授業中の闇姫
朝から憂鬱な自己嫌悪を抱えたまま授業が始まった。
先生が教科書の解説をしながらチョークで黒板に書き込んだ内容を写していく。
至って普通の授業なんだけれど……。
「(じ~……)」
「……」
見られてる。
俺から見て左隣から穴が空きそうなくらいじーっと見つめられてるよ。
昨日まで一切感じなかった視線に困惑して、まるで授業に集中できない。
俺は今、何故だか授業中にも関わらず鴉庭さんにひたすら見つめられ続けている。
えっと……何かした?
混乱する頭で必死に記憶を掘り返すが全く心当たりがない。
もしくは俺が気付いてないだけで、鴉庭さんの中の地雷を踏んでしまったんだろうか。
分からない……。
授業よりも難解な問題に行き詰まっていると、ブブッとポケットに入れていたスマホが震えたことに気付く。
最初はLINEの広告通知かと思ったが……。
──ブブブブブブブブッッ!!
うわぁぁぁぁなんか凄い振動してる!?
怖い怖い!!
明らかな異常を前にスルー出来る度胸などあるはずもなく、心の中で先生に謝りながらスマホを開いた。
「っ!」
誰か声を出さなかったこと褒めて欲しい。
スマホを震わせていたのは大量のスタンプが送られていたからだ。
ブスッとした仏頂面な悪魔のミニキャラが何匹も連投されていた。
その送り主は今もなお無言でこちらを見つめ続けている鴉庭さんだった。
闇姫と連絡先を交換して最初のやり取りがコレかよ。
予想通りのスタンプ連打に頬が引き攣りそうになる。
スマホを見ずにスタンプを送る器用さは気になるが、要件を確かめるべくトーク画面をスクロールしていく。
一番最初に送られたメッセージにはこう書かれていた。
【大丈夫?】
たったそれだけの内容なのに、どうしてか心臓を握られたような錯覚がした。
自ずと向けた視線の先にある鴉庭さんの表情は、いつも通り黒いマスクに隠れてよく見えない。
けれども気怠げなはずの紫の瞳には、俺の心内を見透かす力強さを感じた。
鴉庭さんがどんな意図でそう尋ねたのかは分からない。
対して俺の返信は……。
【何が?】
分からないことを一人で考えてもキリが無い。
だから直接当人に聞き返した。
短文でも先生にバレないように打ったから時間が掛かったけど、なんとか送れたことに安堵する。
──ブブッ。
はっっや。
秒で返信が来たんだけど。
常習を疑うほどの素早い入力に戸惑いながら内容に目を向ける。
【さっき、楽しくなさそうに見えたから】
「っ!?」
真を衝く理由に受けた衝撃のまま、バッと勢いよく
パチリと紫の瞳と目が合い、ドキッと胸が大きく弾んだ気がした。
彼女の指摘したさっき……
あの三人に気付かれてないから繕えていると思っていたけど、まさか鴉庭さんに見破られてるとは思わなかった。
グループの女子達が俺の機微に関心が無いからか、闇姫が特別鋭いからなのかは分からない。
ただ、ちゃんと見てくれている人が居る事実に少しだけ嬉しかった。
鴉庭さんなら本音を明かしても真摯に受け止めてくれる気がする。
でも……。
【ありがとう。でも今はまだ平気。言いたくなった時に話すよ】
そう彼女へ返信した。
多少の強がりは含んでいるけど、まだ時期尚早だと感じたのが理由だ。
【待ってる】
返信内容からその意図を読み取ったのか、端的だけど妙に暖かさを感じる返事が送られた。
鴉庭さんの方へ顔を向けて、またも目を奪われる光景を目の当たりにする。
──何せ鴉庭さんは、マスク越しでも分かる笑みを湛えていたのだから。
授業中なのも忘れる程の笑顔に見惚れている内に、彼女は髪を掻き上げながら机に顔を戻す。
瞬間、俺の目には掻き上げられて露わになった鴉庭さんの左耳が映り──。
「ヒェ」
今度は声を堪えることが出来なかった。
何せ彼女の左耳には幾つもの煌びやかなピアスがびっしりと着けられていたからだ。
特に際立つのが十字架を模したイヤーカフだろう、ものすっごいギラギラしてる。
アレが片方だけとか絶対に不自然だから、右耳も同じようなことになってそう。
髪に隠されていたゴリッゴリに洒落た耳に驚きはもちろん、あまり見えない細部にまで拘った執念に軽く恐怖を覚えてしまった。
入学式の時は着けてなかったけど、あれから髪型によって着けてた日もあったんだろうか。
そんな疑問で思考を埋め尽くされそうになった時だった。
「おい巽。授業中に何か怖いモノでも見たのか?」
「あ……」
声が出てしまったことで先生に授業を聞いていないことがバレてしまった。
説教こそされなかったものの、クラスの中で小さく失笑を向けられるという辱めに遭う羽目に。
その内の一人に鴉庭さんが含まれていたのが少しだけ釈然としなかった。
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午前の授業を終えて昼休みの時間がやって来た。
二限目になってから巻き返すように集中したおかげで、普段より空腹感が強くなっている気がする。
早く食べたいのを我慢しつつ、
その瞬間、グイッとカバンの紐が引っ掛かってしまった。
ちょっと引っ張れば外れるかなと身を捩ってみるが中々解けてくれない。
面倒だけど手で外そうとするけど一向に離れなかった。
一体何なんだと後ろに振り返って……ギョッと驚いてしまう。
何故ならカバンの紐は引っ掛かってなどおらず、鴉庭さんの手によって握り止められていたからだ。
「か、
引き止める意図が掴めず、おずおずと理由を尋ねる。
質問に対して鴉庭さんは顔色を変えないまま、紫の瞳でジッと俺を見つめながら言う。
「翔真と一緒にお昼ご飯を食べたいから」
「ええっ!?」
驚くなという方が無理な話だ。
てっきり放課後まで表立って関わらないと思っていただけに、まさかこうも大っぴらに誘われるなんて想像もしなかった。
ねぇこの人、一限目の時に待ってるとか殊勝なこと言ってなかったっけ?
どう見ても俺の抱える悩みを話させるために、颯爽と距離詰めようとしてるんだけど。
豊臣秀吉よろしくホトトギスは鳴かせる派ですか?
誰に言うでもなく、脳裏でそんなツッコミが浮かべる俺はひたすらに混乱するばかりだった。
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次回は明日の朝に更新します。
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