闇姫との昼休み
鴉庭さんと共に体育館裏の一角までやって来た。
彼女に案内されて来たんだけど、こんな穴場あったんだと感心せざるを得ない。
一軍グループに入ってた時は、基本的に教室か食堂だったから知らなかった。
それなりに走ったので乱れた息を整えつつ、近くにあったベンチに座ってカバンから弁当箱を取り出す。
ただでさえ空腹だったのに、若瀬良さんに絡まれたり走ったりしたからもう背中とくっつきそうだ。
早速食べようと手を合わせる。
「いただきます」
「……ます」
母さん手製の弁当から卵焼きを頬張る。
出汁と醤油が利いてて美味い……。
よく噛んで味わいながら、ふと鴉庭さんはどんな弁当なのだろうかと視線を向ける。
それで足りるのかと思うくらい小さな弁当箱には、卵焼きやら肉巻き野菜、米の上には昆布が乗せられていた。
しかしそれ以上に目が離せないのが彼女の食べ方だ。
箸の持ち方が変だとかじゃない。
食事をするためマスクを外さないといけないワケだが、鴉庭さんは俺から口が見えないようにマスクの片紐を外して食べているのだ。
そりゃここまで徹底してたら、俺以外の誰も鴉庭さんがマスクを外したとこを見たことないよなぁ。
そんな彼女がお礼を言うためにマスクを外したのは、かなり貴重なことだったと実感させられる。
というか一度見せた俺相手でも、自分の意志と関係無しに見られたくないみたいだ。
こういうのって確かマスク依存症っていうんだっけ。
どうして鴉庭さんみたいに綺麗な子がそんな風になっているのか気になる。
方法はともかく悩みを解決して貰った恩もあるし、何かしら力になれたら良いなと思った。
そうしてジッと見続けていたからだろう。
「──お弁当、気になる?」
「へ?」
鴉庭さんが自分の弁当箱を指して尋ねたのだ。
見当違いではあるものの、面と向かって言えるはずもなく俺はゆっくりと頷く。
「お、美味しそうだなって思って……」
「そう? 普通だと思うけど」
「いつも食べてるから?」
「ん。アタシの手作り」
「えっ!?」
サラッと告げられた事実に驚きを隠せなかった。
そのお弁当、鴉庭さんが作ってたんだ……。
愕然とする俺に彼女は箸で卵焼きを突きながら続ける。
「お父さん達は海外に出張してて、今はお姉ちゃんと二人暮らしなの。でもお姉ちゃんは仕事で忙しいから、アタシが家事担当ってワケ」
「そうなんだ……」
お姉さんがいることは聞いていたけど、二人で暮らしているとは思わなかった。
朝支度に加えて家事もこなしているのであれば、俺から電車の時間を合わせて良かったかもしれない。
我ながら結構なファインプレーだったのではないかと自賛する。
なんて気分を良くしている時だった。
何故だか鴉庭さんは無言で自分の弁当から卵焼きを箸で摘まみ、スッと俺の方へと差し出して来たのだ。
「な、何やってるの?」
「美味しそうだって言ったから食べたいのかなって」
「うえっ!?」
まさかの返答に思い切り狼狽えてしまった。
確かに美味しそうとは言ったけど、食べたいなんて図々しいことは考えてないよ!?
動揺しつつも視線は自ずと鴉庭さんの持つ箸へと向く。
あの箸はさっき彼女が口に含んでいたため、このまま受け入れたら間接キスになってしまう。
一回しか見たことがない鴉庭さんの唇と……。
そう考えるだけで異様に心臓がバクバクと大きな音を立て始める。
い、いや落ち着け。
鴉庭さんは善意で言ってくれてるんだ。
そんな邪な考えを持ってたら気味悪がられてしまう。
でもぶっちゃけ鴉庭さんの手料理を味わってみたい欲求も拭えないし……どうしたらいいんだぁぁぁぁ!!
「む……翔真」
「は、はい!?」
「口、開けて?」
「えっと……はい」
悶々と欲望と理性の間で板挟みになっている内に焦れったくなったのか、少しだけ眉を顰めた鴉庭さんに促されてしまった。
有無を言わさない圧にあっさりと屈した俺は言われるがまま口を開く。
情けないと思うなら好きにしてくれ。
ここできっぱりと断れるなら、もっと早くに一軍グループから抜けれてたって自分でも反省してるんだから。
女子の前に口を開くという、ある意味で恥ずかしい状況に身体が震えそうになる。
そんな俺の心情に構わず、鴉庭さんの手によって卵焼きを頬張らされた。
「むごっ!?」
ちょ、勢いつよ!
思いの外ズボッと突っ込まれたせいで一瞬だけ息が詰まりそうになった。
今朝の時といいさっきといい、キミって結構強引なとこあるよね!?
だからこそマイペースでいられると言うべきなのか。
内心でそんな分析を交えながら、ゆっくりと鴉庭さん手製の卵焼きを味わう。
真っ先に感じたのは甘みだった。
砂糖よりも卵の甘みを生かした味わいで、冷めてるのにフワリとした柔らかな食感が良い。
文句なしの美味さだ。
ゴクリと飲み込み、感想を伝えるべく口を開く。
「凄く美味しかったよ、鴉庭さん」
「……良かった」
率直な感想を伝えると、鴉庭さんは微かに気怠げな目を細めた。
多分、微笑んでるで良いんだよな?
マスクがあると表情が分かり辛いけど、少しずつ分かってきた気がする。
ちょっとだけ彼女を知れたことを嬉しく思いつつ、俺もお返しすることにした。
「鴉庭さん。おかずを分けて貰ったお返しに、俺の弁当から何か分けよっか?」
「いいの?」
「もちろん」
聞き返した鴉庭さんにそう答えると、彼女は逡巡しているのか紫の瞳を彷徨わせる。
どれを分けて貰おうか悩んでいるんだろうか、なんてぼんやりと考えている内にどうやら決まったのか一度頷いた。
「じゃ、そっちの卵焼きで」
「うん、どうぞ」
取りやすいように弁当箱を向けるが、鴉庭さんは一向に箸で掴もうとしない。
それどころかムッと眉を顰めている。
え、何か違ったの?
真意が分からずに首を傾げていると、彼女は少しだけ俺の方へ前のめりになり、右手でマスクの紐を片方だけ外した。
「か、鴉庭さん?」
唐突に素顔を露わにした鴉庭さんへどうしたのかと問い掛ける。
というか二回目になる彼女の素顔は、やっぱりとてつもないほど綺麗だ。
ただマスクを外しただけなのにどこか艶めかしい気がして、ぷるんっとして柔らかそうなピンクの唇に目を奪われてしまう。
その唇がゆっくりと開かれて……。
「──今度は、翔真が食べさせて?」
「っっ!」
右手で髪を掻き上げながら告げられた要求に、心臓が大きく高鳴った。
そんなに口は開いていないのに、舌が見えるだけで視線が外せなくなる。
初めて見た時もそうだったが、鴉庭さんの素顔ってどうしてこんなに破壊力があるんだ。
心に積もりつつあった邪念をなんとか払う。
ただ卵焼きを食べさせるだけ。
必死にそう自分に言い聞かせながら、震えそうな箸で摘まんだ卵焼きを鴉庭さんへ差し出す。
「あむっ」
「っ」
緊張しまくりな俺と違い、鴉庭さんは平然とした面持ちのまま頬張った。
箸を通して唇の動きが伝わった瞬間、全身がビクッと跳ね上がるような反応をしてしまう。
程なくして彼女は箸から唇を離し、マスクで口元を隠しながらモグモグと食べていく。
そうしてうちの母さんが作った卵焼きに対する鴉庭さんの感想は……。
「うん。美味しい」
「そ、そっか……」
無事に称賛を受け、無意識の内に強張っていた肩の力を抜く。
自分が作ったワケじゃないのに妙に緊張してしまった。
「翔真も手作り?」
「情けない限りだけど、母さんが作ってくれたんだ」
「ふ~ん……」
苦笑しながら返した答えに、鴉庭さんはどこか含みを持たせたような声を漏らす。
けれどもその後は普通に食事を再開したため、何を考えていたのか聞くタイミングを逃してしまった。
そして俺はというと、自分の箸を口に入れたら鴉庭さんと間接キスしてしまう事実に遅れて気付き、破裂しそうな勢いで脈動する心臓を実感しながらなんとか食べ終えるのだった……。
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次回は明日の朝に更新します。
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