闇姫とふたりぼっちに


 闇姫こと鴉庭からすばさんから、大胆にもお昼ご飯に誘われました。


 当然、昼休みに入った直後なので彼女の誘いは他のクラスメイトの耳にも入っている。

 故に……。


「ナニィィィィ!!? あの闇姫が男子を昼飯に誘っただと!?」

「しかもアイツって今朝、闇姫と一緒に登校して来たよな?」

「名前で呼ばれるなんて羨まじいぃぃぃぃ! 俺なんてまだ存在すら認知されてないのに!」

「巽君と仲良いのかな?」

「もしかして付き合ってたり!?」


 ワァッと教室内が騒然となってしまった。

 それだけ闇姫という肩書きを持つ鴉庭さんの言動は注目の的なのだろう。


 怨嗟の咆哮を上げる男子達、色恋沙汰かと黄色い声を挙げる女子達。

 それぞれの反応を思うがまま口にしていく。


 いやあの俺、まだ返事してないんっすけど。

 もうクラスメイト達の中で誘いに乗ったことになってない?

 むしろ断る方がどうかしてるって認識なの?


 勝手に進む話に困惑する俺とは対照的に、鴉庭さんはやっぱり無表情だ。

 この騒ぎの中で一切動じてないってどんな強メンタルしてるんだよ。


 もはや感心を通り越して呆れすら出そうな時、ダンっと大きな音が割って入った。


 一瞬で静寂を齎したその音は、若瀬良わかせらさんが握り拳を机に叩き付けたせいだ。

 彼女の表情は激怒と表する他なく、いつも以上に鋭い眼差しで俺達──鴉庭さんを睨みつけていた。


「ねぇ。あんたさ……勝手に人の仲間誘わないでくれる?」


 ドスの利いた声音にクラスの誰かが固唾を呑んだのが聞こえた気がした。

 それくらい今の若瀬良さんから発せられる威圧感が凄まじいのだ。


 仲間と言われたはずの俺でも、喉が詰まりそうな緊張感が拭えない。

 しかし鴉庭さんは全く効いてないのか平然としたまま、ゆっくりと首を傾げる。


「なんで?」

「はぁっ!?」


 まさか聞き返されると思っていなかった若瀬良さんが、困惑と苛立ちを交えた声音で怒号を飛ばす。


「巽は私らのグルメンなワケ! 空気を読めって言ってんの!」


 若瀬良さんの言うことは確かに間違っていない。

 昼休みになると俺と野々倉、彼女を含めた女子三人の計五人で食堂の一角に集まり、弁当や注文した料理を食べている。

 一見すると仲良し五人グループの昼食風景だが、実際は俺と野々倉はひたすら聞き役に徹して相槌を打つことが常だ。


 俺達が話せるのは女子達から返事を促された時のみ。

 それ以外で発言したら『今、ウチらが喋ってんだけど』と不興を買うことになる。

 というか一回やらかしたからこそ、あの時の睨みを思い出して身体が震えそう。


 席に関しても俺達が先に取っておく必要があり、三人が来るまで弁当を食べずに待たなければならない。

 なんなら彼女達より先に食べ終わったら『ウチらの話聞くより、飯優先とかあり得ない』とこれまた不機嫌になってしまう。


 なんでだよ!

 昼休みなんだから食事くらい優先したっていいだろ!

 そう心の中で憤慨したことは何度もあった。


 それでも女子達……特に若瀬良さんには逆らえない。

 単に怖いのもあるけど野々倉曰く、彼女は中学の頃からずっとクラスの中心であり、反抗した相手を何人も支配下に置いてきたんだとか。 

 つまり一時の感情でも逆らった瞬間、高校生活が終わるのと同義なのだ。

 どこの女王様かと言いたくなる所業だが、ともあれクラスという空間において若瀬良さんが及ぼす影響力は計り知れない。


 けれども……。


「──翔真はどっちがいい?」

「え」


 そんなのは知ったことかと鴉庭さんは俺に問い掛ける。

 紫の瞳は周りの意志など関係ない、こちらの真意を求めるようにまっすぐだった。


 でも俺はまさか問われるとは思っていなかったから茫然としてしまう。


「ちょっと! 私を無視すんな!」


 一方で鴉庭さんの冷然とした態度に若瀬良さんが激昂する。

 自分のことを無視されているのがよほど頭にきているらしい。

 他のクラスメイトがビクビクと怯え、もっと言えば取り巻きの女子二人すら怖そうに身を引いていた。


「アタシは翔真の答えた通りにする」

「鴉庭さん……」


 剣呑な空気の中、鴉庭さんはやっぱり眉一つ動かさないまま続ける。

 その問いに対して震えそうな唇でなんとか言葉を放とうとして……。


「だから巽は私らと過ごすんだってば! それくらい分かれ!」

「──うるさい、そっちには聞いてない」

「なっ……!」


 吠えるような怒号に一切臆さないどころか、冷淡に返された若瀬良さんが言葉を詰まらせる。

 それは単に言い返されたからじゃない。

 若瀬良さん向けた鴉庭さんの目から、有無を言わさない強烈な圧が放たれたからだ。


 綺麗だった紫の瞳が、得体の知れない底なしの深淵を思わせるように真っ黒だった。

 黒マスクに加えて地雷系の服装もあり、まさに闇姫の名に相応しい底知れ無さを感じさせられる。


 とはいえそれはほんの一瞬だけで、俺に対しては元通りの眼差しが向けられた。


「翔真はどうしたい?」

「……」


 三度の問い掛けに俺は閉口して思案する。


 鴉庭さんがどうしてそこまで俺に構おうとするのか、正直全く分からない。

 痴漢から助けたから?

 それにしてはあまりにも距離の詰め方が唐突過ぎる。


 そもそも俺は鴉庭さんのことをほとんど知らない。

 なんで地雷系を着ているのかとか、綺麗な顔をしているのにマスクを着けてる理由とか。

 あまり表情が変わらないせいで何を考えているのか分からないから、こうして距離を詰められても喜びより困惑が勝ってしまう。


 冷静に考えれば鴉庭さんの誘いを断って、若瀬良さん達と過ごす方がこれ以上波風を立たせずに済む。

 アクセ扱いさえ我慢していれば、一軍グループに居続けられるんだから。


 でも……心の片隅で鴉庭さんに惹かれている自分がいた。

 恋愛的な関心というより、孤立を恐れない強い在り方に興味があると言った方がいい。

 どうしたらそんな風に自分を貫き通せるのか、初めてとも言える尊敬と好奇心が湧き上がってくる。


 ──もし中学の時、俺も鴉庭さんみたいに強気でいられたら、ならなかったんだろうか。


 過去は変えられない、それは分かってる。

 だからこそこれからの自分を変えようと高校デビューを決めた。

 なのに実際は一軍グループとは名ばかりの体の良いアクセ扱いで……これで本当に中学の頃から変われたと言えるだろうか。


 そんなの、否としか言い様がない。

 よくよく考えれば高校デビューしたものの、俺自身は何も変わってないままだ。

 一軍グループに入ったからと、そこで妥協してしまった。

 それじゃ変われるものも変われない。


 妥協したせいで澄空そらに要らない心配を掛けてしまったなと反省する。

 帰ったらちゃんと謝ろう。


 とはいえまだ昼休み……俺の取る手はもう決まっている。


「──行こう、鴉庭さん」

「! ……ん」


 鴉庭さんの手を取って教室を出る。

 俺が若瀬良せんに逆らうと思っていなかったからか、誰にも止められることなく出られた。

 後ろで何か怒鳴り声が聞こえた気がしたが、もう知ったことじゃない。

 せっかく入れた一軍グループの座を放棄する形になったが、俺の心はかつてないくらいは晴れやかな気分になっていた。


 こんな形で抱えていた悩みが解消されるなんて誰が予測出来るんだろうか。


 後悔してないって言ったら嘘になるけど、少なくとも今の俺は独りぼっちじゃない。

 鴉庭さんという新しい友達がいる。

 自分が選んだ友達と一緒だと思うだけで喪失感が軽くなっていく気がした。


「ふ、ふふふふっ、ふふ……翔真と二人きり……」


 ……なんか鴉庭さんが怪しい笑い方してるんだけど。

 だ、大丈夫だよね?


 一抹の不安を胸に懐きつつも、俺達は廊下を進んでいくのだった。


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 次回は18時に更新です。

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