闇姫は責められる


 月曜日。

 鴉庭さんと出掛けた日から二日が経った。


 カラオケの後、お互いの家の最寄り駅まで帰ってから解散した。

 母さんから貰ったお金は思ったより多めに残ったが、事前の約束通り鴉庭さんに関係が無いことには使えない。

 貯金箱に入れる他なかったが、あれだけのお金を好きに使えないもどかしさは相当辛かった……。


 そんなことはさておき今日も鴉庭さんと一緒に登校したワケなのだが……。


「あ」

「ん?」


 下駄箱を開けた鴉庭さんが声を漏らした。

 何かあったのかと視線を向ければ、彼女はまたしても一枚の手紙を手に取っていたのだ。


 またラブレターかよ……。

 前回から一週間も経ってないのに貰うなんて、闇姫の人気は凄まじいという他ない。

 そう思っていたのだが、内容を読んでいた鴉庭さんの表情が少しだけ険しくなっていた。


「どうかしたの?」

「これ……」


 一方的な想いでも綴られていたのか問い掛けて見ると、手紙を見せてくれた。

 そこに書かれていたのは……。



【放課後、一人で体育倉庫前に来い】



 明らかな敵意が剥き出しになっていた呼び出しだった。


 =======


 放課後。

 鴉庭さんは手紙の呼び出しを反故にせず体育倉庫前まで向かって行った。

 てっきり応じないと思っていただけに、行くと聞かされた時は大いに驚いてしまったモノだ。


 差出人の名前は書かれておらず、相手の性別すら分からないとなると不気味でしかない。


 もし何かされたらどうするのか尋ねたところ……。


「一応、対処法は考えてるけど……」


 そこで一度区切り、ニコリと俺に笑みを向けてから続ける。


「もしもの時は翔真が守ってくれるんでしょ?」

「!」


 掛け値無しの信頼に胸が熱くなった。


 仮に俺が助けに入ったとして、殴り合いになれば勝ち目は一切ないと思う。

 でも鴉庭さんが逃げる時間くらいは稼げるかも知れない。


 いずれにせよ彼女の信頼に応えるためにも、俺は体育倉庫から少しだけ離れた場所で待機することにした。

 きっと鴉庭さんより先に呼び出した相手が待っているはず。

 そう思いながら着いた体育倉庫前に居たのは……。


「えっ?」


 思わず困惑の声が漏れてしまった。

 幸い距離があったから聞かれていないと思うが、何度視覚を疑っても現実は変わらない。


 遠目からでも目立つ派手な金髪と長いつけまつげが伸びる鋭い目……クラスの女王である若瀬良わかせらさんだった。

 もちろん取り巻きである二人の女子も一緒だ。

 まさか今朝の手紙は彼女達が出したのか?


 今まで不干渉だったはずなのにどうしてなんだろう。

 そんな疑問を浮かべている間に、鴉庭さんと若瀬良さんが対峙した。


「──ッチ。おっそいわね。何ノロノロ歩いてんのよ」

「普通に歩いて来ただけ」

「どうでもいいのよそんなこと。私を待たせるなって言ってんの」


 若瀬良さんは不機嫌を隠そうともせず苛立った調子で話す。

 明確な時間を書かず、放課後に来いとだけ指定したのはそっちなのに随分と勝手な言い分だ。

 聞いているだけで不快な気持ちにさせられる。


「それで要件は何?」


 一方で鴉庭さんは至って平常のまま呼び出した理由を尋ねる。

 人数差に対してまるで怯えた素振りを見せないのは流石というかなんというか。


 なんにせよいつも通りの調子な闇姫と違い、若瀬良さんの顔が怒りで歪む。

 憎々しげに睨む眼差しには、形容出来ない憎悪を帯びていた。 


「あんた……来栖くるす先輩に告られて振ったってどういうつもりよ!?」


 空気を引き裂くような怒号と共にそんなことを口にした。


 来栖先輩……告白されたけど振った……って、ラブレターで呼び出したあのイケメン先輩のことか!?

 まさかの繋がりに愕然とする俺と対照的に、鴉庭さんはというと……。


「──……誰のこと?」


 案の定というか告白して来た相手だとは結び付けられず、首を傾げて聞き返していた。

 あの調子だと顔も覚えているかどうかすら怪しい。


 そんな彼女の態度が癪に障ったのだろう。

 若瀬良さんは目に見えて怒りで青筋を立てていた。


「ふざっけんな! 先輩を振って落ち込ませといて忘れるとか何様だよ!?」

「じゃあ好きでもない人の告白を受ければ良かった?」

「はぁっ!? あんたが先輩と付き合って良いわけないっつの!!」

「つーか玲奈れなが先輩を好きなの知ってて誑かしたんでしょ? マジあり得ないし」

「土下座しろよ土下座!」


 振るのもダメ、付き合うのもダメ。

 先輩が鴉庭さんに告白した事実そのものが受け入れ難いのだろう。


 なるほど、激情を露わにして責め立てる三人の話しぶりからおおよその事情は分かった。


 若瀬良さんは元々その先輩に好意を向けていたけど、何かの拍子で自分ではなく鴉庭さんを想っていたことを知ったんだろう。

 単に闇姫の人気に嫉妬していただけと思いきや、そんな背景があったとは。


 けれど先輩は先日の告白で玉砕。

 目に見えて落ち込んでいたことから周囲も事情を察し、休日の間に若瀬良さんの耳に入ったことで、積もりに積もった不満が爆発した結果がこの呼び出しなのだろう。

 ある程度の憶測はあれどおおまかにはこんな感じか。


 ……正直、なんだそれと呆れずにいられない。


 だって彼女達がしているのは、告白を断られて落ち込んだ先輩を口実に鴉庭さんを責めているだけなのだから。

 先輩から報復を指示されたのならともかく、三人の様子を見る限り私刑と私怨に走っているのは明らかだ。


「はぁ……」


 この呼び出しがただの憂さ晴らしなのを悟ったらしい鴉庭さんが、呆れのため息をつくのも無理もない。

 もう興味は無いという風に気怠げな眼差しを三人に向ける。


「話はそれだけ? だったらもう帰って良い?」

「は?」 


 若瀬良さんは瞳孔が開くくらいの憤怒を浮かべる。

 そのまま顎をクイッと動かすと、取り巻きの二人が鴉庭さんを両側から抑え込んで離れられなくした。


「良いワケあるか! 私らを怒らせたこと後悔させてやるからな!」

「離して」

「誰が言うこと聞くか!」

「怒った玲奈は怖いよ~?」


 あぁこれはもうダメだ。

 俺はそう判断して彼女達の元へ駆け出す。


「鴉庭さん!」

「翔真……」

「あぁ?」


 俺の乱入に鴉庭さんが小さく声を漏らす。

 一方の若瀬良さんは邪魔が入ったことに酷く不愉快そうな面持ちを浮かべる。

 ギロリと睨まれて一瞬臆しそうになるが、鴉庭さんの前だと奮い立たせて毅然と踏ん張った。


「なに、巽? これからって時に邪魔して……空気読んでよ」

「か、鴉庭さんを離してくれたらすぐに行くよ」

「は? 偉そうに指示しないでくれる?」


 気分を害されて怒り心頭な若瀬良さんは、聞く耳も持たずに俺を睨み付ける。

 怖い、けど鴉庭さんを助けるためにも引くわけにはいかない。


「……ッチ」


 引き下がる素振りを見せない俺に、若瀬良さんが苛立ちを募らせていく。

 しかしジッとこちらを見ている内に何故だかニヤリと頬を緩ませた。

 その表情を目にした途端、言葉に出来ない悍ましさが悪寒となって背筋を走る。


 それは間もなく明確な形となって突き付けられることとなった。


 若瀬良さんは不意に俺の傍に近付き、チラリと鴉庭さんを見やりながら耳元で囁く。


「丁度いいわ巽。あんたさ、今から体育倉庫の中でアイツを襲ってくれない?」

「っ……するわけ無いだろそんなこと」


 予想以上に胸くそ悪い提案を逡巡するまでもなく拒否する。


「へぇ~そんなこと言って良いんだぁ? だったらあの女に教えてあげなきゃね」


 けれども若瀬良さんはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる。

 何を鴉庭さんに教えるんだ、と聞き返すより先に彼女は言った。



「──

「──……ぇ」


 俺が鴉庭さんに対して隠している秘密を。


 背筋が凍る程の戦慄が全身を駆け巡っていく。


 顔色を青ざめさせる俺の反応が面白いのか、若瀬良さんがクスクスと笑っている。


 なんで俺の過去をこの人が知ってるんだ?

 視線での問い掛けに若瀬良さんはわざとらしく首を傾げながら口を開く。


「先輩を慰めるために開いた合コンに参加して来た他校の男子にさぁ、昔イジってたオモチャの話をされたのよ。最初は興味なかったんだけど、見せて貰った写真に見覚えのある顔のヤツがいたから分かっちゃったワケ」

「っ!」


 最悪だ。

 まさか同じ中学のヤツから洩れるなんて防ぎようがないに決まってる。

 仮に中学の人達と会っても分からないと思っていたけど、若瀬良さんにバレるなんて不運としか言い様がない。


「随分あの女と仲が良いみたいだけど、本当のあんたが惨めなヤツだって知ったら失望するんだろうなぁ」

「……」


 ガクガクと震える俺に対し、若瀬良さんはせせら笑い追い討ちを掛ける。

 鴉庭さんはそんな人じゃない……そう思うのに身体は全く動けないでいた。


 もし彼女が俺に対して興味を失くしたら?

 考えなかったワケじゃないけど、目を逸らしていた可能性を改めて突き付けられ、失望された時のことばかり浮かんでしまう。

 それで独りになったら俺は……。


「今だけLINEのブロック解いたげるからさぁ、アイツのことめちゃくちゃにした写真送ってよ。そうしたら特別にグループに戻って来ても良いよ? ただもし逆らったりしたら……分かってるよね?」

「俺は……」


 投げ掛けられた条件にどう返したものか答えあぐねる。


「ほら二人とも! さっさとコイツら体育倉庫に押し込も!」

「うわっ!?」


 しかし俺に選択権はないと言わんばかりに、若瀬良さん達によって俺と鴉庭さんは体育倉庫へと押し込められてしまった。

 そのままドアを閉められてしまい、何度開けようとしてもビクともしない。

 ドアを叩いても返事はなく、完全に閉じ込められた形だ。


 ピロン、とポケットに入れていたスマホに連絡が入った。


【ヤってる声聞きたくないから離れるけど、ちゃんと約束は守りなさいよ? 写真を送ったら先生に開けて貰うように言っておくね~】


 宣言通りブロックを解除した若瀬良さんからのメッセージだった。


 密室に二人きり、鴉庭さんを襲えという命令、言うとおりにしないと過去がバラされる、八方塞がりの状況に俺はひたすら狼狽えることしか出来ない。


 どうしたらいいんだ……!?


 ========


 次回も明日の朝更新!

 次は確実に行ける。



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