闇姫と帰りの電車
昼休み終了のギリギリになって、俺と鴉庭さんは教室に戻った。
戻ってきた俺達に対し、クラスメイト達から複雑な眼差しが向けられる。
疑念、不審、警戒、恐れ……いずれも良い感情とは言えない。
クラスの中心たる若瀬良さんに逆らったのだからこうなるのは無理もないことで、むしろ諸手を挙げて歓迎された方が何事かと疑いたくなる。
その若瀬良さんはというと、俺達を射殺さんばかりに睨んでいた。
自分の思い通りに行かなかったことに、腹の底が煮えくり返ってそうだ。
怒った彼女の報復を警戒して、昼休みギリギリまで戻らなかったのは正解だった。
とはいえ休み時間や放課後になった途端、何かしら仕掛けて来るかもしれないけど……その時は逃げよう。
そんなことを考えていると、ポケットに入れていたスマホから着信音が鳴った。
反射的にパッと開いてから、一軍グループにいた時の習慣が出てしまったと自覚する。
だってすぐに返信しないと怒るし……まぁもうしなくて良いと思うけど。
そう思いながらメッセージに目を向ければ、送ってきたのは野々倉だった。
【よっ! 闇姫と仲良くやってたみたいだな! 見て分かったと思うけど若瀬良のやつめちゃくちゃ機嫌悪い。現に巽のことブロックしてLINEグループから追い出してる。ぶっちゃけ二つの意味で羨ましいけど、LINEで相談なら乗れるからな! 何かあったら言ってくれよ!】
なんとも気のいいヤツだ。
一軍グループにいた同性が野々倉で良かった。
一応確認してみると、メッセージの通り若瀬良さんからブロックされていた。
予想していた報復の中では一番軽い方なので胸を撫で下ろす。
普通なら多少なりともショックを受けるんだろうけど、今はもうメッセージを返さなくてよくなった開放感の方が強い。
ともあれ野々倉には迷惑を掛けてしまった謝罪と、もしもの時はよろしくと返信した。
その直後に数学の先生が教室にやって来て、午後の授業が始まる。
========
結局、放課後になっても若瀬良さんから何も仕掛けられなかった。
それはいいことのはずなんだけど、どうにも嵐の前の静けさみたいな不気味な感じが拭えない。
まぁそっちに関しては片隅に置いておくとして、俺が今するべきことは別にある。
「帰りも空いててよかったね、鴉庭さん」
「ん」
今朝に交わした、電車通学中における鴉庭さんのボディーガードだ。
そうは言っても互いに部活に入っていない上、放課後になったばかりなのもあって車両内は朝よりも人が少なかった。
なので護衛というより、座席に並んで腰を下ろす友達みたいな空気感が強い。
「鴉庭さんも、若瀬良さんから何もされなかったみたいで安心したよ」
「わかせら……?」
「あれ?」
安堵する俺の言葉に対し、鴉庭さんはコテンと首を傾げる。
まさか若瀬良さんが誰なのか覚えてないの?
「えっと……昼休みに俺達に怒鳴ってた金髪の女子なんだけど……」
「なんかうるさいのがいた気がするけど、顔が思い出せない」
「えぇ……」
説明をしたが顔色を変えないまま首を横に振られる。
人の顔と名前を覚えるのが苦手なのは知ってるけど、あんなに睨まれても全く記憶に残らない程とは思わなかった。
鴉庭さんの表情からして、嘘とかじゃなくてマジで顔を覚えてないんだろうなぁ。
もし当人に聞かれたらと思うと、この話をしたのが教室でなくてよかったと安心してしまう。
だとするとなんで俺はハッキリと覚えられたのやら……そんな疑問が浮かぶものの今は後回しだ。
「ま、まぁもし何かあったら相談して。その、出来る限り力になるから」
「? ありがと」
一応の注意だけ促すが、鴉庭さんは分からないながらもお礼を返してくれた。
天然なのが不安だけど可愛いなチクショウ。
不意打ちを食らいながらもなんとか平静を装いつつ、別の話題に切り替えることにした。
「鴉庭さんは何か得意な料理ってあるの?」
「レシピ見ればいろんなのが作れるから、特に無いかも」
「料理しない俺からすれば、それだけでも十分に凄いことに聞こえるよ」
簡単に言うけれど、レシピを見ても行程が分かり辛く思ってしまう。
場数を踏めばある程度は分かるんだろうか。
そう考えると鴉庭さんってかなり料理上手なんだと思う。
分けて貰った卵焼きも美味しかったし……。
脳裏に地雷系の上にエプロンを着けた鴉庭さんの姿を浮かべる。
無表情のまま淡々と調理を進めていそうだ。
なんてことを考えている時だった。
「そんなに美味しかった?」
「うん、とっても。あれを毎日食べられるお姉さんが羨ましいくらい」
「──だったら明日から、翔真の分のお弁当も作ろっか?」
「へっ?」
率直な感想を述べたら、まさかの提案が投げ掛けられた。
明日から何を作るって?
弁当って誰の?
……俺に?
宇宙を見たネコみたいに茫然としてしまう。
やがて理解が追い付いた瞬間、かぁっと全身が燃えたように熱くなる。
「な、なんで!?」
「毎日食べたいくらいって言ってたから」
「微妙に曲解されてる!」
毎日食べられるお姉さんが羨ましがってたはずが、どうしたら俺が毎日食べたがってることになるの!?
やっぱりどこかズレている鴉庭さんに困惑させられる一方、毎日彼女の手作り弁当が食べられるという魅力的な案に抗えそうにない。
そもそも鴉庭さんみたいに綺麗な女子が、俺のために弁当を作ってくれる行為そのものが既にメリットでしかないワケで。
卵焼きで味の保証もされているので、不安なんて微塵もない。
ちなみに一軍の女子達からはそういったことは一切無かった。
むしろ奢らされる方で、あまり良い思い出とは言えない。
何せグループの女子様達はいわゆる察して系で、選択肢すら出さないくせに間違えたらとことん不機嫌になるのだ。
例えばクレープを食べに行くとして、メニューを見てどれを食べようか悩むだろ?
でも実は一目見た時から何を食べるのかは決めてあり、あえてこっちから選ばせた上で奢らせるという裏腹を秘めている。
しかも自分の分は勝手に決められるし、シェアしようって言いながら半分くらい食べるわ向こうのは分けないわなんてこともザラだ。
「……迷惑だった?」
「そ、そんなことないよ!」
イヤな思い出を振り返っている内に、鴉庭さんから不安げな声で呼び掛けられる。
返事が遅いから余計なお世話だったか心配させてしまったようだ。
慌てて問題ないと返しつつ、ついでに本当に良いのか尋ねることにした。
「むしろ鴉庭さんの負担にならない?」
「ううん。ボディーガードしてくれるから、その報酬として貰って欲しい」
「わ、分かった……」
そう言われてしまっては断る方が不誠実に思えてしまう。
なんだか俺の方が貰ってばかりな気がするが、そこは働きで以て返す他ない。
ともあれ明日からは、鴉庭さんの弁当が食べられるようになったのは素直に嬉しく思う。
まだ気が早いと分かっていても、お腹が減りそうな気分になりつつ談笑を続けた。
やがて目的の駅に着いた俺達は電車を降り、あとは改札口を出て別れるだけだったのだが……。
「ん?」
「っ!?」
薄茶の髪を一つ結びにしたセーラー服の少女──妹である
どうやら同じく下校中だったらしい。
しかし緑の瞳は信じられないものを目の当たりにしたように見開かれている。
「澄空も帰りか? ちょうど良かった。一緒に──」
「──翔真。その女、誰?」
帰ろう。
そう言い掛けた時、隣から凄まじいまでのプレッシャーが迸った。
ドス黒い殺意のような、気を抜けば刺されそうな威圧感だ。
視線だけで見やった鴉庭さんの表情は、マスク越しなのにハッキリと分かるくらい不機嫌だ。
というか俺のシャツの袖をギュッと握りしめてる。
待って待って、さっきまで穏やかな空気だったのになんでこんな怒ってるの?
訳が分からず混乱していると……。
「それはこっちの台詞です。人に聞くより自分から名乗るのが礼儀じゃないですか?」
「先に聞いたのはこっち。早く答えて」
「名乗らない人に教えることは何もありません」
「生意気」
どうしてか澄空もキッと強気な姿勢で鴉庭さんに突っかかる。
それによって二人の間にバチバチと火花が走り出したように見えた。
剣呑とした空気に、駅前を通り過ぎる人達から遠巻きにされていく。
両者に挟まれている俺は、完全に足が竦んで逃げたくても逃げられない。
──誰か助けて!!
精々、声にならないSOSを脳裏に浮かべるのがやっとだった。
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次回は18時に更新します。
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