闇姫へのラブレター
「ゴメンね、鴉庭さん。ウチの母さんが迷惑掛けて……」
電車に乗って一息ついたところで、鴉庭さんに向けて謝罪する。
対する彼女は無表情のまま手を振った。
「ううん、大丈夫。アタシのお姉ちゃんもあんな感じだから」
「え゛……。なんかいざ会うのが怖くなって来た」
失礼な物言いなのは承知の上だが、母の騒がしさを知っていると尻込みしてしまう。
あんな性格の人がもう一人いるとか考えたくない。
一旦忘れよう、うん。
そう自己完結して思考を切り替えることにした。
「き、昨日帰ってからお姉さんに何か言われなかった?」
「大丈夫」
「そっか。なら良かった」
端的な返事ではあるものの、鴉庭さんが大丈夫だというのならそうなのだろう。
そういう見栄を張るような性格でないことは、三日目の付き合いでもよく分かる。
「翔真のお母さん、いい人そうだった」
「恋愛脳を除けばそうだろうけどね……ちなみに母さんの名前って覚えてる?」
「…………ちよこさん?」
「ぶっ、アッハハハ! 一文字も掠ってない!」
眉を顰めて熟考した末に出した答えに、堪らず噴き出してしまった。
思い切り笑われたのが悔しいのか、鴉庭さんに肘で突かれて抗議される。
「難しいけど、翔真の家族だから頑張って覚えるつもり」
「その執念はどこから来るの……?」
少しだけムスッとしながら口にした宣言に思わずドキリとしてしまう。
クラスメイトの名前は積極的に覚えようとしないのに、俺の家族は覚えるってなんか勘違いしそうになる。
いやいや母さんじゃあるまいし、なんて脳裏に過った可能性を振り払う。
「そういえば翔真。約束通り、お弁当作ってきたよ」
「!」
「楽しみにしててね」
そう期待を煽るように告げる鴉庭さんは、優しげに目を細めて微笑む。
どんな盛り付けなのかは一切伝えられてないので、さっき朝食を済ませたばかりなのに空腹になったような錯覚が走る。
料理の腕自体に何も不安はない。
むしろ美味しいからこそ期待感がいっそう高まってくる。
「……今から欲しいって言ったらダメ?」
「ダメ」
ダメ元で口にした提案はにべもなく却下された。
なのに全く残念な感じがしないのは、昼休みになれば食べられるという保証があるからだろう。
そうして話し込んでいる内に学園の最寄り駅に着いたので、電車を降りて徒歩に切り替える。
今日も闇姫の登校姿は他の人達の注目を集めていた。
当然、隣を歩いている俺に対しても視線は向けられ、その大半が嫉妬と勘繰りで占められている。
少しだけ肩身が狭い思いをしながら、下駄箱に着いて靴を履き替えようとした時だった。
はらりと、視界の端で何かが落ちたのが見えた。
よく見るとそれは白い長方形になっていて、封代わりに貼られているシールがやけに目立つ。
それが手紙だと察した瞬間、胸が重くなるような動揺が走る。
朝の下駄箱に入っている手紙といえば、ラブレターしか思い当たらないからだ。
デジタル化が進んでいる令和の時代になんとも奥ゆかしい誘い方である。
闇姫と呼ばれる鴉庭さんがモテるくらい分かっていたはずなのに、いざこういった誘いを見るとどうしようもないくらい胸がざわつく。
一軍グループを抜けた今、鴉庭さんに恋人が出来たりしたら一人になるからというのもある。
でも一番比重が大きいのは、今までに無いくらい楽しく思える時間を過ごせなくなることだった。
軽く想像しただけでも寝込みそうな悲観を、首を振ってなんとか払う。
告白されたからといって彼女が応えるかどうかは別だ。
冷静になるように言い聞かせていく。
ラブレターを目にした鴉庭さんは一体どんな反応をするんだろうか。
そう思って彼女を見やるとローファーから上靴に履き替えており、落ちた手紙に一瞥もくれることなくスタスタと歩き出し──ってオオィッ!!?
「鴉庭さん、これキミ宛ての手紙だよ!?」
「?」
スルーした鴉庭さんを呼び止め、手紙を拾って差し出す。
手紙を目にした彼女は今初めて見たという風に首を傾げる。
「それ、翔真が書いたの?」
「いや俺じゃなくて別の誰かだけど……」
「じゃあその辺に捨てといて」
「すっげぇ無情」
然したる興味を見せないまま切り捨てられてしまった。
ラブレター貰ってそこまで無関心な人っているんだ。
あまりにも淡泊な反応を前にすると、さっきの動揺が幻みたいに消え失せていた。
なんか色々考えてた自分がアホらしく思えてくるし、なんなら名も知らない手紙の送り主が憐れに感じる。
「こういうのって無視する方が却って厄介事になると思うよ。断るにせよ、せめて面と向かって伝えた方がいいんじゃないかな」
「面倒」
「そう言わずにさ。万が一のために俺も影で見守るから」
「…………翔真がそこまで言うなら」
物凄く渋々といった調子だが、鴉庭さんを諭すことが出来た。
これで最悪の悲劇は回避されたと言えるだろう。
どのみち失恋濃厚そうな点については目を瞑る他ないが。
話も一段落したところで、俺も上靴に履き替えて校内に足を踏み入れる。
隣を歩く鴉庭さんは手紙の封を切って中身を読みだした。
興味なさそうに眺めているなぁと思った矢先、彼女の眉間に少しだけシワが寄ったのが見えた。
「行くの、イヤになって来た」
「どうして? 手紙にはなんて書いてあったの?」
「昼休みに裏門前で大事な話があるって」
「別に不快になるようなことは書かれてないみたいに聞こえるけど……」
「昼休み、翔真と過ごす時間が減る」
「あ~……」
思わぬ不意打ちにドキリとさせられて、照れ臭さから視線を外す。
俺に対する優先度の高さと、他に対する関心の低さに複雑な動揺が隠せない。
極端だなぁと思いつつ、苦笑を浮かべながら口を開く。
「そりゃ俺も思うところあるけど、友達なんだから休日とかも遊びに行ったりすれば帳消し以上にはなるでしょ?」
「ホントに? 良いの? それじゃ明日の十時にワチ公像前に待ち合わせて一緒に出掛けよっか」
「何もかも早いし唐突だね……」
グルンっと首がこちらに向いた時に悲鳴を上げなかったのを褒めて欲しい。
それくらい鴉庭さんの食いつきぶりが怖かった。
予定の詰め方がテトリスのプロ並みに早くて
ま、まぁ元から予定は無かったし良いんだけどさ。
もう少し情緒というか順序が欲しかった気がしないでもない。
「ふっ、ふふふふふ……明日、翔真とデート……!」
「っ。デート、ね」
なにはともあれ休日に俺と出掛けられると決まった途端、鴉庭さんの足取りが少しだけ軽くなったように見えた。
加えて考えないようにしていたワードを口にされて動悸が抑えられない。
そう意識すると、勘違いだと頑なに遠ざけていた感情が脳裏にチラついてくる。
──まだ、そういうのじゃない。
胸と一緒に抑えながら思考を切り替える。
教室に着いたら
それに昼休みになったら、鴉庭さんへの告白を見守る必要もあると言い聞かせていく。
傲慢なのは百も承知だし、手紙の主には申し訳ないけど、彼女が頷かないと確信してしまっている内心を見ない振りをしながら。
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次回は明日の朝……に更新出来たら良いなぁ(弱気)
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