闇姫と俺の妹


 なんとか二人を宥めた後に、鴉庭からすばさんには澄空そらを、澄空には鴉庭さんを紹介した。

 その甲斐あってか、二人の間に漂っていた空気は幻のように霧散していく。


「この子が翔真の妹……」

「この人が例の地雷系……」


 二人は互いを探るような眼差しで見つめ合う。

 またギスギスしないか肝を冷やしていると、何やら澄空に手招きをされたので応じることにした。


 俺が傍に寄った途端、澄空は耳元に顔を寄せて来る。


「ゴメン兄さん。まずは今朝のこと謝らせて」

「今朝のこと?」

「ほら、男って単純って言った時の」

「あぁ……」


 一瞬何のことか分からなかったけど、確かにそんなこと言われてたっけ。

 鴉庭さんと登下校するようになったり、一軍グループを抜けることになったりと色々あったからすっかり忘れてた。


 そんな風に思い返している間にも、澄空は鴉庭さんにチラチラと視線を向ける。


「あれはヤバいよ。美人はマスク着けてても美人だって本当だったんだね。地雷系も痛々しくなくてむしろ着こなしてるし、めっちゃモテそう……」

「実際モテるよ。闇姫なんて呼ばれてるくらいだし」

「おぉ言い得て妙。お姫様みたいに綺麗だけど闇抱えてそうなのが一言で分かる」

「闇ねぇ……」


 これまで接した感じだと、そこまで闇って感じはしないけどなぁ。

 比較対象が妹か一軍女子達しかいないから、正確に判断出来てるわけじゃないんだけど。


 そう思っていると、今度は鴉庭さんに左腕を引かれる。

 割と力を込めていたのか、勢いあまって肘が彼女の胸に触れてしまう。


「ぴっ」


 人体の神秘を感じさせる独特の柔らかさに思考が停止する。

 一秒にも満たないほんの僅かな時間ながら、全神経が左肘に集中したのは言わずもがな。


 今はただ神に感謝を。

 それしか感想は浮かばなかった。

 なんて後になってアホだと断ずる他ないことを考えている俺に、鴉庭さんはゆっくりと左耳に顔を寄せてくる。


「妹さん、翔真に似てて可愛いね」

「っえ? あ、あぁ。しっかりしてるし、自慢の妹だよ」


 抜けていた魂を引っ込ませながら、鴉庭さんの言葉に賛同する。


 二歳離れた妹である澄空は、小さい頃からそれはもう我が家で蝶や花やと愛でられてきた。

 特に単身赴任中の父さんなんて将来はパパと結婚すると言われて大泣きした程だ。

 なお先月久方ぶりに帰宅した際、洗濯物は別にしてと言われて大いに泣き崩れたが。


 当人から聞いた限りでは、それなりに告白とかされてるらしい。

 真っ先に感じたのは『先を越された』ではなく『相手誰?』という心配だった。

 少なくともマシンガンから無傷で澄空を守れるくらいの相手じゃないと認めない。


 そう答えたら『死ねって言ってるのと同じ』とか返されたっけ。


「今の俺があるのも澄空のおかげだよ」

「そう」


 高校デビューを伏せた上で答えると、鴉庭さんは納得したようで引き下がった。

 ……左腕が寂しく感じたのは気のせいだ、うん。


 名残惜しさを押し殺していたら、澄空がパンっと手を叩いて鴉庭さんに笑みを向けた。


「そうだ、鴉庭さん! もし都合が良ければ今からウチに来ませんか? せっかく会ったことですし、色々と話したいんで!」

「行く」

「お、おい澄空そら? いきなりそれは迷惑──って、んん!?」


 返事早くない?

 しかもかなり食い気味じゃなかった?


 あまりにも素早い承諾に自分の耳がバグったかと疑うが、どれだけ反芻しても確かに鴉庭さんの返答だった。


 なんでそこまで乗り気なのかは分からないけど、彼女が同意してしまった以上は俺から無しというのは厳しい。

 ひとまず鴉庭さんは置いといて、澄空にどういうつもりか尋ねることにした。


「どうして鴉庭さんをウチに誘ったんだよ?」

「だってあんなに綺麗な人と仲良くなったんでしょ? 妹として兄さんの恋路を助けたげようと思ったの」

「はっ!? だからそういうのじゃないってば!」


 澄空の余計な邪推を否定しようする一心で大きな声を出してしまう。


「うるさっ。そんな否定しなくてもいいじゃん。見た感じ、兄さんにはかなり心許してるっぽいから、高校デビューの夢を叶えるチャンスだと思うよ?」

「チャンスって……」


 妙に押してくる澄空の言葉に、困り果てながら呟き返す。


 そりゃ高校デビューした理由の一つに、彼女を作りたいというのもあった。

 けどその相手として鴉庭さんを定めるには気が引ける。


 だって俺が彼女とまともに話すようになって、今日でまだ二日目なのだ。

 そんな短期間とは思えない密度で距離が縮められたけど、困惑が勝っていて自分の感情に未だ判別が付いていないのである。

 澄空の気持ちはありがたいが、今はまだ余計なお世話でしかない。


「鴉庭さん、モテるんでしょ? うかうかしてると他の人に取られちゃうよ?」

「っ……」


 追い討ちのように告げられた予測に、堪らず心臓がズキリと痛んだ。


 闇姫と呼ばれて孤立しながらも、鴉庭さんに告白する男子は居ると聞いている。

 今は俺と居てくれても、もし恋人が出来たら護衛はその人が担うことになるだろう。


 そうなったら俺はお役御免。

 一軍グループには戻れない以上、孤立するのは俺の方になる。

 軽く想像しただけで震えそうになってしまう。


 またあんな目に遭いたくない。

 頭では分かっていても心が追い付かないのは、そんな自分の身勝手に鴉庭さんを巻き込む負い目を感じるからだ。


「……もし自分の中で確信が持てたら、その時は高校デビュー以上に本気で望むよ」

「そんな悠長に構えてて良いの?」

「分かんないよ。でもまずは自分の気持ちから理解しないといけないって思ってる」

「ヘタレ」

「せめて慎重と言ってくれ」


 俺の返答に澄空から容赦なく返される。

 ヘタレなのは重々承知しているけど、焦って爆砕するよりはまだ堅実だ。


 あ、そういえば。


「俺の方も澄空に言っておくことあったんだった」

「なに?」

「鴉庭さんと仲良くなった代わりに、一軍グループ追い出された」

「はぁっ!?」


 予想外の内容だったからか、澄空は顎が外れそうな勢いで驚愕した。

 当事者の俺でさえ困惑してたんだから、改めて聞かされた妹がそんな反応をするのも無理もない。


「かかかか、鴉庭さん? 兄さんが一軍グループ抜けたって何があったんですか?」


 何を思ったのか動揺のあまり、澄空は俺ではなく鴉庭さんに尋ねた。

 唐突に質問された鴉庭さんは首を傾げながら言う。


「翔真をお昼に誘っただけ」

「は、はぁそれで?」

「? それだけだよ?」

「説明もう終わり!? まだ何も分かってない!」

「翔真はアタシと一緒だから大丈夫だよ、りくちゃん」

「私の名前、澄空そらです! 一文字も掠ってないじゃないですか!!」

「そんなことより早く翔真の家まで案内してくれる?」

「そんなこと!? というか私も! 私も同じ家に住んでるんですけど!?」


 相変わらずマイペース過ぎる鴉庭さんに、澄空は完全に振り回されていた。

 特に名前を間違えられたのは相当ショックだったようだ。

 挙げ句にそんなことと切り捨てられてしまう。


 ツッコミ疲れたのか、澄空はハァハァと肩で息をしながら俺に疲労に満ちた顔を向ける。


(ゴメン兄さん。私、早まったかもしれない。これは慎重に行く方が大正解だった)

(だろ?)


 分かってくれたか、妹よ。


 兄妹でしか分からないアイコンタクトで会話した後、何故だか上機嫌な鴉庭さんを伴って三人で帰路を進むのだった……。


 =======


 次回は明日の朝に更新します。

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