お出掛け前の準備


 告白劇と昼休みを終え、帰り道も特に問題なく過ごせた。

 心なしか鴉庭さんの機嫌がやたらと良かったのが気になったけど……まぁ手作りの弁当を褒められたからだろうと結論付ける。


 駅前で彼女の別れ、帰路を進む中で俺の思考はあることに向けられていた。


『けど最近、仲の良い男子がいるって聞いて──』


 鴉庭さんに告白したイケメンの先輩が口にしたこと。

 ここ三日で……周りの人からすれば二日か。

 ともかく大勢が遠巻きに眺めていた闇姫と俺の急接近は、想像よりも遙かに学園中の話題をかっさらっていたみたいだ。


 鴉庭さんと別れてから野々倉ののくらにメッセージを送って、闇姫の人気を尋ねてみたところ……。


【そりゃ学園一ってのも過言じゃないぜ? 服装はもちろん、マスク越しでも判る美貌と同年代の女子より豊かなスタイルも合わされば、モテない方がどうかしてるだろ】


 さも当然だと言わんばかりの返信がされた。

 告白された回数こそ少ないものの、それは彼女が呼び出しに滅多に応じないことに起因しているんだとか。

 加えて地雷系という危うさを前に臆して、高嶺の花として見つめる人の方が多いのも関係あるらしい。


 闇姫っていうのは俺が思っていた何倍も注目されていたみたいだ。

 果たしてそんな彼女と友達になった俺に対する印象はどんなモノか……ちょっと怖いけど野々倉に聞いてみた。


 その結果は……。


【なんかよく知らない男子ってところだな。包み隠さず言えばつり合ってないって認識されてる。多少の嫉妬はあるだろうし闇姫が相手じゃ、そう思われても仕方ないけどな】


 なんともまぁ予想通りというか、実に容赦の無い下馬評だった。

 野々倉は無理もないとフォローしてくれているが、俺としては胸の疼きを避けられない。


 いくら自分達は友達だと言っても、周りが同じように受け止めるとは限らないのだ。

 頭ではそう分かっていても、やっぱり俺が足を引っ張っている事実に悲痛を覚えてしまう。


【だからこそ皆、たつみが闇姫と仲良くなりだしたことにビックリしてるんだよ。若瀬良が何もしてこないのは、噂が上手い具合に抑止力になってるからだろうなぁ。ほら、話題真っ只中の二人にちょっかい出してみろ? 善し悪しはともかく望まない注目を浴びるのはアイツも本意じゃないんだよ】


 付け加えるように知らされた、若瀬良さんが大人しい理由にそういうことかと納得したモノだ。

 しかし同時に自分より目立っている俺達が気に食わないと、グループに愚痴っているらしく、それに野々倉を付き合わせてしまっているのは申し訳なかった。


 アイツは気にするなって言ってくれてるけど……あまり防波堤扱いはしたくない。

 なんとか若瀬良さんの不興を買わず、野々倉だけでも抜けさせられる方法がないものか……。


 そんな無い物ねだりをしている間に自宅へ着いた。


「ただいま~」

「おかえり。兄さん」


 玄関に入った俺を出迎えてくれたのは、セーラー服を着た澄空そらだった。

 一歩先に帰宅したばかりのようだが、何故か身体を傾けて俺の後ろを覗こうとする奇行を見せる。


「……何やってんだ?」

「いや、今日は鴉庭さんは一緒じゃないんだなって」

「昨日は澄空が誘ったからだろ。明日一緒に出掛けることになったから、その準備のために駅前で別れたんだよ」

「えっ!? 兄さん、鴉庭さんと出掛けるの!?」


 俺の返答に澄空が目を丸くして驚愕する。

 そんなに驚く?


 だが俺の困惑など余所に澄空は興奮した面持ちで詰め寄ってくる。


「それってデートだよね!? 兄さん、当日のコーデさせて貰って良い?」

「コーデは構わないけどデートじゃないからな?」

「いやいや鴉庭さんって休日に友達と出掛けるタイプじゃないでしょ? なのに兄さんとは出掛けるなんて、デート以外の目的があるように思えないし」


 まだ知り合って一日しか経ってないのによくご存じで。


「……考えすぎだろ」

「えぇ~。兄さん、今ドキ鈍感系は逸ってないんだよ?」

「やかましい」


 呆れたような眼差しを向ける澄空に素っ気なく返し、洗面所で手を洗い部屋着に着替える。

 その直後、スマホに着信が入った。

 画面に表示された送り主は鴉庭さんだ。


【明日の予定】


 実に彼女らしい簡潔な冒頭文から始まったのは、明日の外出で向かう場所だ。

 こういうのって俺の方で決めたり、もしくは当日で明かすべきなんかじゃないかと思うけど……。


【事前にどこ行くかお互い把握した方が楽】


 とのことらしい。

 情緒もへったくれもないけど、変に齟齬を起こして要らない諍いを避けるという意味では、確かに理に適っていると言える。


「それって明日の予定? 意外にマメだね~」

「ちょ、見るなよ」


 リビングのソファに座ってメッセに記された予定を読んでいると、いつの間にか後ろから眺めていた澄空が感心したような声を漏らす。

 慌ててスマホを隠すが、妹は眉を寄せて不満げな面持ちを浮かべる。


「いいじゃん別に。行き先が判ればコーデの方もしやすいし」

「うっ……」


 そう言われては弱ってしまう。

 ファッションの勉強は欠かしていないが、知識量に寄らないセンス面に関しては澄空の方が優れている。

 鴉庭さんに幻滅されないように、周りから彼女と少しでも対等に見られたいのなら妹の助力は必須だろう。


 観念した俺は空似もスマホが見えるようにしながら画面に向ける。


「ふむふむ。服を選んでから昼食、その後は……えっ、カラオケ!?」

「なにビックリしてるんだよ。鴉庭さんだってカラオケくらい行ったって良いだろ?」

「いやそっちじゃなくて! ……兄さん。やっぱりこれ脈ありなんじゃない?」

「はぁ……すぐに恋愛事に結び付ける癖、母さんにそっくりだよなぁ」

「失礼な。私はTPO弁えてるし」


 心外だという風にジト目を浮かべる澄空に呆れつつ、脈ありだと抜かした弁明を聞くことにした。


「それでなんでカラオケに行くってだけで脈ありなワケ? 一軍の時も行ったことあるぞ?」


 ちなみにその時、俺と野々倉は初めの一曲しか自分で選べなかった。

 知らない曲は萎えるとか言われ、残りは時間が許すまで女子三人に決められ続けたのだ。

 むしろこっちからすれば向こうの選曲が何一つ判らなかったが。


「あのさぁ、その時は五人くらいだったでしょ? カラオケってどんな内装だったか思い返してみて?」

「? そんなに広くない個室で大きなテレビ画面がある」

「よろしい。でも女子はそんなとこで恋人でもない異性と二人きりになろうとしないの。なんでか分かる?」

「……何かされるかもしれないから?」

「正解! そして明日のデートは二人だけ。鴉庭さんからカラオケに誘ったってことは、兄さんとならそういう雰囲気になってもいいってことだよ!」

「え、えぇ~……」


 やけに力説されたが、いまいち信じられない気持ちが強い。

 というかカラオケって歌う以外のことする場所じゃないだろ。

 明日そこに行くのに余計な思考を植え付けないで欲しい。


 渋い面持ちを浮かべる俺のリアクションが不満なのか、澄空は頬をひくつかせながら続ける。


「と、とにかく明日は本気で臨むように! じゃないと鴉庭さんに失礼だからね!」

「初めからそのつもりだよ」

「よし! それじゃ早速コーデを考えよっか!」

「今から!? もうすぐ夕食じゃ──」

「ご飯は後で温めれば良いから、思う存分着飾ってやりなさい! 澄空!」

「ラジャー!」

「母さん!?」


 いつの間にか聞き耳を立てていたらしい母さんの後押しもあり、俺は空腹のまま自室へと連れ去れるのだった。

 なんで当事者の俺より周りの方が意欲的なんだろうか。


 テンションの高い二人に振り回されつつ、鴉庭さんとのがいしゅ──デートの日を迎えることになった。


 ========


 次回も明日に更新出来るように頑張ります!

 というか二話更新くらいしないと期限に間に合わな──()


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