闇姫が俺の部屋に来た
やけに上機嫌な鴉庭さんを連れて我が家へと帰って来た。
どこにでもあるような普通の一軒家なのだが、鴉庭さんは興味深そうにリビングをキョロキョロと見渡していく。
「鴉庭さん、何か飲みたい物ある? コーヒーとか紅茶とか色々あるけど……」
「翔真の部屋に行きたい」
「飲料じゃなくて内見をご所望!?」
全く予想外の返答に驚いてしまう。
せめて飲み物を答えてから聞いて欲しい。
「というかなんで俺の部屋!?」
「? だって興味あるから」
「だ、だからってつ、付き合ってもない男子の部屋に行きたいなんて言うもんじゃないと思うけど……」
母と妹以外の異性が入ったことのない自室に、鴉庭さんを招いて良いのか躊躇ってしまう。
家に来たのだって今日が初めてだし、なんなら話すようになってまだ二日目である。
やっぱ距離の詰め方が爆速なんだよなぁ。
というか純粋に恥ずかしい。
どうやって諦めて貰おうか考えていると、鴉庭さんが首をコテンと傾げる。
「翔真、イヤだった?」
「イヤっていうか……その、前に掃除したのいつだったか思い出そうとしてて……」
「別に気にしない」
「気にしてよ。明らかに汚部屋だったらどうするの?」
「一緒に片付ける」
「お客様に手伝って貰うのは申し訳なくなるよ」
折れる気配を見せない鴉庭さんにたじろぎながらもやんわりと断る。
気怠げなはずの目から発せられる圧が凄まじい。
どんだけ俺の部屋に来たいの?
何も面白いモノとか無いよ?
「部屋くらい良いじゃん、兄さん。飲み物なら私が用意するから、早く連れて行ってあげてよ」
「他人事だと思って……!」
未だに自分の名前を覚えられてない恨みかよ。
身内によるしっぽ切りに歯噛みするが、澄空の言い分を聞いた鴉庭さんは既に期待の眼差しを浮かべている。
……ねぇ、これもう断れない流れじゃん。
天井を仰いだ後、観念した俺は鴉庭さんを自室へと案内した。
「ここが翔真の部屋……!」
「そんな感動する要素無いと思うよ」
俺の部屋を目にした鴉庭さんは、紫の瞳をキラキラと光らせている。
無地の青色のカーテンにシングルベッド、茶色の勉強机や本棚とかクローゼットだとか、俺から見れば普通以外の何物でもない部屋なのだが。
何に感激しているのか分からないけど、彼女が嬉しそうなら良かった……のか?
いまいち素直に頷けないでいると、鴉庭さんは迷うことなく俺のベッドへと座り込んだ。
「ちょっ!?」
「あ、ダメだった?」
「えぇ……と、ダメ、じゃないけど……」
鴉庭さんは無意識だったのか、改めてこちらに問い掛けて来る。
ドキドキしながらも、ノーと言えない俺は濁して返すことしか出来なかった。
だって、ねぇ?
普段から自分が寝ているベッドに女子が座ってると、気まずいというかなんというか……。
えぇい、今はそんなこと考えるな!
首を振って邪念を払い、床に腰を下ろして鴉庭さんに目を向ける。
……向けた瞬間、軽く後悔した。
「? 翔真、なんで顔逸らしてるの?」
「へ、部屋に汚れてるとこ無いか心配で……」
「フツーに綺麗だよ?」
「それはありがとう」
鴉庭さんの称賛をありがたく受け取りつつも、俺の顔は彼女の方へ向かないように必死に逸らし続けている。
なんでなのかって?
ベッドと床って高度差あるじゃん?
今の俺の目線は、鴉庭さんの膝とほとんど変わらない高さになっている。
つまりニーソとスカートの間にある絶対領域に視線が奪われかねないのだ。
鴉庭さんは痴漢に遭ってまだ日が経ってないんだから、信頼を寄せられてる俺がそんな邪な気持ちを懐いては裏切りに等しい。
座る場所を変えれば良いのだが、いきなり移動すると却って不自然だ。
どうしようかと頭を悩ませていると……。
「鴉庭さ~ん。飲み物持ってきたよー」
「ナイスタイミングだ我が妹よ!」
二人分のコップをお盆に載せた
まさに天からの救いだとばかりに俺は立ち上がる。
「わっ、兄さん!? ビックリしたぁ、危ないじゃん!」
「わ、悪い。でもホントに助かった!」
「そ、そう?」
困惑する澄空を余所にお盆を受け取り、もう一人で大丈夫だからと部屋を出て貰った。
お盆を間に挟んだ形で鴉庭さんの隣に腰を下ろす。
同時に内心では、太ももを凝視してしまう位置を回避出来たことに安堵する。
「ど、どうぞ」
「ありがと」
鴉庭さんはリンゴジュースを手に取り、マスクの隙間にストローを入れて飲んでいく。
マスクを外したくないなら、外さなくとも飲めるように俺から澄空にお願いしておいたのだ。
一連の動作に全く淀みが無かった様子から、鴉庭さんは普段からあぁいう飲み方をしていたんだろう。
数口飲んでコップをお盆に置き直した鴉庭さんが、再びキョロキョロと部屋を見渡す。
「部屋、片付いてるね」
「そ、そうだね」
「なんでさっきはあんなに渋ってたの?」
「……友達になったばかりの女子を部屋にあげるのが照れくさかっただけです。はい」
気まずいあまり顔を伏せながら渋っていた心情を明かす。
怒ってるワケじゃないんだろうけど、抑揚が分かりにくいから淡々と突き付けられると怖い。
そんな俺の返答を聞いた鴉庭さんがクスッと小さく笑い掛けた。
「ふ~ん。てっきり、エッチなの隠し忘れてるからだと思ってた」
「なっ!? ななな、ないよそんなの! まだ未成年だし……」
勘繰るような憶測を告げられ、静電気が走ったみたいに驚愕してしまう。
そういう風に解釈される可能性を一ミリも考慮していなかっただけに、あり得ないと必死に否定した。
けれども鴉庭さんは訝しむように目を細めて俺を見つめて来る。
「ベッドの下とかに隠してないの?」
「仮に持ってたとしても、そんな古典的な隠し方しないよ……」
「ホントに持ってないんだ」
「ナイナイ」
どこから知った情報かツッコむ気も失せ、力なく返す他なかった。
俺の反応から実物がないと悟ったのか、鴉庭さんは前のめりになって下から顔を覗き込むような姿勢になる。
無性にドキリと胸が高鳴り、おのずと目があった彼女は少しだけ眉を下げながら言う。
「残念、翔真の好みが分かると思ったのに」
「っっ!」
それは非常に心臓に悪い落胆だった。
直接言われた俺は、ボンっと全身が沸騰したように熱くなる。
暖房も入れてないのに肌が汗ばんだ気がして落ち着かない。
「え、えっと……ど、どういう意味……?」
動揺を隠せないままおずおずと聞き返してしまう。
狼狽える俺が面白いのか、鴉庭さんはニマニマと目を細めながら、
あまりに自然な動作だったから気付いた時には、彼女の綺麗な顔が目と鼻の先まで寄せられていた。
顔を逸らしても意味が無い近さで見つめられ、息が止まりそうなくらいドキドキと心臓が脈打つ。
何のつもりなのか言葉を待っている内に、鴉庭さんのピンクの唇がゆっくりと開かれて……。
「顔、真っ赤だね──エッチ」
「うっ、ぁぁ……」
この瞬間になってようやく、自分がからかわれていたことを察した。
思い切り罠に掛かっていた自らを振り返り、胸の奥からブワッと形容できない羞恥心の波に襲われる。
身を焦がすくらいの恥ずかしさに堪らず両手で顔を覆うしかなかった。
何コレ拷問?
あんなにキョドってたら格好のピエロじゃん。
ああああああああっ、恥ずかしすぎる!
なんで自分の部屋なのに肩身狭い思いしてるんだろう……。
そんな疑問が脳裏を過っていく。
「翔真と話すの、楽しい」
「……俺も鴉庭さんといると退屈しなさそうだよ」
振り回されこそすれど、不思議と不快な気持ちがしない。
まぁ何はともあれ、鴉庭さんが楽しんでくれて良かったと思う。
なんて感想を浮かべながら、時間が許すまで談笑に耽るのだった……。
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次回は夜に更新します。
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