第3話 とある探索者の一日(1)

*エクス視点



 六日前から滞在しているこの都市エキナセアは、国土の八割が未踏の地であるコートル共和国にある七つの地方の中で、二番目にでかい地方だ。


 俺の故郷アソーテッド王国からコートル共和国に入ってからは、三つほど別の地方を跨ぐが、商隊が行き来しやすい主な道はあるし、探索者とは切っても切れぬ《ニワ》と《ヌシ》たちとの、上手い付き合い方を学ぶには一番の環境と言われている。

 その為、探索者なら必ず一度はコートル共和国に行くべきとの教えが、探索者ギルドの本部から各支部に推奨されている。

 探索者ギルドは十二の歳から所属可能だが、俺は故郷で十四の歳に仮登録をし、無等級の星無し見習いとして一年下積みをした。

 それから成人の十五を迎え本登録に切り替わり、星無し時代に積み上げてきたたった一年の実績で、すぐに六等級に昇級できた。

 六等級ではまだ《ニワ》には行けないが、活動範囲がぐっと広がる。

 国内限定で別拠点へと移動可能になるし、四等級以上の探索者に付いてもらえれば国境も越えられる。

 俺は黄と白の二色の適性色持ちで、故郷の拠点周辺で探索しても物足りないし、トントン拍子で物事思い通りになるものだから、割りと有能だと思っている。

 早く《ニワ》に行くためにはギルド本部が推奨している環境で過ごした方が、自分の為にもなると自負していた。


 ケツァール地方はテミロテ大森林と言う未踏の地が大半を占める。

 なんなら、ケツァール地方に確認できるだけの《ヌシ》が三も居るし《ニワ》に至っては四もある。

 創世の主神六柱以下、準神じゅんしんの位の《花の女神クヴィェチナ》を筆頭に、対の《花の男神トポロフカ》、准神じゅんしんの位の《花の貴公子キペペオプタリ》がこぞって目をかけているためだと言われている。

つまり神力が行き渡ってよくこごり《ヌシ》の現界げんかいが多く、《泥》の湧きも故郷に比べると頻発している。

 故に優秀な人材が豊富と聞くし、等級を上げるのには打って付けと言う訳だ。

 俺から言わせれば、神聖教国でもないのに、ケツァール地方の神たちの気配は身近みぢかく、密度は異様に濃いとしか言いようがないのだが。


 故郷でだって、主神の一柱《火の神》を主に信仰しているが、都市以外に《ヌシ》は居ない上、《嵐》だって滅多に起きず、《ニワ》に至っては国に二基あるのみ。

 国単位で数個抱えているものが、コートル共和国には最低でも一地方に一基存在するのが当たり前と言う、この異常さが分かるだろうか。

 まあこれにはコートル共和国が主に祀っている主神の一柱《雨の神》と同列の《大陸の神》との相生あいしょうがいいことも起因しているらしいが。


《大陸の神》は《雨の神》ともう一柱の主神を除き、他三柱の創世の主神たちと因縁があり、あまり仲がよろしくない。


 明らかに他の主神が司る大陸は〝ある程度の環境〟なのに対し、《雨の神》の司る大陸は、環境資源に恵まれて(なんなら爆発して)いることを目の当たりにすれば、神話の内容にも信憑性があると言うもの。

 故郷で先輩探索者たちに伝え聞いていた内から、俺は神話なんて意識したことが無かったが、ここに来て認識を改めざるをえなかった。

 ましてや神品しんぴんでもないのに神に接する機会などないと思っていたのに……。


「……はぁ……」


 これまで壁にぶち当たることなく順風に自信をつけていた俺は、昨日エキナセア支部でやらかして、早速盛大な大目玉を食らっていた。

《泥の化身》を討伐した伝説を持つ一等級探索者(しかも単身ソロ)で有名なギルド長ターラー様に会えたらいいなとは思っていたが、説教をされるために会うとか予想もしていなかったし俺の印象なんて最低だろう。


 そもそも昨日探索者ギルドに行ったのは、エキナセアを拠点にしている先輩探索者たちに、あの〝金科玉条きんかぎょくじょう〟が物販に来ると教えてもらったからだった。


〝金科玉条〟とは護符アミュレット専門の変わった細工師のこと。


 使い切りの護符を継続装備品に出来る唯一の職人で、物理ハード面だけでなく潜在能力ソフト面まで効果のある物も作成可能なんて噂が出回った時期は、画期的すぎて相当な話題の中心人物だった。

 俺もその話を聞いて、探索者になるなら必ず欲しい!一流の証だ!と思ったものだ。

 ここ二年ほどで有名になったその職人は、直接の受注販売はしない主義で、すべて商業ギルドを必ず通している。徹底して身バレを防いでいる印象があった。

 と言うのも、とある《ヌシ》に気に入られたとか、どこぞの《ニワ》を消滅させたとか、神聖教国の本神殿を半壊させたとか、帝国の大貴族を発狂させたとか、その後もなにかと不敬で眉唾まゆつばな噂が絶えなかったからだろう。

 まあ常識で考えて、有り得ないことの方が多い噂ばかりだったので噂の尾びれ背びれだろうが。


 そんな人物がまさかケツァール地方に住んでいて、商業ギルドで物販をするなんて、やはり俺は有能さに加えて運までいいと悦に浸ったのは自明だった。

 エキナセアに到着してからは、俺と同じように四等級探索者に着いてもらってやってきていた五等級探索者(俺と同郷。出身地は違うし等級もひとつ上だが、二色の適性持ちと何かとウマが合う)とつるんでいたから、そいつと一緒に総合ギルドに向かった。

 王国ではギルドは各業種ごとの建物が建てられているが、コートル共和国では一地方に一都市が標準の為、都市内部の土地を圧迫しないよう、ひとつの建物に集約されている総合ギルドの形態が基本らしい。

 石造りのでかい三階建ての正面から入り、商業ギルドが入っている二階を下から見上げると、すでに簡易売店横のフリースペースには人集りができていた。


 中央の階段前ではギルド職員が整理券(と言うらしい。順番の番号なんて、こんなの初めてもらった。これが無いと問答無用で列から弾かれるとのこと)を配っているので受け取って大人しく列に並ぶ。

 戊エつちのえの刻に入ってからしばらく時間が経つから、探索隊だったり、行商人の隊の買付け係だったりと単身より団体が目立つようだった。

 雑多な話を聞き流しながらいると、順番に整理券を確認しているらしいギルド職員が来て、初回か尋ねてくるので頷く。

 すると文字が読めるのなら主な商品リストがあるので渡せると言われ、ツレと合わせて一枚もらった。国有文字だと分からないが、ギルドでの発行なら帝国の簡略文字だろうしな。

 単身ソロでの購入ならと俺たちの腕章を見て探索者向けのお勧めを指差し「失礼のないように頼むよ」と一言、ギルド職員は次の客の対応に向かった。


 この時まで俺は、ギルド職員がわざわざ整理券を配ってまで列整理していることも、初回客にはようリストを渡しつつ見回っていたのも、表に出たがらない名の売れた気難しい職人に対しての特別措置だと軽く考えていた。


 俺はてっきり、よく職人にいる頭の固い頑固親父みたいなのを想像していたのだが、職人がいるであろう売店のカウンターには俺より数個上なだけに見える歳若い女が座り、尚且つ地味な印象だったことも含め、勝手にただの売り子だと判断した。

 そりゃあ身バレしないように気をつけているのに本人がこんな所にわざわざ出てくる訳が無いなと、考えたのもある。

 だから少し調子に乗って、あーだのこーだの(今振り返ると幼稚すぎて埋まりたい内容イチャモンの連続で)無理を通そうとした。ウマが合うだけあってツレの奴まで俺に肯定的だったのも悪かった。

 憧れの装備品が手に入る高揚感も手伝って、この時の俺はチンピラに成り下がっていた訳だが、故郷のギルド職員に「もう少し周囲に気を配ってよく考えてから行動しましょう」と、星無しから六等級に昇級する際、いさめられていたのを思い出したのも全部過ぎてからだった。













 ハッと正気を取り戻した時には、俺はつる植物にぐるぐる巻きに締め上げられて、吹き抜けの高い天井に逆さまに吊るされていた。













 ここの総合ギルド内はやたら草花の緑が多いよなと感じていてもまったく意識したことがなかった為、マジで何が起きたのか理解わからなかった。

 自身に起こったことの把握もできぬ間に、蔓植物から尋常じゃない悪臭が噴き出す。

 悲鳴を出す余裕も無く、鼻や口を塞ぎたくて身動みじろぐも全身縛り上げられているのでそれも出来ず、なんなら暴れるだけ締め上げが増してくるうぅ!


 もはや暴力と言っても過言ではない悪臭(超濃度の肥溜めうんこ臭)に泣きつつ、寸の間、意識消失していたらしい。

 逆さまでいるから頭に血も昇っているのか朦朧とする中、どうにか現状把握しようと意識をかき集めたところで胸元の蔓植物がひとりでに葉を揉み合わせ、至近距離で悪臭が爆発した。そしてまた気を失った。





 …………。…………。…………と言うのを何度も繰り返し、ギルド職員に救出してもらった時にはすでに虫の息状態だった。






 確かにちょっと冷静に周りを見ていれば、前に並んでいた客たちは売り子(?)に対して丁寧に接していたし(固定客らは気さくな感じだったが、特に新参の商人たちは殊更ことさら丁重だった)、言葉を交わしても一定以上の時間とどまったりしていなかった。…かもしれない。

 何か違和感のある判断材料が目の前にあったのにと後悔しても遅い。痛い目を見たのは自業自得だったのだ。





 その後は三階のギルド長の前にツレ共々連行され、憧れの探索者ギルド長ターラー様と、めちゃくちゃ怖い商業ギルド長エルムルヒゥール様の前に立たされてガッチガチに叱られた。


 まず、勝手に決めつけていた売り子説は本人だと訂正され。

金科玉条きんかぎょくじょう〟の意味分かってんのか?!とただの通り名ではなく、本人自体がそのままの意味での〝絶対的遵守不文律ゴールデン・ルール〟であり注意勧告なんだぞ!と、探索者にあるまじき情報収集能力の無さだと嘆かれ。

 彼女は都市エキナセアから丁トひのと方面にあるエトリ山の《ヌシ》に異常に好かれストーカーされている為、粗相があれば時間差タイムラグ無しで制裁されると真剣に諭され。(下手をしたら都市ごとヤられていた可能性もあると、脅しじゃなく真面目に聞かされてまた泣いた。安堵で)


 そもそも拠点移動したてでこの問題行動は看過できない、本気で態度と行動を改めろと、俺の等級こそ下げられなかったが(ツレはひとつ下げられて俺と同じ六等級になった…すまん)、一ヶ月間総合ギルドの雑用(無償奉仕&再教育)との下知を下された。

 大変なご迷惑をおかけ致しました……。人生で一番深く反省した。


 一応医薬ギルド長にも一ヶ月雑用するので(狩猟ギルドは信仰強めなのが多いので危ないからと見送られた。マジか...闇討ちとかされないよな?)、何でも申し付けてくださいと挨拶に伺ったら、長のご婦人と医薬ギルド職員たちは嬉々として俺をさいなめてたつる植物を採取していた。

 屁屎葛ヘクソカズラと言う植物だそうで、あの悪臭で薬草だと教えてもらった。お礼まで言われ、複雑な気持ちになった…。


 それで午後から、早速再教育だと商業ギルド職員と探索者ギルド職員二人に固められながら、ツレと一緒に三階の資料のある個室フリースペースで勉強となった。

 最初に俺の探索者としての認知確認をされたのだが、杜撰ずさんすぎると怒られた。どうも実地じっちばかりに片寄っている為、押さえておかなければならない知識が穴あきらしい…。ツレも似たようなもんだった。


 とにかく今日はと探索者活動の基礎をおさらいも含めて探索者ギルド職員に、またこのケツァール地方で活動したいなら絶対に覚えておかないといけない事項(主に《ヌシ》と例の細工師関連)を商業ギルド職員に詰め込まされていた。


 そんな時だった。

 俺に追い打ちをかけるように個室へギルド職員が駆け込んできて、速やかに建物内から避難するよう指示してきたのは。

 顔色が興奮で赤いんだか、恐怖で青いのか判断がつきかねるギルド職員に理由を訊けば、エキナセアの《ヌシ》が、今、ここに、居る!と抑えた声量で叫ばれた。





 !!??





 全員驚愕した。

 特に俺とツレは飛び上がって震えた。

 専属の司祭以上に様々な《ヌシ》と感応相生がよすぎる例の細工師は、神殿からも上にも下にも置かない存在として、持て余されていると聞いたばかりだから余計に。


 すぐに全員で中央階段から一階に降りて外に出る。

 その際、建物内は吹き抜けだったこともあり、階下の簡易売店が視界に入ってしまうのは不可抗力だった。


 彼女の足元に腹を出して寝そべり、足先でユラユラとあやされている束子鼠わたしねずみの姿を模した《ヌシ》に自然と視線が吸い寄せられた。





 ────バチリ。と、気の所為だと誤魔化しようがない強さで《ヌシ》の三眼さんがんと目が合った。






 ゾッと全身の血の気が下がる。

 刹那、俺は理解する。

 牽制だ。滅多にねぐらから出ない《ヌシ》が態々わざわざ出向いてくるほどの存在なのだと。

 己の領域内で安穏あんのんの恩恵を受ける有象無象が舐めた真似をするなと。

 知らしめるために御姿を現したのだと、感応能力がなくても理解わからせる圧が確かに俺に注がれたのだ。


 まさに言い得て妙な〝金科玉条〟。


「金」や「玉」は貴重なもの、大切なものの喩え。「科」や「条」は法律やきまりなどの意。


 これを不文律として遵守じゅんしゅせよと、関係各位全員が口を酸っぱくして言い含める訳である。

 とんでもねぇ相手にやべぇ態度をとってしまったと今更ながらに絶望した。


 外庭に避難してきた人混みで呆然としていると、俺同様しっかり牽制されたと察したツレも口を開けてほうけていた。

 多分、俺たちが生かされているのは、肝心要かんじんかなめの細工師本人が、心底気にしていないからだと思う。(あの時笑ってたし...)だから双方の《ヌシ》に軽い制裁で見逃されている。

 万が一、彼女に一欠片でも不快感を持たれていたらその場で消されていたのだろう。


 都市の防衛小隊が到着して総合ギルドの出入口を封鎖する。

 後から神殿騎士を引連れて、数人の神品しんぴんとともに泡を食ってやって来た司祭様が、総合ギルド内へ駆け込んで行った。

 神品が走ってるところなんて滅多に見られないんじゃないか?と現実逃避した。



 ────しばらくして。



 何故か蔓植物(周囲にいた医薬ギルド職員によると小昼顔コヒルガオと言うらしい。あれも薬効があるやつ!と喜んでいた。…あまり医薬ギルドの世話になったことがないのだが、こんなに変な奴が多いものなのか?それともエキナセア支部所属のヤツらが変わっているだけ?)でぐるぐる巻きにした司祭様を宙に持ち上げたまま、シンボルツリーの根の上をトコトコ渡って最上段へ帰る《ヌシ》がいた。


 この騒動に都市市民たちも総合ギルド前に野次馬をしに街道に溢れてまで集まっていたから、何人かが御姿を指差すと、さざ波のように周知される。

 そうしてその場で両膝をつき、交差させた手で腰に触れ、次に両肩に触れたあと、右手を下に重ねた手で目隠しをする仕草のまま黙祷を捧げる。祈りの作法は世界共通だ。


 一種異様な光景だが、何かの祭事でもないのに上位存在の姿を拝することはほぼ出来ないのが常識だから、仕方がないだろう。

 正直俺だって脅しが目的であっても神を見たのは人生初だった。畏怖いふの気持ちが自然と湧く。

 もちろん謝罪と延命の意味も込めて真剣に祈りを捧げたのは言うまでもない。


 後日、一連の出来事は、総合ギルドと神殿から正式に〝散歩〟だったと布告された。

 まあ…ギルド長たちは《ヌシ》が現れた意味を汲み取って(実際あの場で俺のやらかしを目撃した者たちは察しているはず…)司祭様に俺の報告をしたが。


 それを聞いた司祭様はいかりこそしなかったものの大いに、それはそれは大仰に嘆かれて、俺の一ヶ月の雑用に神殿への奉仕も追加された。(司祭様ほんとは怒ってるよなこれ?)

 そんな非日常をこってりと体験した俺が、何故、長々と昨日を振り返っているのかと言うと。


 目の前に、例の細工師が歩いているからである。








 …………断じて付きまといでは無い。信じてくれ。



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