闇姫とのデート 後編



 消耗した体力を昼食で補給した後、俺と鴉庭さんは駅地下を出てカラオケ店へと足を運んだ。

 受付を済ませて指定された番号の部屋に行き、ドリンクバーで飲み物を入れてから個室のソファに腰を下ろす。


 鴉庭さんは安定で俺の隣である。

 もう自分でも違和感がなくなって来てて若干怖い。


 そんな彼女はカラオケ機器本体と繋がっているデンモクを手に取り、手慣れた様子で操作して曲を検索していく。

 採点モードなどもあるが、今回は純粋に楽しむためそっちは無しにした。


「鴉庭さんってカラオケに良く来るの?」

「うん。週一で通ってる」

「その頻度は凄いね。歌うのが好きなんだ?」

「まぁね。スッキリするし一人でゆっくり出来るから」


 そう答えてから間もなく楽曲のイントロが流れ出す。

 画面に表示された曲のタイトルは、俺でも知っているアーティストのモノだった。


「~~♪」


 曲に合わせて披露された鴉庭さんの歌声は、普段の平坦な声からは想像も出来ないくらい感情が乗っていた。

 緩急のある抑揚、細かなテクニック、何より聞き入ってしまう程の美声に感動するあまり茫然する他ない。

 マスク越しでも息を切らす様子を見せないまま、鴉庭さんは一曲目を歌い終えた。


 曲が終わると同時に拍手で称賛を送る。


「凄く上手だったよ鴉庭さん!」

「ん。ありがと」


 俺の言葉を受けた鴉庭さんが微かに微笑む。

 ここまで上達するのにどれだけの練習を重ねたのか、想像しただけで俺には真似できない

と確信させられる。


 そんな感心をしていると、鴉庭さんからマイクを差し出された。


「次、翔真の番」

「あはは、鴉庭さんの後だと却って盛り下げそうだけど、やれるだけやってみるよ」


 俺自身、あまりカラオケに来たことがないので上手く歌える自信が無い。

 厳しいだろうとハードルを下げるが、鴉庭さんは期待の眼差しで訴えかけて来る。


 その圧に逆らえず苦笑しながらマイクを受け取り、デンモクを操作して楽曲を選ぶ。

 自分の好きな曲だけでなく、相手も知っているような曲も選べと澄空からアドバイスを受けている。

 鴉庭さんも知っていて、出来るだけ歌い慣れている曲を選んだ。


 BGMが流れだし、画面に表示された歌詞に合わせて歌っていく。

 俺のお粗末な歌声を鴉庭さんは真摯な面持ちで聴いていた。


 前に一軍で来た時は、野々倉以外の女子三人はスマホを見ているか雑談していた記憶がある。

 自分達が歌ってる時は余所見をするなと言うのに理不尽な話だ。

 そんな彼女らと比較すると、鴉庭さんの態度はとても嬉しく感じた。


 緊張しながらも晴れ晴れとした心持ちで歌い終えた俺に、鴉庭さんから静かな拍手が送られる。


「翔真の歌、良かった」

「……ありがと」


 まっすぐな称賛にくすぐったさを覚えながら礼を返す。

 世辞を言う人じゃないと分かるからこそ、心が浮き立つのを実感する。


 そこから何曲か交互に歌い続け、喉を休めるためにも休憩を挟むことにした。


「あ~、久しぶりに歌ったから喉がちょっと痛いや」

「寝る前に濡れタオルかコップ一杯の水を枕元に置くか、紅茶に蜂蜜を入れると喉のケアになる」

「おぉ……経験者は語るってヤツ?」

「ん」


 やけに具体的な知識の出所を問い掛けたら、無表情のまま首肯される。

 週一でカラオケに通っているらしい鴉庭さんの言うことなら確かなのだろう。

 帰ったら試してみようかな。


 そんなことを考えている時だった。


「ね。翔真。ちょっと質問していい?」


 鴉庭さんからそう呼び掛けられたのだ。

 俺は笑みを作りながら彼女に聞き返す。


「俺達の仲なんだし遠慮しなくていいよ。それで何が聞きたいの?」


 その言葉に対して鴉庭さんはジッと紫の瞳で見つめながら告げる。



「──翔真って、誰かに告白とかされたことってある?」

「っ!」


 どうして鴉庭さんがそんなことを尋ねたのかは分からない。

 もしかして澄空の言う通り、彼女は俺とそうなっても良いと考えているのか。


 なんて楽観的な思考は、一瞬だけ脳裏に過ったかつての光景によって流されて行った。


 あるかないかで言えば……ある。

 ただそれは……思い出したくない中学時代の頃の話だ。


『誰があんたみたいなオモチャ好きになるワケ? フツーにありえないし』


 もう一年も経ったというのに、あの最悪だと言わんばかりの落胆した目が忘れられない。

 さっきまでカラオケで楽しんでいた気持ちは、見る影もなく泥沼に沈んでいくような錯覚をしてしまう。


 それだけ俺の中で中学の頃の記憶は足枷になっている。

 もうあんなのは二度とゴメンだ。

 首を振って暗い気持ちを追い出している間に、気付けば鴉庭さんが俺の顔を覗き込んでいた。


「顔色が青い……大丈夫?」

「う、うん。ちょっとボーッとしてた。それで告白だけど……


 心配要らないと作り笑いを浮かべて答える。

 鴉庭さんに嘘をつく申し訳なさはあるけど、あの頃の話を蒸し返されるよりはずっとマシだ。

 心にチクりと刺さった小さな針を無視して話を続ける。


「なんでそんなこと聞いたの?」

「昨日告白された時、翔真はこういう経験あるのかなって思ったから」

「あの涼しい顔の下でそんな疑問が浮かんでたんだ……」


 あのイケメンな先輩も報われないなぁ。

 自分の一世一大の告白をした相手が、実は別の異性のことを考えてましたとかあまりにも惨すぎる。


 告白して来た人に一割も思考が割かれてなかった事実に、頬の引き攣りが抑えられそうになかった。


「でもちょっと納得行かない。翔真は魅力的なのに。見る目無いヤツが多い」

「俺に魅力を感じてくれてるのは、多分鴉庭さんだけだよ」


 何故だか不満げな調子で悪態をつく彼女に苦笑しつつ返す。

 前までは一軍グループの一員で、若瀬良わかせらさんのアクセだったから遠巻きにされてたのが原因だと思う。


 闇姫たる鴉庭さんと一緒の今とそんなに大差ない。


 俺としては今の方が楽ではある。

 ハチャメチャに振る舞わされてはいるが、一軍に居た時より充実した気分だ。


 すると鴉庭さんの琴線に触れたのか、紫の瞳を丸くした後にフワリと柔らかく細めた。


「やっぱり今のままで良い。翔真の魅力はアタシだけが知ってれば良いから」

「そ、それは光栄だね……」


 一転して強烈な独占欲を口にする彼女に戦きながら返した。


 ドキッとした半面、ちょっとだけ背筋がゾッとしたのは気のせいだと思いたい。


「え、えぇっとそれじゃまた歌い始めよっか。今度は俺から入れるね」


 このままだと雑談だけで時間を使い切ってしまう。

 そう判断した俺はわざとらしくもデンモクを操作して楽曲を予約した。


 程なくして流れたBGMに乗って、時々歌詞が飛びそうになりながらも腹から声を出して歌っていく。

 歌っていく内に、変にドキドキする心臓も落ち着いてくれたら良い。

 そう思うながらラストサビのシャウトを決めるのだった……。






「──だから他の女に知られる前に、早くアタシのモノになってね?」



 ========


 次回の更新、明日は無理かも知れない(絶望)



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