闇姫は地雷系を脱ぐ

 ※修正しました。

 

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 若瀬良さんに脅されて、鴉庭さんと二人きりで体育倉庫に閉じ込められてしまった。

 

 ドアは引き戸だから鍵がなくても開けられないように出来てしまう。

 内側からではどうやっても開けることが出来ない。


 誰か来るまで待つ?

 ……無理だろうなぁ。

 何せ今日からテスト勉強週間だから部活動がない。

 誰も来ないからこそ、若瀬良さんは体育倉庫を指定したんだろう。


 スマホはあるから警察か先生を呼ぶ?

 いや後で若瀬良さんが報復で俺の高校デビューをバラすかもしれないし、次はこれくらいじゃ済まなくなる。

 それに大事おおごとになると鴉庭さんにも迷惑が掛かってしまう。


 かといって若瀬良さんの言うことを聞くなんて以ての外だ。


「──翔真」 

「っ!」


 あーでもないこーでもないと頭を悩ませていると、後ろでジッとしていた鴉庭さんから呼び掛けられた。

 驚きのあまり肩をビクッと揺らし、恐る恐る振り返る。

 

 けれども鴉庭さんはこんな状況でも無表情のままだった。

 思い返せば若瀬良さん達に凄まれても平然としていたし、普段通りの彼女にはある種の頼もしさがある。


 ……我が身可愛さでビビった俺とは大違いだ。


 そんな自嘲をしている内に、鴉庭さんが声を発する。


「さっき、何か言われてたみたいだけど大丈夫?」

「え……」


 きっと彼女は純粋な疑問から尋ねたんだと思う。

 けれども俺は心臓が締め付けられたような息苦しさに襲われた。

 

 何せ若瀬良さんが俺に話したことといえば、高校デビューを隠していた件なのだから。

 いっそ洗いざらい吐いた方が良いのかもしれない。

 でもそれで鴉庭さんに失望されたらどうする?


 いや違う、彼女はそんなことで見限るような人じゃない。

 そう信じたいのにあと一歩が踏み込めない自分の優柔不断さに嫌気が差す。

 

 二つの感情に板挟みになっていると、不意に鴉庭さんが俺の頬に手を添える。

 頬から伝わる手の柔らかさにドキリと心臓が弾む感覚と、何を考えているのかという疑問が過った。

 気怠げな紫の瞳でまっすぐに見つめられる中、ゆっくりと彼女が息を吸う音が木霊する。


「言いたくないことは言わなくて良い。言えることだけで良いよ」

「……」


 俺が何かを抱えていて、それを隠していることは悟っている。

 暗にそう告げられた一方で、こういう時に限って深く踏み込んでこなかった驚きを覚えてしまう。

 いつも困るくらいズカズカと土足で入ってくるのにズルいなぁ。


 けどその気遣いが少しだけ迷いを払ってくれた。

 

「えっと……鴉庭さんを襲わないと、俺の過去をバラすって脅されたんだ」

「! ふ~ん……」


 過去に抵触しない部分だけ話したところ、鴉庭さんは一瞬だけ目を丸くしてから考え込むように顎に手を当てる。

 少しだけ……ほんの少しだけ瞳に何か揺らめいた気がしたけど、薄暗かったのも相まって気のせいだったかと思い話を続けた。


「その……お、襲った後で写真を撮れって。そうしたら過去のことは言わないし、グループに戻って来ても良いって……」

「そっか。それで翔真はどうしたいの?」

「へ? ど、どうって……」

「アタシと一緒が良い? それとも前のグループに戻りたい?」

「……戻り、たくない」

 

 中学の話が暴露されないとしても、それだけは絶対にイヤだと言い切れた。

 仮に戻ったとしても若瀬良さんは事ある毎に過去のことをチラつかせて、前以上に好き放題するに決まっている。

 それなら秘密を抱えたままでも鴉庭さんと居る方がずっとマシだ。


 俺の返答に鴉庭さんは一度頷く。


「だったらこれからやることは一つしかないね」

「一つってどういう──って、ええぇっ!?」


 何をするつもりなのか問い掛けた矢先、目の前で起こった光景に大きな声で狼狽えてしまう。


 何故なら鴉庭さんがおもむろにブラウスのボタンを外し始めたのだ。

 咄嗟に顔を逸らしたものの、一瞬だけ下着が見えてしまった。

 しかもなんだか見覚えがあったような……って余計なことは考えるな!!


 悶々とする視界の端で彼女は躊躇う様子もなく服を脱ぎ続ける。


「な、ななん、何してるの!?」

「アタシを襲った後の写真を送るんでしょ? だから脱いでる」

「俺、襲うつもりなんてないのに!?」


 勝手に話を進める強引さにツッコミを堪えられなかった。

 理由は分かったけど決断が早いし躊躇がなさ過ぎる。

 

 ホンット、何考えてるか分からない人だなぁ!


「そ、そこまでしなくたっていいよ! 俺がその気になったりしたらどうするの!?」

「翔真になら見られても良い。なんだったらシてもいいよ?」

「みっ……見ないししないから!」

「……むぅ」


 思わず生唾を呑み込みそうな提案に一瞬だけ揺らぎ掛けるが、なんとか理性を働かせて拒否した。

 何も間違ってないはずなのに、鴉庭さんはあからさまに不機嫌な声を漏らされたが。


「でも事後の写真を送らないと、翔真の秘密がバラされちゃうんでしょ?」

「うぐっ」

「下着姿ぐらいで翔真のためになるなら恥ずかしくない。アタシを信じて」

「鴉庭さん……」


 彼女が何を考えて、どれだけの思いで行動に移しているのかは分からない。

 それでも分かるのは鴉庭さんは本気で俺の秘密を守るために、弱味を握られるのも覚悟して下着姿になっているということ。

 なのに俺は慌てるばかりで情けなくなって来る。


 本当はもっと別の方法があるのだと思う。

 けど今それを考えている時間は無い。

 

 なら……いい加減に腹を括るしかないのだ。


「翔真。こっち向いて」

「っ……うん」


 決意を固めたとほぼ同時に鴉庭さんから呼び掛けられる。

 ドキドキと逸る心臓を尻目にゆっくりを逸らしていた顔を前に向けた。

 この時まで、まるで想像もしていなかったのだ。

 

 ──目を奪われるという言葉がどれだけ的確な表現だったのかを。

 

 

 鴉庭さんが身に着けていた下着は、先日のデートで俺が好みだと指差したフリルがあしらわれたピンク色のモノだった。

 スタイルが良いなとは思っていたけど下着のみになったことで、華奢だけど凹凸のある体付きが非常に目立っている。

 ブラウスもスカートも脱いでいるのに、黒マスクと黒のオーバーニーソだけはそのままだ。

 だがむしろそれが趣のある色っぽさを感じさせ、手で若干隠している仕草から少なくない恥ずかしさが滲み出ていた。

 

 ゴクリ、と生唾の呑み込みが抑えられない。

 自分が選んだ下着を着ていたという事実に、抗い難い興奮が全身を駆け巡り沸騰させる。

 しかも目の前の人物は誰もが注目する闇姫なのだから、意識するなという方が無茶だとしか思えなかった。


 茫然とする俺を余所に鴉庭さんは畳まれた体操マットの上に寝そべったかと思うと、紫の瞳からポロリと涙が流れていく。

 目から流れる雫を見てようやく思考を取り戻した俺はギョッと驚きを隠せなかった。


「鴉庭さん!? や、やっぱりイヤだった!?」

「ん? あ、これは意識して流してるヤツだから大丈夫。泣いてる方がそれっぽくなるかなって思ったから」

「なにその謎技術……」


 目薬とか無しで意識して涙流すって女優かな?

 凄いけどいきなり泣かれたみたいで本気で焦った。

 いやまぁおかげで冷静になれ──るワケないだろ直視出来るか!!

 

 あまりのエロさにさっきからドキドキと心臓がやかましい。

 理性をフル稼働してどうにか抑えられてるけど、時間を掛けると本気でヤバいと直感している。


 可能な限り目を細めて視界を狭めつつスマホを構えた。

 

 カメラ越しに映る鴉庭さんの肢体にフォーカスが奪われそうになるが、慣れないながらもなんとかそれっぽいアングルに整える。

 腕で目元を覆いつつも涙を流してると分かるポーズの彼女を何枚も撮っていく。


 後は若瀬良さんに送るだけなのだが……。


「…………」


 いくら何でもこれはどうなのかと胸の内に躊躇いが渦巻く。

 このまま従ったところで若瀬良さんの思う壺でしかない。

 

 だけど他にどうすれば良いのか思い付くかと言われると難しいモノがある。

 すると不意に鴉庭さんが俺の手からスマホを取った。


「か、鴉庭さん?」

「翔真はさっきの写真、送りたくない?」

「……うん」


 変わらない調子の彼女の問いにコクンと頷く。

 自分の秘密を守るためとはいえ、鴉庭さんを巻き込んでしまったことが苦しいと。


 それを聞いた彼女が紫の瞳を仄かに丸くする。

 程なくしてニコリと目を細めて笑みを綻ばせた。


「……だったら、アタシのは送らないでおこっか」

「へ? でもそれじゃ──」

「ちょっとだけ操作していい?」

「……うん」


 鴉庭さんは何か案があるように思った。

 何を考えてるのか分からなくとも、決して俺を陥れるようなことはしない。

 それだけは漠然ながらも信じられる気がしたから。


 そうして鴉庭さんはもう片方の手で自分のスマホを操作しながら、俺のスマホも同様に何かを打ち込んでいく。

 やけに手慣れた両手の操作に感心している間に、鴉庭さんは数枚の写真を若瀬良さんへと送っていた。


 ──顔をアップで撮った一枚以外は別人の写真を含めて。


「えっ。こ、これってバレたりしない?」

「今日は体育無かったし、アタシがどんな下着着けてるか知らないからコロっと信じるでしょ」

「秒で同じ体育倉庫が背景の写真を見つける方も凄いんだけど……」

「自撮りの参考にしてるだけ」

「そ、そうなんだ……」


 そう返しながら見せられたLINEのトーク画面には既に若瀬良さんから返信が来ていた。


【なんでマスク取ってないんだよ】


 最初の一枚以外は別人だというのに、若瀬良さんは本当に気付いてない様子だった。

 しかしいずれの写真もマスクを着けているのは疑問に思ったらしい。


 そんな疑念に対して鴉庭さんはポチポチと打ち込んでいく。


【服を脱がせた途端、許してって泣いて謝り出したんだよ。反省したみたいだし、これ以上は流石に可哀想かなって思ったんだ】


 エミュうっま。

 俺じゃ浮かばなかった文章を絶妙に俺っぽく打つとか怖いな!?


 若干の恐怖に身を震わせている間に若瀬良さんから返事が来た。


【童貞特有のヘタレな言い訳かよ。っま、弱味にはなるから十分でしょ。それじゃ今日のところは帰って良いよ】


 ……思うところがないワケじゃないけど、文面を見る限り若瀬良さんは信じたらしい。

 ひとまず鴉庭さんの下着姿を送ることは回避出来た。


 しかし手放しで喜べないのが気持ちを落ち込ませる。

 今日のところはってことは、これからも似たような脅しをすると言外に告げたのと同義だ。

 半ば予想していたとはいえ実際に見ると胸くそが悪い。

 鴉庭さんまで巻き込んでしまったのだから余計にだ。

 ともかく、さっき撮った写真は消しておいた。

 勿体ないとかじゃなくて、万が一他人の目に触れたら人生が終わるから。

 

 テキパキと写真をゴミ箱に入れていく最中、ふとある疑問が脳裏を過った。 

 いつの間にか地雷系の服を着ていた鴉庭さんに呼び掛ける。

 

「そういえば鴉庭さん。ちょっと言いにくいんだけど……マスクを取った状態で撮るのはダメだったの?」

「ダメ」

「即答」


 マスクを外した方が表情が分かりやすいかと思ったが、バッサリと断られたので断念するしかない。

 まぁダメだろうとは分かり切っていたが。


 なんて思っていると、鴉庭さんはマスク越しでも分かる程に顔を赤くして視線を外す。


「──素顔を撮られる方が、恥ずかしい」

「そ、…………っかぁ~」


 妙にズレた羞恥心の置き場にそう返す他なかった。

 

 そんなやり取りをした後、報せを受けた先生が閉じられていた体育倉庫のドアを開けてくれた。

 男女で閉じ込められていたので、校内で不純行為をしたのかと盛大に誤解されてしまったが。

 グラビア撮影紛いのことはしたけど、断じてそんなことはしてないとなんとか信じてもらい、テスト前に何をやってるんだという説教を経てようやく解放された。


 若瀬良さん達のせいだと告げることも出来たが、それでは俺の秘密がバラされる上に報復されかねないので、あくまでドアを閉めた犯人は不明だと言う他なかったのが心苦しい。


 何はともあれこれから帰宅することになったのだが……。


「げ。人身事故でしばらく運休見合わせってなってる……」


 帰りの電車の時刻を調べようとしたところ、デカデカと表示された警告文に顔を引き攣らせてしまう。

 事故が起きた時間帯を見る限り、体育倉庫に閉じ込められてなければ素通りしていたみたいだ。


 まさかの不運に嘆息しつつ、母さんに迎えに来て貰えないか連絡する。

 数秒で返事が来たが、なんと既に酒を飲んでしまったので運転出来ないというのだ。

 身内に飲酒運転させるワケにいかないので母には頼れない。


 しばらく電車は動かないし、タクシーも混んでいるだろうしそもそも運賃を払える金が手元に無い。

 かといってここから自宅まで歩こうと思うと、二時間近くは確実に経ってしまう。

 夜中に一人で歩いていたら補導されかねないのでそれは避けたい。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、不意に鴉庭さんに肩を叩かれた。


「翔真。もしかして帰る方法が無いの?」

「えっと、はい。ぶっちゃけ手詰まりです。なんなら夕食も家に帰らないと食べられないっすね……」


 隠すことなく情けなさ全開で打ち明けると、鴉庭さんは何やら考え込む素振りを見せる。

 やがて顔を上げた彼女は紫の瞳で俺を見つめながら告げた。



「──だったらウチに寄る?」

「……へ?」 


 その提案を耳にした瞬間、愕然としてしまったのはどうか許して欲しい。


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 次回も明日に更新!

 締め切りがやばいー!!


 

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