺でよく見る苔には、水の中で水草などにくっついている水泡のような小さな泡玉がたくさんついている。そう、たくさんついている。
目玉が。たくさん。
泡玉だと思っていたものはすべてが水の膜に保護された剥き出しの眼球だった。
ひっ!と声にならない悲鳴を上げてビビる俺の反応が予想通りかそれ以上だったからか、子供たちは大喜びである。その中にはアウィリトの姿も混じっていて俺は普通に消沈した。人に優しくされたい今日この頃…。
束子鼠が水苔をもしゃるとキラキラ水滴が散って綺麗な…いやあれ水滴っぽいのが全部目玉なのだと理解した。
俺は一度目を閉じて現実を受け入れる間を設ける。
土肌を突き破る木の根の隙間から射す陽光は神秘的で頭上を仰ぐと目が眩むようだった。
《ヌシ》の眷属である
神水は目に見えて美しいが、人の身では触れられずすり抜けてしまうため、足場が湿って歩きにくかったり、打ち水のごとく身体を打つ感触があるのに濡れたりもしないので危なくは無い。だから子供たちも安全に歩けるのだろう。
つん、と脹脛に当たるものを確認すると、単眼の束子鼠が催促するようにのっぺりした顔の鼻を動かしていた。
苔生える背中に花が咲いていないことをちゃんと確かめて、俺は手持ちの籠からキューブ型ペレットを摘むと眷属の口先に差し出した。
前歯で嬉しそうに受け取る束子鼠に不覚にもきゅんとする。
《ヌシ》の眷属であるから多少の知能があり、こうして穏やかに相対できているのだが、野生の束子鼠にこのような可愛げは無い。口先に手を出した時点で手を砕かれること間違いなし。
そもそものっぺりした見かけによらず、俊足なので近づこうものならあっという間に逃げられてしまうだろう。
もぐもぐ咀嚼する傍ら、背中に黄色い花火のような花を咲かせた
胃腸系や婦人系の薬の効能があり、料理にも使われるとか。
ひと株をそっと
「エクス、そっちはその子で最後だから次行くよー」
「わかった」
神殿ではこうして巡回と称して《ヌシ》の眷属や領域深度に異常がないかの見廻りをし、対価を渡すことで神聖効果の付与された薬草を手に入れ、一部は神殿用に残し医薬ギルドに卸しているのだそう。
それらは薬にもなるし、加工して調味料として商業ギルドにも流され、お高い薬や贅沢品として販売されている。
神聖効果があるので薬の効能としてはお墨付き。上流階級や他神殿での聖別の必需品として人気だとか。もちろん薬としてなら探索者だってお世話になる。
エキナセアの神殿の貴重な収入源だそうだ。
眷属が咲かせる草花は《ヌシ》のシンボルツリーと同調しているらしく、確かに今日の朝に見かけたシンボルツリーの花は黄色かったように思う。
都市の《ヌシ》にはこうした格下の眷属がいる領域があるのが常で、それらは主に神殿が管轄していると言うのを巡回しながら子供たちに習った。
神殿毎に巡回の種類は多岐に渡り、恩恵も様々らしい。《ヌシ》の領域なので不届き者など現れるわけも無いし、孤児たちの貴重なフィールドワークになっている。
こうして眷属と接触する機会を増やすことで、感応適性も調べられ、相生度も更新できるらしい。
実際、六十日周期(一ヶ月が二十日だから約三ヶ月)で半日だけ、一般向けに六~十二歳程度の都市の子供たちを対象に、希望があれば巡回に参加出来るよう機会を設けている。大人は申請があれば都合のいい日に参加可能の許可が出る。
エキナセアだけの習慣かと思いきや、神殿のある都市や国なら何処ででも実施しているそうで、感応適性に関しては幅広く試みているとのことだ。これはアウィリトの言である。
俺の故郷でもやっていたか?と記憶をさらっても思い出せず参加した覚えもないので首を傾げれば、それを耳にしていた子供たちに「ありえないー」「信じらんねー」「《ヌシ》様に感謝が足りないじゃないの」「そのうち愛想つかされて腐海化しちゃうよー」と心底引かれた。俺か?俺が悪いのか?
まあこれは親や大人の関心が無ければ子供じゃ知り得なかろうと、ここにも神殿離れ的な問題が浮上した為、後で報告すると
……故郷やばくないか?まさかここまで人が神々と密接な関係を築いていたなんてエキナセアに来なければ夢にも思わなかった。探索者ギルドが共和国に必ず行けと言うのも納得だ。
聞けば聞くほど、知れば知るほど、己の無知が罪深く感じる。これでよく探索者を名乗れたものだと。
足元に畝ねる根を跨いで何箇所かの群れになっている束子鼠に近付きながら、俺はしみじみとした気持ちになった。
「ねえ、ノックス様と午前中に一緒に居たってほんと?」
「え?ああ。細工師のことか?なら居たぞ」
子供たちのプリーツが広がる裾で遊んでいる単眼の束子鼠を見て和んでいると(午前中は心労が絶えなかったので…)、不意に子供たちのうちのひとりの少女が問いかけてきた。
この子は今日の巡回
ちょいちょい俺を叱るのもこの子だ。とてもしっかりしている。
「えー、いいなあ!」
「ノックス様いたなら一緒に回りたかったー!」
「帰っちゃったの?なんで?」
「エクス、ちゃんと連れてこいよな」
「えぇー…?」
わっと華やぐ子供たちに戸惑いつつ、アウィリトに助けを求める。
細工師がこんなに人気だとは。
はっきり言って彼の人に対しての俺の第一印象は地味だし(まあ実態はやべぇ肩書きのオンパレードを所持するやべぇ奴と強制的に認識を改めさせられたが)、話していてもテンションが一定で、あまり子供に好かれる要素がないように見受ける。
「あの人、巡回一緒に回ってくれるのか?」
「くれるよー。すごいんだよ、ノックス様は!」
「感応適性高すぎて壱と弍の子たち、何にもしなくても順番に並びに来んだぜ」
「たまに花の《ヌシ》様も来てくれる」
「ノックス様いると《ヌシ》様遊んでくれるんだよね」
「ツタでね、ブランコって言うの作ってくれる!」
「めっちゃ楽しい!」
「危ないからノックス様いないとダメって」
洞のこちら側からクレーター並の神水湖を跨いだ向こう側までを指差し、左右に揺れる手振り身振りでブランコ?を表現する子供たち。
それ落ちたら普通に命の危機では?と顔が引き攣るも、子供たちは至極興奮していて止まらない。
「姿は無いけど、谷の《ヌシ》様も張り合ってアスレチックって言うなんかすごいの作ってくれるんだ」
「アレやばい」
「ムリ」
「花の《ヌシ》様、メイワクそうなお顔するよね」
「ひとん家でやめろよコノヤローて」
「でもノックス様が喜んでアスレチックやりに行くんだよなー」
「谷の《ヌシ》様はノックス様さえよければいいから」
「なんだかんだ花の《ヌシ》様も一緒に行くしね」
「見てるだけでも難易度がオカシイもんね」
「ねー」
谷の《ヌシ》のそれってナチュラルに空間操作…しかも、他の《ヌシ》の
格が違うと言えばそうだろうが、お昼の爆弾の余韻がここで俺に響いている。気づかなくていいことにまで気づいてしまった…。
俺と同じことに思い至ったアウィリトも心なしか笑顔が引き攣っている。
すごいすごいとなんの疑問も持たずに会話する子供たちがやや
谷の《ヌシ》の話は避けたい俺とアウィリトの思惑が重なり、補祭の青年がやんわり話題を変えた。
「皆、ノックス様は物販で滞在中なのはご存知でしょう?今日はクオ司祭様が御用でわざわざいらしてくださっていたのですよ」
「あ、そっかあ。今日犬の日だ」
「草の日までノックス様いるじゃん」
「あと二日しかない!」
「兄弟、明日お昼休みに行ってもいいですか?」
「ノックス様に事前に連絡をして、是とお返事があれば良いでしょう」
再度盛り上がる子供たちに仕方がないと眉を下げるアウィリトは、それなら巡回を終わらせて細工師宛に手紙を書く時間を作ろうと子供たちの仕事を促す。
これは効果覿面で手馴れた子供たちの薬草摘みは目に見えて速さを増した。
ソチコツィンに「エクスも早くしてね!」と発破をかけられたので、気後れしつつも手を動かして俺は尋ねる。
「明日何するんだ?」
「トララフエパンに乗せてもらう!」
「わたしも!」
「俺も!」
「ノックス様すごいんだっ」
「かっこいい!」
「わたしは
「ノックス様じゃないからお守りの効果はでないけどね」
「僕、
「籠あみだよ。ラタン編みって言って細物も作れるよ」
「この籠もみんなで作ったやつね!」
じゃーん!と子供たちが一斉に手に持っていた籠を掲げる。ついでに俺が持つ籠も。
ペレットが入っているのを理解している束子鼠たちも釣られて上を向く。くそ可愛い。
ひと言に倍で返ってくる返事に圧倒されるがとにかく細工師の株は子供たちからして人気らしい。
トララフエパン?と聞き慣れない言葉を呟けば、とくに子供たちの歓心を刺激したようだった。
「ノックス様の騎獣!」
「めっちゃ大きい
「優しいから触らせてくれるの」
「色もね、軍のやつと違うんだ」
「見た目も違うよ!」
「とくしゅこたいってやつなの!」
「ちょうかっこいい!」
「谷の《ヌシ》様の加護持ちなんだ」
「超つよい!」
「俺、軍の兄ちゃんに聞いたトララフエパンが《泥》の塊をしっぽの一撃で潰しきった話好きだぜ」
「僕は《ニワ》の中の《人形》をひと踏みでやっつけた話好き」
「そこらへんの《ヌシ》様の眷属でも勝てないんだよ」
「だって格.
「トララフエパン、
「すごいらしいよなー。軍とか探索者のおっちゃんたちもいつもすごいしか言わないもんな」
「僕も見てみたい」
「ぜったいかっこいい!」
黄色い花をひと株摘んで次の束子鼠にペレットを与える。
つまりただでさえやべぇ《ヌシ》に
まあ飼い主がやべぇ奴なので騎獣もやべぇと言うのはなんの驚きもない。…やべぇやべぇ言い過ぎだろと自分で自分にツッコむ。
そもそも
鎧蜥蜴って地竜種だったよな?蜥蜴と言えども竜のポテンシャルを持つ彼らが、草食枠で比較的穏やかだとしても、並の実力では従えさせられないだろう。
さすが第五世代で三等級探索者なだけはある。とにかくやべぇ。
「そうですねぇ。ちなみに
「えーっ!!兄弟いいなぁ」
「ジュビア地方に何しに行くの?」
「お仕事ですか?」
「トララフエパンとお出掛け?いいなぁー」
「エクスも行くの?なんで?」
それは俺も知りたい。
ソチコツィンの率直な疑問に内心同意して俺も知らないと肩を竦めてみせる。
仕草で伝わったようで彼女は眉をはね上げ、しっかりしろとばかりに脇腹を殴ってきた。痛っ。ひねりを入れてきたんだがこの
そうこうしていると俺の分の眷属たちに与えるペレットが無くなった。
周囲を窺えば子供たちの方も終わりかけで察した賢い眷属がぞろ散っていく。
「お仕事でございますから。ジュビア地方の《ヌシ》様が少々御機嫌よろしくないとのこと。司祭様では御鎮できぬとノックス様にご助力のご依頼でございますよ。迂生とエクス殿はお手伝いでございます」
「そっかぁ。エクスが雑用係だから指導の兄弟も行かなくちゃなんだ?」
そうだけど言い方ぁ…。ソチコツィンの的確な解釈に心中複雑な俺である。俺、歳上なんだが?
ちなみに俺の先日一連のヤラカシは子供たちに知れている。くぅっ。
少女の言葉にわいわい外野も口を挟んでくる。子供たちも何気に容赦がない。
「もっかい聞くけど、エクスほんとに探索者?まだ星無しなんじゃねぇの?」
「よく六等級に上がれたね」
「だいじょうぶ?ノックス様の足ひっぱらない?」
「なんか不安なんだけど」
「お前らなぁ…」
数人俺の腕章の探索者等級を確認しに来る始末でこの巡回の間に子供たちとはとても
そりゃあチビの頃から
なんと言っても、ここの要職に就いているのは第三世代のヒトが多い。クオ司祭もそうだし、
探索者ギルドの長ターラー様に至っては、第二世代だ。しかも《花の女神》の加護持ち。マジで憧れる。確か俺はまだ会えていないが狩猟ギルドの長も第二世代だと聞いている。
俺は汎用種の第五世代であるし、第四世代以上の特殊種は能力値からして違うので(細工師は規格外とする)、彼ら彼女らを基準としないで欲しいところ。
エキナセアの子供たちの目が肥えているのであって俺は至って平均なんだ。尚、記憶に新しいイキっていた先日のヤラカシでプライドはポッキリ折れている為、俺は客観的視覚を得たと言える。
「これでも俺は白と黄色の二色適性あるんだからな。第五世代ならまあまあ使える方だぞ」
「え?二色あるの?」
「意外」
「でも白と黄色って脳筋じゃん?」
「ぽいぽい」
「ああ言えばこう言う…」
ほんとひとつ言えば倍で返ってくる言葉の数にちょっとの自慢も出来ない。子供たちの間で明らかに不出来扱いされている。
引率のアウィリトが巡回の終了を告げ、順繰り帰路に着く。
眷属たちも今日のお勤めは終わったとばかりに各々好きな場所でくつろぎ始め、神水の打ち水に当たりに行ったり、日光浴をしに行ったり。なんとも牧歌的な光景だ。
都市の《ヌシ》の領域はどこもこんなに神秘的で平穏なのだろうか。これを知っていたら、故郷の神殿にも通っていただろうにと思う。
シンボルツリーの密集した根の隙間から漏れ差す陽を反射して、神水が滔々と流れ落ちている。
この透明な糸は気ままに流れ出る場所を変え、土肌に吸い込まれていくか、水苔を打ち水滴の輪のように精霊の目玉をパッと散らかしている。(遠目に見るとまんま水滴なんだよなぁ…)
シャワシャワと囁いているのかはたまた移動の擬音なのか水苔から密やかに些細な声がする。
あらためて領域をひと目見回していると、進行方向の土壁に沿っていた根がひとりでに避けて、領域の外に出る土穴が穿たれた。
土穴の頭上からは細い髭のような根の先が幕のごとく垂れ、これがどうにもわさわさ元気に蠢いている。
思わず「うっ」と拒否反応を示して立ち止まるものの、入口でも散々ごねた俺を見越していた子供たちが「はい行くよー」と問答無用で腕を引き、足を蹴り、背中から押して進む。ほんと遠慮しないよなぁこの子供らはさァ!
悪態つくも実際多分にお世話になっている現状、傍から見たら情けない事この上ない。
なんかもうこの根っこがみっしりしている中を掻き分けていく間中、身体全体を明確な意思ありきで満遍なく撫でられていく感じが生理的に無理。子供たちはケロッとしているが。
先に出て待っていた輔祭の青年が俺の青い顔を認めて心底可笑しいと笑う笑顔が眩しい。この子供たちの指導をしているだけあって、彼は最初の丁寧な印象から結構強かな性格をしていることを知った。
「そう青いお顔をされずとも。あれは《ヌシ》様の悪戯だとお思い下さればいいのですよ」
「いや無理。なんであんなに動くんだ。触る必要あるか?」
「遊び心の分からないやつだなぁ。あれ、不届き者摘発も兼ねてるんだから触られるのは当然だろ」
「そうよ。たまにね、ほんとにたま〜に、巡回に参加しておいて魔が差したおバカさんが、中のものを隠して持っていこうとするから」
「領域内で《ヌシ》様が分からないことなんてある訳が無いのに、それが分からないんだ」
「どろぼうはいけないんだよ?」
「バカに分かりやすく身体検査したぞって花の《ヌシ》様の気遣いなんだぞ」
「有難がることこそすれ、これに引っかかると灸を据えられるどっかに飛ばされるか、」
「そのまま根っこにぎゅうって締め上げられるか、」
「領域内に取り残されて眷属たちにボッコボコにリンチ食らうかのどれかを、体験できるわよ」
「え…、怖っ……」
図らずともちゃんとした理由があった。
嫌だ嫌だと拒否する俺がまるで一番の子供だと言わんばかりの言い聞かせである。
今日の巡回当番の子供たちの中で最年少の四歳の子まで腰に両手を当て俺に「メッ!」してくる。アウェイ感が半端ない。
さらに話を聞いてみると何処かへ飛ばされたり、締め上げられたり、ボロ雑巾になった下手人は神殿騎士団に回収され、罪科によってきっかり裁かれるとのこと。ただ、飛ばされる奴は余罪や性根の問題で、回収する前に
引く俺にアウィリトまで自業自得と頷くものだから、神品たちの厳しさと冷酷さを垣間見た気がする。
神を侮辱する行為許すまじ。の気迫は理解した。
「では皆、いつもの通りに薬草はこちらに広げて乾燥させましょう。医薬ギルドは生薬をご所望なので卸す分は五束ずつ結んで保管袋に並べて入れましょう」
「はーい」
「エクス、籠の中身ちょうだい」
「ああ、分かった」
領域から出たのは
シンボルツリーの下部層にある神殿は、都市の上段丸々が敷地となっている。と言っても特に仕切りの壁などはなく開放的でかなり見晴らしがいい。
敷地内には正面の門から真っ直ぐ伸びた正道の先に礼拝堂があり、礼拝堂から右手に緑の庭園らしい生け垣が並んだ奥に角型の宿舎が建っている。
その宿舎の横には共同墓地があり、ここだけこれを囲むようにシンボルツリーの根が複雑に絡み合う壁があって、安易に近寄れないようになっている。
墓地の手前には神殿騎士団の駐屯地が設けられ、警備を担っているようだ。もちろん神殿の敷地内にも騎士が歩哨している。
そして礼拝堂の左手はすべて外庭の様相をしており、シンボルツリーから流れる神水は不思議と空中で掻き消えてしまっているのに、滝の瀑布のごとく水面に流れ落ちる音だけが敷地内に響いている。
しかも手入れされた庭の様々な植物は植生豊かで、美しい花から可憐な草、実をつける樹木と目に鮮やかだった。
領域の出入口は、正道からは見えない外庭の、シンボルツリーの
神水の水滴…と見せかけてよく観察すると水苔とはまた違う精霊なのか、
外庭の中には
頭上にあるシンボルツリーの樹冠からは、暮れてきた橙色の陽が、外庭全体をやわらかく照らしていた。
「あっ!ノックス様だ!」
薬草の保管の仕方を教わりながらの作業を慎重に終え(売価を聞いて俺は震えた。さすが神聖効果付きである)、後片付けをしていると不意に子供たちの何人かが開放的な敷地外を指差して声を上げた。
外庭の外縁まで足を向ければ、上段から総合ギルドのある中段までどっしりと張っているシンボルツリーの太い根の上を、巨体の鎧蜥蜴に跨った人物が悠々と進んでいるのが確認できた。
あれが細工師の噂の騎獣か。確かに見るからにでかいし、普通の鎧蜥蜴とも
時間的にギルドでの物販を終え、帰るところなのだろう。
子供たちが気安く名前を大声で呼ぶと、聞こえたのか彼女は片手を挙げて応えてくれた。遠くて表情は分からないが行動は律儀なものだ。
こういうところはなるほど好感度が高いとはしゃぎ喜ぶ子供たちを眺めて思った。
「さぁさぁ、皆そこまででございます。今のうちに明日伺ってもいいお手紙をしたためねば、朝一でノックス様にお返事がいただけなくなってしまいましょう?夕食の時間に遅れることは出来ませんよ」
手を叩いて行動を促すアウィリトに大袈裟に反応する子供たちは我先に宿舎に帰っていく。
早ぇ…と子供たちを見送る俺に、青年が昼食に引き続き夕食も一緒にどうかと誘ってくれたので、遠慮なくご相伴に預かることにした。
道中、子供たちの手紙を帰り際総合ギルドへ届ける雑用を彼に頼まれ、夕食は賄賂だったかと察した。
さらに地味に気になっていた二日後の出向のことに水を向けると、内容をざっと説明され、あとで準備するものなどのメモを渡すのでと買い出しも追加された。
明日はこの買い出しと、探索者ギルドから出向に同行する探索隊との打ち合わせがあるとも組まれた予定の時間を指定され、彼らとギルドで合流し神殿へ来てほしい旨も伝えられる。尚、朝一で細工師の手紙の返事を受け取るのも俺かと二度察した。
人を使うのが上手いアウィリト青年にそこはかとなく逆らえない未来を予感して
暮れ落ちる光が俺たちの影を長く伸ばす。
一時はどうなるかと奉仕活動期間を憂いたものだが、神々を識っていくことで
これは悪くない経験だと俺は思い始めていた。
【
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