第4話 とある探索者の一日(2)
*エクス視点
とは言ったものの。
まだ相手には気づかれていないと思われる。
今現在俺がどこに居るのかと言うと、エキナセアの下段エリア、一般市街地になる。
正門から上段の神殿に続く、大きめに切り出された段々階段の織り交ざった石畳の大通りには、露店や飲食店の通路沿いに張り出された支柱に植物が繁る緑の屋根と、マクラメの施された華やかな布やカーテンの日除けが縦横無尽に頭上を渡っている。
中でも大通りのみならず、様々な場所での頭上に、地面に、シンボルツリーの太い根がアーチを描いて、市街地の中に溶け込んでいる景観は感嘆の一言だ。
今日のシンボルツリーは黄色い花が咲いているのが遠目に見える。
まるで緑の楽園の様相のここは、正しく《ヌシ》の領域なのだと思わせた。
俺は本日、神殿から勉強会(雑用含む)を言い渡されていたため、下段エリアの滞在している宿屋から朝食に適当なものを見繕って行こうとしたのだ。
下段エリアは観光や日用品向けの店が多く、特に大通り沿いはメインストリートだから、地元民も観光客も利用する飲食系が軒を連ねている。食材を主に扱っている市場は、この下段エリアから中段エリアに差し掛かる段差付近に集約されている。
朝定番の蒸したてのタマレス(中に具を詰めた蒸しパン)を買っていざ行かんと前方を向いたら、立葵色の髪を小結びにした後ろ姿を発見してしまって、そっ…と三歩ほど距離をとってしまった。
忘れもしない昨日のヤラカシ。思わず周囲の植物とも距離を取れないかと考えたが、緑の楽園すぎて逃げ場がない。詰んだ。
地味に焦り、シンボルツリーの樹冠に咲く黄色い花とは別に、根に絡まり生える房の花を垂らした蔓型の木の花芯たちと目が合ったと察知した途端、俺は脇目も振らず細工師に駆け寄りその場で謝罪の平伏を決めていた。
「昨日は大変申し訳ありませんでした!!」
「…………。誰?」
ごもっとも。
大通りで恥の上塗りを経て。
あんな衆人環視の中で見事な謝罪をした俺であったが、地元民からするとたまに見る光景らしく、わりとあたたかい眼差しで見守られてしまった…。
身の上を説明したあと改めて謝罪した俺に合点がいった細工師もあっさりと許してくれた。
香ばしいのが久しぶりに来たと思っただけでなんの痛痒も感じておらず(それもそれで複雑な…)、反省できているならまだ可愛いもんだと肩まで叩かれた。遺憾である。
本人及び、信心深い信徒たちに悪感情で糾弾されるでなく、慰められる俺のプライドは割りと砕かれたが。
これも命拾いしたと言い聞かせるしかないのだろう。元々は身から出た錆なのだから。
そんな自己擁護で心を保つ俺は、神殿の講義室に何故か細工師と一緒にいた。
何故か、細工師と、一緒に、居た。(信じ難いので二度確認した…)
俺たちの他、講義室には中年の司祭様と青年の
司祭様は頭にカミラフカを被り、常用のポドリャスニクの上にリヤサを着用。正面で合わせた聖帯のエピタラヒリは複雑怪奇な紋様が緻密に描かれたものが首から垂れている。
その中に
長髪の
筆ですっと
彼は傍に控えていた輔祭を前に出るよう促すと俺を見て口を開いた。
「はじめまして。
「
すらりと背の高めなアウィリトが司祭様と細工師に黙礼して、俺に笑いかける。
輔祭なので聖帽と聖帯はなく、ポドリャスニクの上に着たリヤサのみの彼は、スクエア型の付け襟に神聖象徴がある。
見習いの
肩までの
瞳は髪色を薄めた
人見知りはしないがこれまで神品とは滅多に関わったことがなかった俺はやや気後れしながら頭を下げた。
雑用期間中はアウィリトに着いて回れという事だろう。
こうして雑用に専属がつくくらい、俺のヤラカシは神殿関係者に重く受け止められていると自覚した。身の置き所がないとはこのことか…。
密かにしょげていると、講義室の壇上にいた司祭様が俺の座る聴講席に横並びで座っている細工師の前へ移動し、交差した両手で目を隠した簡略の祈りを捧げた。
「先日はお世話になり申しました。吾人は生憎と巡回当番だった為に、エズアワカトル司祭が対応に出てくださったのですが、かえって花の《ヌシ》様の御手を煩わせてしまい申しました」
「あぁ。エズ司祭は?」
「んふふ。花の《ヌシ》様直々に運ばれたとあって慶びと罪の意識に不甲斐なしと自主的に
「律儀か」
「性分でしょうねぇ」
アウィリトが簡易の椅子を司祭様の後ろへ設置し、予め用意していたらしいワゴンから茶器を取り出しながら、
「さて。お待たせいたしました。迂生たちも少しお話しましょう」
「よ、よろしくお願いします」
「はい。では最初に、エクス殿は我々神品についてどの程度お知りおきでしょう?」
「えっ。その、故郷では祭事でしか神殿には行かなかったんで……《ヌシ》様に神殿の神品が就くくらいしか…」
「承知しました。結構でございます。共和国ほど他国に《ヌシ》様は多くありませんからね。エクス殿はアソーテッド王国出身でございましたか」
「そうです」
「アソーテッド王国には首都に《ヌシ》様が一
「まぁ…そのくらいは知ってます。探索者だし、俺は首都出身だから」
「あら、お気を悪くされませんように。今後のお勉強のはじめを把握したくて。続けても?」
「う…、はい」
殊勝な態度を心掛けようと思ったのに、出身国者や探索者なら知っていて当たり前のことを聞かれただけで、少しムッとしてしまった。声音の変化にすぐ気付いたアウィリトが取り成してくれたので気不味くなる。
俺はヤラカシて絶賛処罰中の身。
隣では司祭様が細工師と何やら出向の話をしているのが漏れ聞こえてくる。
「では簡単に。我々神品は創世の主神六柱を主信仰に、神々と
「はい」
「創世神話では、エクス殿の故郷アソーテッド王国の信仰しております《火の神アリアピファーン》様と《大陸の神ジェミャーブアャ》様に遺恨がおありですので、《火の神》様の神威が濃いところは《大陸の神》様の神威が薄いのです。それ故、大陸の目である《ヌシ》様はほぼ
「故郷の先輩探索者も言ってました」
「左様でございます。探索者として《ニワ》に入る以上は、神々の知識は必須。
「……」
ここにきてすでに俺の常識と乖離が出て来た…。
え。探索者はただ《ニワ》や《ヌシ》の領域に行って《
とくに《器種》の中には《神器》があったりするから一攫千金も夢じゃない認識で……と恐る恐る公言した俺に、アウィリトだけでなく同室にいる司祭様と細工師も揃って口を噤む。
白けた場に俺は脂汗が吹き出してきた。
え?だって昨日の午後の勉強の時のギルド職員も同じ事を言っていたし合ってるよな?!
今ほどツレが居たらと切望したことは無い。居れば同意を得られただろうに。
「あらあら、これは…困り申しました...」
「あぁね。つまり前提が
「他国ですと神々との接し方がこんなにも剥離してしまうものなのでしょうか」
「祭事にしか神殿に行かないってことは、そうなんだろ。クオ司祭、これ共和国の入国制限しないと不味いぞ」
「誠の忠言と存じます。直ちに主教様と探索者ギルドのターラー様に連絡を執り申しましょう」
司祭様が儚い表情に深刻な憂いを載せると途端に部屋が湿るように感じる。
挙動不審になる俺を脇目に細工師が机に頬杖をつき、司祭様がアウィリトに
俺は思わず縋るような目でアウィリトを見る。
それに苦笑した彼が宥めるように俺の肩を撫でた。
「ご安心くださいませ。エクス殿が悪いわけではないのでございます。ただ、事態が思ったよりも深刻だと分かりましたので……」
「えっ?!深刻っ?何が?!」
昨日に引き続き、座ったまま飛び上がって震える俺。
もうやだ。昨日から俺はこんなのばっかりだ。
憧れた探索者向いてないとかまで考えてしまう!
「まァ、エクスの故郷の探索者ギルドみたいに昇級条件ガバいと、いくらエキナセア支部だけじゃなく共和国が他国から実地推奨だとしても、死人が量産されるってこと」
「死人?!」
細工師が落ち着けとばかりに飲みかけの薬花茶を寄越してくれたので有難く飲んだ。
アウィリトが新しい薬花茶を注いで、新しいものを細工師に出す。
「なんて言えば通じる?アウィリト」
「そうでございますね…。エクス殿やギルド職員の仰る探索者のお仕事内容としては、間違ってはございません」
そう言えば、アウィリトが俺にお茶を出さなかったのは客じゃなかったからか?
お客様の細工師のお茶を飲んでも怒らず、おかわりを注れてくれた優しさが沁みる。
「お仕事は間違っていないのですが、そもそも探索者の前提……在り方とは、我々神品と同一の信念なのでございます」
「?」
「冒険と探索の違いだな。探索は探検も多分に含むが。冒険みたいに成功度外視で危険を
「??」
「要約いたしますと、我々神品は神々そのものに特化した調節を。探索者は
「……?」
「神殿は《ヌシ》担当。探索者は《ニワ》担当、だ」
「えーと…役割が違うだけでアウィリトと俺は組織は違えど同志ってこと、ですか…?」
「左様でございます」
二人がどんどん噛み砕いて教えてくれるのにやや気後れしつつ、半信半疑で理解を示すと、アウィリトがぱっと明るい笑顔を浮かべた。
これさえ理解出来れば問題ないと言わんばかりだ。
「故に本来であれば実地経験だけでなく、前提を踏まえた上での神々の知識が必要な為、探索者ギルドと神殿は密な体制を構築していたはずでございます。であれば、自然と神々に対する信仰が育って慎重にならざるを得ないのでございます」
「それなのにエクスは、神々に対しての敬虔さが
嘆かわしいってそう言う意味だったのか!と昨日からギルド長たちや司祭様に散々告げられていた言葉に合点がいった俺。
てっきり情けないやら実力不足やらなニュアンスだと解釈していたが、心配が勝っていた嘆かわしいだったらしい。納得した。司祭様にも怒られない訳である。
確かに俺は神殿と探索者は完全に別モノだと認識していた。
「だから俺に神品について尋ねたんですか」
「左様でございます。神々を熟知していただけていれば、自ずと探索者の行動も決まりましょう?」
「今のままでいくと、エクスは探索者じゃなく、ただの博打打ちのお宝ハンターだからな」
「それは…嫌です……」
お宝ハンターとの呼称の軽さよ。しかも博打打ちって始末に負えない。
細工師のからかい混じりにの台詞に、周りにそう思われていたのだと客観的に知って本気で落ち込んだ。
「ま、クオ司祭が主教とターラーに報告すれば、神殿と探索者ギルドの本部にも話がいって、一斉に監査が入るだろ。神々の認識甘しで《ヌシ》や《ニワ》に近付いて人が死ぬだけなら別に構わないが、国に被害が及ぶんじゃ目も当てられない。とくに共和国は
「え」
「無知は理由にならないからな?相手は善悪関係ない、こちらの道理の埒外にいる存在だ。あとどいつもこいつも自己中で上に置かれないと気が済まないんだよ。神なんてそんなもんだけど、下手に縄張り意識のある《ヌシ》みたいなのは
「一番身近な上位存在は《ヌシ》様でございますから、
「……えっ」
《ニワ》も上位存在なの?!と新たな事実に度肝を抜かれる。
と言うか俺もう疑問符しか挙げてない。いよいよ探索者に向いてない気がしてきた。まじで知識足りない。こんなにややこしい職業だと思っていなかった…。
唖然とする俺の横で「エクスが成人で六等級なら、ギルドは星無し期間何やらせてたんだ?」とか「このお互いの接点の薄さはここ数年ほどのことなのでしょうか?」とか「てかまさか、ジュビア地方での
それにしても
アウィリトが答えてくれた。
「ノックス様は、エクス殿と同じ探索者でもあられますよ」
「元な、元。引退してる。知らなくて当然だろ。現役みたいに言うな」
「自称でございましょうに。ターラー様は受理されておられないと伺ってございます。三等級まで上がっておられましたのに勿体のうございましょう?」
腕章をご覧なさいませと指差された先に注目すれば、確かに細工師の左腕上腕にあるベルトタイプの腕章には商業ギルドの
…………。
肝を潰す勢いで驚くだけでは飽き足らず、俺は見てしまった。
腕章にはそれらと別に、
言葉が出なかった。
聖石は確か、神殿で司祭以上でなければ持っていない物のはずで。(禁色にはもうノーコメントだ!)
トドメに軍の徽章の沈丁花に一本の槍が真っ直ぐ刺さっている意味するところとは、階級が准尉を示す。詳しくはないが、准尉以下の下士官なら槍無し。上級なら槍が増える、だったはず。
…………。…………。…………。…………《ヌシ》に
この細工師、一体何者なんだ?!怖いんだが!!
「……えっと、その、」
「あぁ、これか。全部肩書きだけだから大したもんじゃない。外に出る時は身に付けてないと、方々から怒られるから仕方なくしてる」
「語弊がございますよ。そもそも所属紋章の装着と提示は義務でございます」
「こんなに要らんだろ」
「迂生は神殿の象徴だけでも良いと常に思っております」
「それは嫌だぁ。どう頑張っても聖職者って柄じゃない」
「難儀でございますねぇ」
新参の俺は知る由もなかったが、実際細工師の所属組織に関しては、融通権(所有権じゃないのがミソ)を巡って水面下で組織同士、角突きあっているそう。険悪では無いらしいが。(後日の先輩探索者談)
ただ
アウィリト曰く、ここで所属明言をすると何処かの《ヌシ》の勘気に
なんだか現実味の薄い気分でイロイロを呑み込み、その後も(なぜか)細工師も混じって、俺の勉強会は続いた。
その際、ケツァール地方の《ヌシ》の呼び方をそれぞれエキナセアが〝花〟、エトリ山が〝谷〟、ロツトワコトル岩山が〝岩〟と教わったり。
《ヌシ》の格は目の数で測れることは識っていても、三眼以上が都市や国を興すことを許してくれる感応力、
じゃあケツァール地方のそれぞれの
ちなみに俺の故郷の首都の《ヌシ》は格.肆らしい。賢くなった気がする。
途中で司祭様が戻り、時間がお昼時だった為、場所を食堂に移して神殿でご相伴にあずかった。
食事中は探索者の昇級条件の見直しと等級によって活動出来る範囲や規則が再検討されることが決定したと、司祭様から報告があった。その派生で神殿にも他組織との接し方で監査が入ることになったとか。
これは周知して現在の該当組織所属者全員に対して軽く試験を行い、等級の振り直しや講習も実行されると宣告された。(今後、俺も含めギルド内で猛然と勉強する探索者が頻繁に見られるようになる)
大事になった気がすると、もう悟りの境地に達せそうな心地の俺である。これ試験パスしなかった奴らに闇討ちとかされないよな?
嫌な可能性に気付いて青くなる俺に、さらなる追い打ちが。
「では午後は、巡回にエクス殿もご同伴いただき申しましょう」
「御意にございます」
「へっ?」
「二日後の
「ご随意にいたします」
「は?えっ?!」
思考を逸らしているうちに
慌てて司祭様に目を向ければ慈愛の微笑みで頷かれ、横に居るアウィリトも笑みを浮かべる。
そして正面で食事を摂り終わった細工師が「二日後からよろしく」と俺にグッと親指を立てた。
「……えッ?!?!」
────どうやら俺の受難はまだ続くらしい。
【
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