闇姫、やっぱり断る
午前の間、
単に俺達に関心が無くなったから……ということはなく、時折視線を感じるので不満がダダ漏れなのは見て取れる。
依然として嵐の前の静けさを彷彿とする恐ろしさはあるけど、すぐにどうこうすることはないと思いたい。
それより目下の問題はラブレターで昼休みに誘われた鴉庭さんだ。
時間になるや俺は彼女と共に指定された裏門へと向かう。
見つからないように裏門を出てすぐの死角に身を隠し、鴉庭さんの様子を窺えるようにする。
少し待っていると、一人の男子がやってきた。
ってイケメンじゃん。
明らかに運動部でエースやってそうな爽やかなイケメンだ。
ネクタイの色からして二年の先輩だろう。
確か一軍グループに居た頃、若瀬良さん達が二年生に凄いイケメンがいるとか言ってた気がする。
あまりに興味無かったからハッキリと思い出せないや。
……俺も鴉庭さんのこといえないな。
さてそんな彼は普通の女子だったら目を奪われてそうだが、相手は闇姫こと鴉庭さん。
アイドル級のイケメンを前にしても、退屈そうに気怠げな面持ちを浮かべている。
見ようによっては恋愛ドラマの一場面に見えるが、そんな時でも鴉庭さんは特に気にした素振りを見せないまま顔を合わせた。
瞬間、イケメンの顔がほんのりと赤くなる。
「え、っと……こんにちわ。鴉庭さん」
「ん。ども」
「まさか来てくれるなんて思わなかったよ」
えっなにその発言、鴉庭さんって告白の場にすら来ないことあるの?
あぁでも今朝の様子を思うと納得しかない。
顔も名前も知らない相手から告られても面倒だと、若瀬良さんも話していた記憶がある。
他人に興味を持たない鴉庭さんからすれば、わざわざ応じる必要性を感じないのかもしれないな。
あれ?
ということはイケメン先輩から見れば、ラブレターの呼び出しに応えてくれたように見えるのか?
けど鴉庭さんの返答はノーだと決まっている。
……もしかしなくとも、普通にフラれるより残酷な結果を後押ししちゃった?
気付いてしまった事実を前に罪悪感を覚えている間にも、二人の話が進んでいく。
「いきなり手紙で呼び出したりしてゴメンね?」
「早くお昼食べたいんで手短にお願いします」
「え? あ、う、うん……」
御託は良いからさっさと要件を言えという圧を感じ取ったのか、イケメンの先輩が若干涙目になりながら頷く。
どうみても告白される側の態度じゃない。
あまり好きな人を不快にされるのは本意でないと、先輩は意を決した面持ちを浮かべた。
「その……一目見た時から、凄く魅力的な子だと思ったんだ。だから……僕と付き合って下さい!」
頭を下げて胸の内に秘めていた想いを打ち明ける。
この場面だけみればまさに青春の一幕と言えるだろう。
影で立ち聞きしている俺も空気にあてられてドキドキしそうだった。
「初めは遠目で見るだけで満足のつもりだった。けど最近、仲の良い男子がいるって聞いて、せめて気持ちだけでも伝えたくなったんだ!」
告白に踏み切った経緯に俺が関係してるのかよ!!
闇姫の人気を侮り過ぎてたなぁ。
そんな熱い告白を受けた鴉庭さんはというと……。
「……ゴメンなさい。あなたとは付き合えないです」
呆気なく、けれども彼女にしてはやんわりと断る。
その言葉を受けた先輩が顔を上げると、その表情は悲痛を堪えるように強張っていた。
先輩は再び顔を伏せ、肩を揺らして深呼吸を繰り返して平静を取り戻していく。
「そっか。……うん。言葉にして伝えて良かった」
それだけ言って先輩は足早に去って行った。
元より分かり切っていた結果だったとはいえ、なんとも浮かばれない気分になってしまう。
特に立ち聞きしていた分、罪悪感がハンパない……。
「翔真、終わったよ?」
「うわっ!?」
思考に耽っていたせいで鴉庭さんの接近に気付かず、不意に呼び掛けられて声に驚いてしまった。
告白を断った後だというのに、彼女の表情に陰りは見当たらない。
「ご、ゴメン。ちょっと考え事してた……」
「そっか。それより早くご飯食べに行こ?」
「う、うん」
鴉庭さんの言葉に従い、昨日と同じく体育館裏のベンチに腰を下ろした。
「はい、翔真の分のお弁当」
「ありがとう、鴉庭さん」
告白されたことなど無かったように渡されたお弁当をおずおずと受け取る。
包みを解いて露わになったのは、紺色の長方形の二段弁当だった。
一段目は卵焼き、ミニハンバーグ、マカロニサラダ、ウィンナー、ブロッコリーといった彩り豊かだ。
二段目はお米が入っていて、上にはおかかのふりかけが掛けられている。
見栄えはかなりよく、見ただけで空腹感がさらに増した気がした。
「おぉ~美味しそう!」
「ん。召し上がれ」
「いただきます!」
箸を持って最初に選んだのはミニハンバーグだ。
男なら食い付かないワケがないだろうそれを一口で頬張る。
「!」
瞬間、口の中に広がった肉の旨みと柔らかさに目を見開く。
冷めているのに硬くなくて、ケチャップソースの酸味と細かく刻まれたたまねぎの甘さが絶妙に絡まっている。
一回、二回と咀嚼する毎に肉汁が溢れ出て最高の味を作り出していた。
「美味いよ、鴉庭さん!」
「……良かった」
率直な感想に鴉庭さんが少しだけ声を弾ませた。
元々お腹が減っていたのもあり、俺は次々に箸を進めていく。
卵焼きはもちろん、マカロニサラダにはマヨネーズのくどさはなく、全体的に甘めな味付けが食べやすい。
ウィンナーも冷めていながら皮はパリッとしていて、中はジューシーさを保っている。
色んな味を堪能したあとで、ブロッコリーのさっぱりした風味でリセットし、再び別の具材に手を出していく。
二段目のお米もしっかりとした噛み応えがあり、おかかの塩加減が非常に良いアクセントになっていた。
気付けばあっという間に食べ終わってしまい、少々名残惜しさを覚えながら両手を合わせて『ごちそうさま』と感謝をする。
「本当に美味しかったよ。ありがとう鴉庭さん」
「翔真が喜んでくれてよかった」
「こんなに美味しいなら毎日食べたって飽きないくらいだよ!」
「っ……大袈裟」
褒められまくって照れくさくなったのか、鴉庭さんはマスクを着けたまま手で口元を多いながら顔を逸らす。
流石に直球で言い過ぎただろうか?
でも今の言葉じゃ足りないくらい俺は感激している。
「いつか鴉庭さんと結婚する人は幸せ者じゃないかな」
「! ホント?」
「嘘なんて言わないよ。本気で羨ましいなって思う」
「っ」
冗談などではないと念を押して告げれば、鴉庭さんの紫の瞳が大きく見開かれる。
珍しい表情だなと思いつつ、お茶を飲んでゆっくりと一息つく。
「毎日食べたい……結婚したら幸せ……ふ、ふふ、ふふふふふふ……絶対になろうね、翔真……♡」
鴉庭さんが小声で発していた言葉はよく聞き取れなかった。
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次回の更新も明日……は流石に無理かも知れない(ーдー;)
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