翔真の勇気と闇姫の……
黒板を埋め尽くすほどの大きな字で、俺が高校デビューだと書かれている。
加えて卒業アルバム用に撮った写真まで添付されてる追い討ち付きだ。
あの写真を撮った頃はまだ変わろうとする前なので、別人だと言い張れば逃れるかもしれなかった。
けれどそれはもう不可能だ。
指摘された俺自身が明らかな動揺を見せてしまったせいで。
隠したかったことが完全にクラスメイト達に周知されてしまったのである。
打ち拉がれる俺の顔を見て、
「も~ダメじゃない巽。クラスメイトに隠し事なんて」
「っ、約束が違う! 俺は言うとおりにしたのに!」
「えぇ~なんのことぉ? 私、グループに戻ってきても良いよって言っただけで、言い触らさないなんて言ってないわよ?」
「なっ……」
わざとらしくおどける若瀬良さんの態度に唖然とする他なかった。
だが思い返せば彼女の言ったように、秘密を隠すことについては何も言っていない。
精々が逆らったらバラすと暗に告げたぐらいだ。
けどそんなのただの詐欺でしかない。
結局、あの時に俺がどうしようが暴露する腹積もりだったんだ。
他のクラスメイト達はというと、俺に対する対応を決めかねてる様子だった。
学園で唯一といって良い闇姫と接点を持つ男子が、実は高校デビューしていたという事実に驚きこそしても、いきなり蔑んでいるようには見えないからだ。
どう見ても若瀬良さんの仕業と分かっていても何も言わないのは、それだけクラス内において彼女が恐れられてるせいだろう。
いずれ教室に漆さんが来る。
そうしたら彼女にも高校デビューのことがバレてしまう。
彼女の反応が分からない以上、現状において俺は圧倒的に孤立してしまっている。
黙り込んだ俺に、若瀬良さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「安心しなよ、巽。グループに戻って来て良いのは本当だからさ。ただし一言謝った上で今度は私らの下僕としてだけどね」
「良かったね~」
「ウチらやっさし~」
ケラケラと笑う三人とは対照的に、俺は爪が食い込む程の力で握り拳を震わせる。
悔しい、悔しい……!
あの時と同じだ。
嘘の好意をチラつかせて安易に乗った俺を嘲笑った彼らと。
ただ自分の退屈や不満を晴らすためだけに人を陥れる。
人の皮を被った別の何かだと言われた方が納得出来そうだ。
そんな奴らの思うつぼに本当になって良いのか?
……イヤだ。
流されっぱなしはもう耐えられない。
このまま良いなりになんかなってたまるか。
中学の頃は反撃する気力すら湧かなかった。
グループに居た時は孤立を恐れて強がった。
──大事なのは失敗しないことじゃなくて、失敗を繰り返さないこと。
俺にとって何よりの失敗は自分を曲げてしまったことだ。
ここで屈してしまったら仏も呆れる。
だからもう……三回目は繰り返さない。
「ちょっといつまで俯いてるのよ? 早く──」
「──ふざけんな」
「謝って……は?」
苛立ちを混ぜて謝罪を急かす
いきなり割り込まれた彼女が小さく息を漏らしたのが聞こえた。
顔を上げれば、クラスメイト達も驚きを露わにしている。
まさか俺が言い返すとは思わなかったのだろう。
こう言ったらなんだけど自分でもちょっとだけそう思ってる。
けど……こっちだって我慢の限界なのだ。
俺の目を見て反抗の意志を悟ったからか、若瀬良がキッと目を鋭くする。
怒りに身を任せているからか、普段だったら怯んでいたであろう眼差しがまるで怖くない。
「なんて言ったの? うまく聞こえなかったな~?」
「ふざけるなって言ったんだよ。闇姫に敵わないからってこんな姑息なことしやがって」
「はぁーっ!?」
ハッキリと言ってやった途端、若瀬良は怒髪天を衝く勢いで叫声をあげる。
さっきまで余裕ぶっていた態度が一瞬で瓦解する辺り、漆さんに対するコンプレックスは相当みたいだ。
「意中の先輩が自分より闇姫を好きになったのを知って、振り向かせる努力もせず不満を撒き散らしてるのがまさにそうだろ」
「おいテメェふざげんなよ! デリカシー無しとかありえねぇし!」
「人のプライバシー侵したヤツにデリカシーを説かれてもなぁ」
「こんっの……!」
恫喝しても止まらない俺の反論に、若瀬良が目に見えて苛立ちを露わにする。
そもそも発端は若瀬良が好意を向ける相手が漆さんに恋をしていたこと。
地雷系を着た闇姫に容姿と人気で敗北感を募らせていたところで、片想いの相手すら取られたと思った嫉妬心が大元になっている。
その鬱憤を晴らすべく闇姫の失墜を狙ったのが動機だ。
ただ闇姫の人気は凄まじく、直接的に害を及ぼしたらすぐに悪目立ちしてしまう。
そこで狙ったのが俺だ。
高校デビューをバラしたのは俺に対する報復というより、漆さんと関わったからだと思わせて遠ざけることで彼女を孤立させるためだろう。
本当に
正面からでは闇姫に敵わないと認めているようなモノだ。
「おいおいマジか。若瀬良のやつ、失恋したからって関係ない人の過去バラしたのかよ」
「フツーにドン引き……」
「あんなのと付き合いたくねぇよ。先輩が闇姫を好きになるのも無理もねぇわ」
憮然とした俺の態度、明らかに動揺して激情を露わにする若瀬良。
その対比から俺の言葉が信憑性を増したことで、クラスメイト達がザワザワと若瀬良を非難していく。
それが我慢ならない若瀬良は顔を真っ赤にして俺を睨み付ける。
「正論ぶって何様だよ! お前が闇姫を襲ったことに変わらないでしょ!?」
「っ」
若瀬良がそう怒鳴った瞬間、クラス中にザワっと動揺が走った。
ここでそのカードを切ったか。
最初の一枚以外はフェイクだし、あの時の俺は
とはいってもそのことを知っているのは俺以外には彼女だけ。
それを証明する術は……たった一つしか無い。
「──何してるの?」
「っ!」
「……漆さん」
遅れて漆さんが教室にやって来た。
闇姫の登場に若瀬良はもちろん、クラスメイト達もハッと息を呑む。
誰か話すより先に、気怠げな紫の瞳が黒板へと向けられる。
「翔真が高校デビュー……」
ポツリと鴉庭さんが零す。
若瀬良に対する反抗はまだしも、俺の秘密を知った漆さんがどう出るかまでは未知数だ。
願わくば失望しないで欲しいが……どうなるのか固唾を呑んで先行きを見守る。
「そうよ! そいつ、高校デビューなんかしてあんたを騙してたのよ! そんなウソつきとはさっさと──」
「うるさい黙って」
「っ……」
若瀬良が攻勢に出ようとしたものの、前の昼休みと同じく一言で黙らされた。
制止された若瀬良が口を噤む間、奈々さんが俺と顔を合わせる。
「翔真」
漆さんが俺の名前を呼ぶ。
相変わらず表情が読みにくい眼差しでジッとこちらを注視しながら彼女は言った。
「──高校デビューって……どういう意味?」
「ゴメン、漆さん」
「? なんで謝るの?」
「だって漆さんに嘘付いてたから……」
「アタシが聞きたいのは、高校デビューって言葉の意味なんだけど?」
「…………ん?」
あれ、なんか話がズレてない?
そう思ったのは俺だけでは無いようで、漆さん以外の誰もがポカンと呆けている。
もしかしてアレか?
漆さんは高校デビューって単語そのものを知らない?
え、マジかそんなことってある?
いやまぁ、ある意味で漆さんらしいけども。
とんだ肩透かしを食らった俺は無性に脱力する他ない。
ん?
というか待てよ、まさかこのまま俺が解説する流れになってる?
嘘だろオイ。
高校デビューした人に高校デビューの説明をさせるとかどんな拷問ですか。
若瀬良に暴露された時よりダメージデカいんですけど。
でも漆さんの目が早く教えてって訴えかけてる。
もう断るとか無理じゃん。
こんな時ですらマイペースを貫く漆さんに呆れ半分から嘆息しつつ、高校デビューの解説をした。
説明中、誰も笑わなかったのはせめてもの幸いだと思える。
「……」
一通りの説明を受けた漆さんは無言で逡巡し始めた。
なんとも言えない空気に誰もが茫然とする中、漆さんは……。
「アハ」
「アハハハハ! アハハハハハハハハッ!!」
お腹を抱えて大笑いした。
今までのローテンションな彼女からは想像も出来ないリアクションに、俺は理解が追い付かず困惑してしまう。
それはもちろん若瀬良やクラスメイト達も同様で、闇姫がこんな風に笑う姿にひたすら呆気に取られる。
そうして笑う彼女につられるように、若瀬良が戸惑いを見せながらも口端を釣り上げた。
「そ、そうよね。こんな高校デビューなんてダサい真似されたら、笑っちゃうくらい失望するに決まってるわ!」
勝ち誇ったように調子よく
本当にそうなのか?
漆さんの笑い方は失望というより、ずっと見つからなかったパズルのピースを見つけたような歓喜に見える。
少なくとも……クラスの中で一番に彼女と過ごした俺にはそう感じた。
やがて笑い声が止まり、漆さんはゆっくりと息を整えていく。
「翔真」
「な、なに?」
不意に名前を呼ばれ、反射的に聞き返しながら彼女と顔を合わせた。
気怠げだった紫の瞳はかつて無い程に強い喜びを宿していて、マスク越しでもとても機嫌が良いの伝わる。
次に出る言葉を聞くより先に……。
──俺は漆さんに抱き着かれていた。
……。
…………へぁ?
==========
次回はお昼に更新です!
ダイレクトアターック!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます