闇姫とのデート 前編



 鴉庭さんとデー……出掛ける日、俺は待ち合わせ場所のワチ公像前に来ていた。


 上は紺のTシャツの上に白のジャケットを羽織り、下はジーンズというシンプルながらも爽やかさを醸し出す、妹渾身のコーデを身に纏っている。

 髪型はいつもおり念入りに手間を掛けて外ハネにしており、澄空からは『これなら鴉庭さんも惚れ直すよ!』なんてドヤ顔をしていた出来映えだ。


 惚れ直すもなにも、まだそうと決まったワケじゃないんだが……。

 そんなツッコミは『ヘタレ』の一言で片付けられた。

 解せない。


 なんて回想も程々に鴉庭さんが来ていないか周囲を見渡す。

 土曜日とあって人集りがあるが、恐らく今日も地雷系を着てくるであろう彼女を捜すのは問題ないはずだ。


 そう思っていたら案の定、ピンクのフリルブラウスと赤のベルトが巻かれた黒のプリーツスカート、黒色のニーブーツに白のオーバーニーソという、明らかに浮いた服装の女子が見つかった。

 黒と紫が混じった髪をツーサイドアップに束ねていて、いつもの黒マスクも着けているのでとても分かりやすい。


 もはや見慣れた格好に安堵しつつ、鴉庭さんの元へ駆け寄る。


「お待たせ、鴉庭さん!」

「おはよ、しょう……」


 俺に気付いた鴉庭さんは一瞬だけ笑みを綻ばせたが、すぐにスンっと無表情になってしまった。


「えっと、どうかしたの?」

「………………別に」


 頬を掻きながら尋ねるも、鴉庭さんはどこか不満げな面持ちで素っ気なく返した。


 いや絶対に何か思うところあったヤツだって。

 俺の服装に対して気に入らない部分があったけど、諍いを避けて呑み込んだようにしかみえない。


 おい、話が違うじゃねぇか妹よ。

 惚れ直すとか言ってたけど正反対のリアクションだよこれ。

 自分では決めたつもりなのに、相手にはウケなかったってかなり傷付くんだけど!?


 ジクジクと痛みを訴える胸に手を当てていると、不意に鴉庭さんの両手が俺の頭に伸ばされた。


「わっ、鴉庭さん!?」

「……よし」


 ワシャワシャと整えた髪を乱され、訳も分からずされるがままになっている内に解放された。

 何やら一仕事終えたみたいな満足感を出す鴉庭さんを余所に、スマホのカメラ機能で髪がどうなったかを確かめる。


 ピンと跳ねていた毛先が悉くストレートにされていた。

 というか学校に行く時の髪型になってる。


 これくらいなら今の服装でも違和感ないけど、せっかく決めただけに少なくないショックを隠せない。


「……髪、似合ってなかった?」

「ううん。ただこっちの方が良いと思っただけ」


 それを似合ってないというのでは?

 なんて野暮なツッコミを内心で浮かべつつ『ありがとう』とだけ返した。


 やっぱり鴉庭さんの考えてることはよく分からない。


 一個分かったと思えば、また別の不明点が出て来る掴み所の無い性格に困惑する他なかった。

 そんな感傷も程々に俺達のデートが始まった。


 ========


 最初に向かったのは駅地下にあるアパレルショップだ。

 十代~二十代向けの衣服を取り扱っていて、ここで新しい服を選ぼうということになっている。

 所持金については問題ない。

 何せ息子の初デートだとはりきった母さんから、絶対に余るだろうってくらい貰っているからだ。


 余った分はそのまま懐にしまって良いそうだが、鴉庭さんが関係してないことに使うなと釘を刺されている。

 金額は不自由ないのに使い道に自由が無い金とは。


 まぁなんにせよ買いたい服を金額で諦めるなんてことにはならない。


「ん~……」


 鴉庭さんが二枚のメンズ服を交互に見やって悩ましげな声を漏らす。

 まずは俺の服から選ぶ流れになったのだが、普段は気怠げな紫の瞳はいつになく真摯な色を帯びている。


 こういう時って当人より本気になる人っているよなぁ。

 悪い意味ではなく、自分のために真剣になってくれている姿に確かな嬉しさを覚えるのだ。

 そんな相手に余計な口を挟んで気分を害さないよう、俺は黙って着せ替え人形に徹する。


 そういえば昨日、服を選ぶと知った澄空がこんなこと言ってたっけ。


『服を選び合う!? そんなのほぼ告白じゃん!』


 何故なのかというと、次に出掛ける際に選んだ服を着て来て欲しいという合図なんだとか。

 これが一回きりのデートではなく、以降も同じ時間を過ごしたい意志を暗に示しているらしい。

 聞いた当初は発想が飛躍し過ぎてると呆れてしまったが、こうも真剣な鴉庭さんを見ていると、そうあって欲しいという感情が仄かに湧き上がってくる。


 一人で思考に耽っていると、ようやく決まったらしい鴉庭さんがこちらに寄って来た。


「翔真。これとこれ、試着してみて」

「うん、分かったよ」


 どこか自信ありそうに薦める彼女の言葉に従い、試着室に入った俺は手渡された服を着ていく。


「おぉ……!」


 そうして着替えた服装を鏡で見ると、思わず感歎の声が洩れた。


 薄紫のオーバーサイズの半袖のカットソーの上に黒のベストを重ね着し、グレーのカーゴパンツが合わせられている。

 全体的にゆったりとしたシルエットだが太ったようには見えず、むしろカジュアルにまとまっていて軽やかな雰囲気が出ていた。


 驚いたのはこの服装、今の髪型と合っているのだ。

 さっきまでの外ハネでも悪くないが、今の方が良いと断言出来る。

 そして着る際に見た値札から見ても合計金額は一万円以内に収まっていた。


 時間を掛けていただけに鴉庭さんは見事、俺に似合うコーデを選び抜いたと言えるだろう。


 一刻も早く彼女に見て貰おうと、試着室のカーテンを開けた。


「鴉庭さん、どうかな?」

「おぉ……」


 着替えた俺を目にした鴉庭さんは、紫の瞳を見開いて感心していた。

 待ち合わせの時には見られなかった反応が出た辺り、彼女としても会心の出来映えだったようだ。


 もちろん悩むまでもなく購入、元の服に着替えて会計を済ませた。

 もし次に鴉庭さんと出かけることがあったら着ようと思う。

 俺の服は選び終えたので、次は鴉庭さんの番だ。

 どうやら彼女は違う店で買うつもりのようで、二人で駅地下の通路を進んでいく。


 しかしながら鴉庭さんは本当に注目される。

 すれ違う人達が揃いも揃って彼女を二度見しているのだ。


 黒マスクを着けた地雷系の美少女って目立つもんなぁ。

 果たしてそんな人達の目に俺と鴉庭さんはどんな関係に見えるのだろうか。


 ……今はやめておこう。

 首を振って余計な思考を払い、気を取り直して進むこと数分。

 目的の店に着いたのだが……。


「鴉庭さん……本当に俺も入らなきゃダメ?」


 その店を前にした俺は震えそうな声で抵抗の意志を示す。

 だが闇姫様は無慈悲にも首を横に振る。


「ん。そうじゃないと一人で選ぶのと何も変わらない」

「そ、それはそうだけどさぁ……、




 ──それでもランジェリーショップは無理だって!!」


 顔を逸らしながら絶対に無理だと声を大にして主張する。


 はい、そうです。

 俺は今、女性用の下着売り場の前で立ち往生している。


 いや気まずい!

 ほんっっっっとーに気まずい以外の何物でもねぇよ。

 今も店に入る女性客に訝しげな目で見られてるもん!!

 もし鴉庭さんが一緒じゃなかったら通報されててもおかしくない気がする。


 それだけ俺の心境は非常に耐え難い羞恥心で満たされようとしていた。

 必死に拒否する俺を見つめながら、鴉庭さんは小さく眉を顰める。


「むぅ。アタシも翔真に選んで欲しい」

「普通の服なら俺もって言いたかったよ。下着はどう考えても友達の範疇を超えてますって」

「アタシは気にしない」

「鴉庭さんが良くても俺のメンタルと世間体が良くないです……」


 鴉庭さんみたいに強い心の持ち主にはなりたいけど、これは心の強弱が一切関係ないと思うんだ。

 あそこは男が迂闊に足を踏み入れて良い場所じゃない。

 針のむしろなんて目じゃない、アイアン・メイデンに入れられたような拷問に行くなんて自殺行為だ。


「か、仮に俺が選んだとしてだよ? それを見せられるの? 無理だって言ってくれる?」

「翔真になら良いよ?」

「はぇっ!?」

「ほら、行こ」

「ちょちょちょちょ待って待っていやぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」


 驚いて唖然とした隙を衝かれ、俺は抵抗虚しくランジェリーショップの中へと引き摺られて行ってしまった。

 こうなっては一歩でも鴉庭さんから離れた瞬間、羞恥心と疎外感で精神が死ぬ。  


「どう?」

「ど、どうって……」


 肩身狭い思いをする俺に、彼女は容赦無く壁に掛けられている下着を手に取って、どっちが似合うか意見を求めてくる。

 右手には黒のセクシーなレース柄、左手にはピンクでフリルの可愛らしいデザイン。

 どっちも似合いそうだというのが率直な感想だ。

 でも鴉庭さんが求めている答えはきっと、そんな差し障りの無い言葉じゃない。


 俺が心の底から似合うと思った方だ。

 なんだろうこれ、新手の拷問?

 もうどうにでもなれと、目を閉じながら無言で左側を指した。


 いや、あの……地雷系の下がこういうファンシーなのだと、ギャップがあって良くない?

 色っぽいのだと思わせておいて、順当に可愛いデザインだと物凄く良くないですか!?

 なんか自分でも何言ってるのか分からなくなって来たけど、とにかくそういうことでお願いします!!


「ふ~ん。翔真はこういうのが好き……」

「っ!?」


 誰に言うでもなくそんな弁明を浮かべる俺の耳に、鴉庭さんからトドメとも言える感想が入った。


 ……誰か俺を殺して下さい。


 藁にも縋るように祈りながら俺は茫然と立ち尽くす他なかった。


 ちなみに鴉庭さんはちゃっかり試着した。

 なんでもチクチクしないか、着け感が悪くないか確かめるためだそうだ。

 そうでないと形が崩れたりするらしい。

 ……何がとは黙して訊かなかった。


 ついでにカゴに入れられたブラのタグに『F70』と書かれていたのも見てない。

 見てないって言ったら見てないんだ!! 


 そうして精神的な瀕死状態になりながらも、俺と鴉庭さんはランジェリーショップを出るのだった……。


 ==========


 次回は明日更新です。


 普通に毎日更新より、カクコン締め切りの方がキツい←  


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