闇姫のサプライズ


 翌朝。

 俺は寝惚け眼で洗面台の前に立つ。

 眠くて仕方ないけど、今日も学校なので寝坊するワケにはいかない。


 昨日は母さんに鴉庭さんのことを洗いざらい吐かされる羽目になった。

 元はといえば口を滑らせた自分が悪いのだが、話すまで玄関から動かさないと脅されては仕方が無いと思う。

 

 昨晩のことを思い返しながら朝支度を済ませて、朝食のためにリビングへ移動する。

 ドアを開ければ、先に起きていた母さんと目が合った。


「……おはよ、母さん」

「親の顔を見るなり随分とイヤそうな顔するじゃない、翔真」

「昨日、あんなに尋問されたんだから当然だろ」


 俺より遅く寝たはずなのにやけに元気な母に呆れながら挨拶を交わす。


「せっかく私が黙ってたのに、口走った兄さんの自己責任でしょ」

「ぐ……」


 先に朝食の席に着いていた澄空から苦言を刺される。

 いくら自省していたとしても、身内に言われるとどうしても痛いモノだ。


「お母さん的には口を滑らせてくれて良かったけどね~」


 あっけらかんと笑う母に何も言い返せない。


 母──たつみ真尋まひろは朗らかな性格だが、恋愛ドラマを観るのが生き甲斐と語るほどの恋愛脳の持ち主だ。

 澄空に告白された感想を聞くことは日常茶飯事で、俺も高校デビュー時に何人の女子に話し掛けられたか尋ねられた。


 尤も一軍女子達の話をしたら、明らかに冷め出して縁を切るように言われたけど。

 強制こそしなかったものの、母なりに俺の学校生活を案じてくれてたんだろう。

 鴉庭さんがいなかったらどうなってたか……まぁ母的にはその鴉庭さんとの仲が今のトレンドみたいだが。


 朝食のパンをトースターに入れて焼けるのを待っていると、母さんから話し掛けられた。


「良かったわ~。翔真にもやっと気になる子が出来たみたいで」

「だから昨日も言っただろ。鴉庭さんとはそういうのじゃないって」

「どうかしら? 聞いた限りだと、翔真とは相性良さげだと思うけど」

「面白がってなければ素直にありがたみを感じれた言葉をどうも」

「それで次に鴉庭ちゃんを家に呼ぶのはいつ? お母さん、絶対に予定合わせるから早く教えなさい。馴れ初めとかもっとたくさん聞きたいわ!」

「早い早い。気が早すぎて何段かすっ飛ばしてるから」


 これでもかと目を輝かせて鴉庭さんに会いたいと主張して来る。

 逸る様子の母を前にすると、昨日は本当に合わなくて良かったと思ってしまう。

 もし顔を合わせてたら……鴉庭さん、家に帰れなかったんじゃないか?

 

 そうなると母さんがノリノリで外泊を提案しそうだ。

 あれ、でもどうしてだろう。

 鴉庭さんが断るビジョンがまるで浮かばないどころか、むしろ即答で泊まるとか言い出しかねない気がしてきた。

 もしかして俺が思っていた以上の事態になってもおかしくなかったのか?


 軽く想像しただけで震えそうになっている間に、トースターで焼いていたパンが顔を出した。


 バターを塗ってからパクリと一口頬張る。

 うん、美味い。

 ちょっとだけ戦慄していた心が和らいでいく。


 パンを食べきり、渇いた口の中を潤すために牛乳を飲む。

 デザートにバナナを食べて朝食は終わり。


 そして後は鴉庭さんと約束した時間までリビングで過ごす。

 スマホでニュース記事を眺めている時だった。


 ──ピンポーン。


「あら。朝なのにインターホンが」

「誰かのイタズラ?」

「翔真、ちょっとドアホンで見てくれる?」

「へーい」


 ピンポンダッシュのイタズラを疑いつつ、ドアホンのカメラに映された外の様子を窺う。

 対応ボタンを押して画面に映し出されたのは……。


「え。鴉庭さん!?」


 もはや見慣れて来たまである地雷系を着た鴉庭さんだった。

 黒と紫のフリルブラウスは、昨日のモノと比べてリボンが多い気がする。

 今日の髪型は全体的にカールを巻いたフワフワ系で、紫のカチューシャリボンが可愛らしさを押し出していた。

 

 って服装の感想を浮かべてる場合じゃない。

 どうして駅前で待ち合わせの予定だった鴉庭さんが家に来てるんだ!?

 これじゃ俺が登校時間をずらした意味ほぼ無くなってないか?

 それとも忘れ物があるのかと思い、玄関から出て彼女と対面しに行く。


「お、おはよう鴉庭さん!」

「おはよ、翔真」


 今日も今日とて鴉庭さんは無表情かつ平坦な声で挨拶を返して来た。

 

「な、何か忘れ物でもあった?」

「ううん。駅で待つより思い切って翔真の家に来ただけ。ビックリした?」

「だけって……サプライズにしては心臓に悪すぎるよ」


 嬉しくないワケじゃないけど、驚愕の方が強すぎて朝なのに疲れそうな気分だ。

 というか昨日の一回でよく道を覚えられたな。

 そっちの方も考えてみれば中々におかしい。


 なんて別方向に感心が向きかけていた時だった。


「──翔真。その子が鴉庭ちゃんなのね?」

「ハッ!?」


 後ろから聞こえてきた期待の篭もった声に、全身をビクッと揺らすほどの緊張が走る。

 首が回る勢いで振り返れば案の定、腕を組んだ母さんが仁王立ちしていた。

 

 いやなにその佇まい。

 そうツッコミを入れる間もなく、母さんは靴を履いてスタスタと鴉庭さんの前に立つ。


「初めまして、私は巽真尋まひろ! 翔真の母親よ!」

「……初めまして。鴉庭なな、です」


 そのまま彼女の両手を取って興奮しながら自己紹介をした。

 突然の母の行動に、鴉庭さんは珍しく困惑した様子で名乗り返す。


 そんな彼女の反応が琴線に触れたのか、母さんは目をキラキラと輝かせながら鴉庭さんの両手を上下に揺さぶる。


「あらやだ、マスクしてても可愛いのがよく分かるわ~! 昨日、翔真から家に来たって聞いた時は凄く後悔したけれど、まさかこんなにも早く会えるだなんてラッキーね!」

「えと……アタシの方こそ、翔真のお母様と会えて良かった、です……」

「ちょっと翔真、聞いた!? 今、お義母様って言ってくれたわよ!? 結納、いつにする!?!?」

「だから気が早いって! そもそも付き合ってすらないから!」


 全速力で暴走する母さんから鴉庭さんの肩を抱いて引き離す。

 なんで朝からこんな元気なんだか……。


 そうして呆れる傍ら、両手から伝わる鴉庭さんの身体の細さに驚きを隠せなかった。

 いや腕細すぎじゃない?

 ちょっとでも力を込めたら壊れそうな繊細さに手が震えそう。

 

 にもかかわらず、服越しでも分かる二の腕の柔らかさに無性にドキドキと心臓が加速する。

 心なしか鴉庭さんの耳がほんのり赤く見えるような……。

 その真偽を確かめるより先に、チラリと母さんの方へ視線を向ける。

 俺が引き離してから妙に静かなんだよなぁ。

 訝しみながら見やった母はというと……。


 ──両手を組んで神に感謝を捧げていた。


 いやなにしてんだ。


「母さん、なにやってんだ?」

「見て分からない?」

「意味が分からないから言ってるんだよ」

「翔真は知らなくていいことよ」

「あ、うん。じゃあそろそろ行くから」


 これ以上、玄関先で無駄話をしていたら遅刻する。

 リビングからカバンを持ってきて、鴉庭さんの手を引きながらそそくさと家を出ていくのだった。


 ========


 次回から一日一話更新となります。

 でもストックがガチのカツカツでヤバい(´・ω・`)

 朝に更新出来なかったら夜になると思って下さい。

 

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