巽翔真の苦い中学時代


 中学時代の俺を簡潔に言えば、現実を知らないバカ野郎だった。


「巽~。今日もゲーセンに行こうぜ」

「う、うん!」


 中学二年の頃、俺はクラスで一番目立つグループの中にいた。

 リーダーの男子に遊びに誘われたことを切っ掛けに、時間があればいつも誘ってくれたのだ。


 放課後のグラウンドでボール遊びをしたり、ゲーセンに行ったり色んなことをした。

 これだけ聞けば大した問題じゃないかもしれない。


 実態としては俺は彼ら彼女らにとってイジるだけのオモチャでしかなかった。


 ボール遊びの時は積極的にパスを回されたけど、運動が得意じゃない俺はいつも上手く受け取れない。

 パスを取り損ねる度に遠くへ行ったポールを取りに走る俺を、背中から何度も笑われた。


 ゲーセンに行った時は大体荷物持ちで、俺がプレイすることは全くといって無い。

 たまに出来たとしても高難易度に設定した上で、一人で遊ばされて失敗する無様を嘲笑される。


 そんな扱いを受けながらも、俺は人気グループの一員だと自負していた。

 いや、そう思ってないと耐えられなかったんだ。

 本当はバカにされてると分かっていながら、そんなことはないと現実逃避し続けていた。


 そうやって誤魔化すことでしか、当時の俺は自分の心を守れなかったのだから。

 

「巽、それ外して。そのまま隣を歩かれるのとか無理だから」

「う、うん。ゴメンね」


 言われるがまま、大事な宝物であるストラップを外した。

 自分の好きなモノを否定されてショックだった。


「なぁ巽。悪いけど今金ないからさ、代わりに昼飯買って来てくれね?」

「ま、任せて」


 弁当を食べる前に唐突に言われ、我慢しながら購買に行った。

 後になって自販機で飲み物を買ったところを見たし、なんならその時使ったお金は返してくれなかったっけ。


 でもこれらはまだ耐えられた。

 俺にとって一番のトラウマが起きるまでは。


 中学二年の三学期。

 いつものようにグループの男子達と教室で雑談していた時だった。

 思春期に入って異性に対する関心は、当時の俺達にも例外なく起きる。

 故にその時はどのクラスの女子が可愛いとかで盛り上がっていた。


 そんな中、俺にあることが告げられる。


「そういや巽。ここだけの話なんだけどよ……橋見はしみって実はお前のことが好きなんだってよ!」

「え?」


 思わぬカミングアウトに驚きを隠せなかった。

 橋見さんといえば当時のクラスで一番人気のある女子だ。

 グループで集まった時に一緒になったことがあったけど、大した接点はなかったはず。


「さ、流石に冗談だよね?」


 流されがちな俺でも、そんな素振りを見たことがなかったから信じられないと返す。

 そもそもロクに話した記憶すらないのだ。

 だから冗談かと尋ねたのだが……。 


「冗談で言うかよ! ほらよくあるだろ、好きな人の前だと素直になれないヤツ! 橋見もそういうことなんだよ!」

「どうやったらお前と仲良くなれるか相談されたことあるぜ」

「今コクれば絶対にオーケーされるって! 自信持てよ!」

「そ、そう、かな……?」


 あり得ないと否定するが、男子達は揃って本当のことだと口にする。

 そうまで煽てられた末に俺は段々とその気になってしまった。


 疑いを失くして信じ込んだ結果、気付けばあれよこれよという間に告白の舞台が整えられた。

 呼び出しに応じてくれた橋見さんは若干気怠そうな面持ちで俺に声を掛ける。 


「それで話って何?」

「え、えぇっと……」


 いざ告白となると成功率が高いと言われても緊張してしまう。

 振り返ればそんなワケがないと分かるのに、俺は腰を折って声を張った。


「は、歌苗かなえ! お、俺と付き合ってくれ!!」


 人生で初めての告白。

 名前を呼び捨てにしたのは、その方が女子に好感だからとアドバイスを貰ったからだ。

 成功を疑っていなかった俺は、それを真に受けて叫ぶような勢いで想いを吐き出した。


 その結果は……。


「キッモ。オモチャのクセに馴れ馴れしく名前で呼ばないでよ」

「……え?」


 予想外の返答に驚き、ゆっくりと顔を上げる。

 そうして見た橋見の顔は、最悪な気分だと隠しもしない侮蔑の表情を浮かべていた。


「な、なんで? お、俺のこと好きだって……」

「誰があんたみたいなオモチャ好きになるワケ? フツーにありえないし』

「お、オモチャ……?」


 何を言っているのか分からなかった。

 普通に振られるだけならまだ理解できる。


 でも同時に吐き捨てられた『オモチャ』の意味が全く理解出来なかった。

 ワケが分からず困惑している内に、後ろから嘲笑も生温い笑い声が響きだした。


 声の主は俺の告白を見守ると言っていた男子達だ。


「ぎゃははははははははっ! ま、マジでやったよコイツ!」

「っしゃー! 賭けは俺の勝ちな! 後で奢れよー!」

「くっそー」

「ヒィー腹痛ぇ!」

「え、え……?」


 どうして彼らが笑っているのかまるで思考が追い付かなかった。

 俺を応援するどころか、滑稽なモノを見るようにゲラゲラと腹を抱えている。

 あまりに理解が及ばない出来事の連続に、ただ茫然と立ち尽くしてしまう。


 そんな俺の反応が余計に面白いのか、男子達だけでなく橋見すらクスクスと嗤う始末だ。

 事此処に至ってようやく、自分が騙されていたことに気付いた。


 そう理解した途端、沸々と怒りが煮え滾っていく。

 これまで我慢して来た分、抑える間もなく爆発するまでそう時間は掛からなかった。


「は~笑った笑った。んじゃ、お疲れ~」

「っ、ま、待ってよ!!」

「あぁ?」


 一頻り笑った後で帰ろうとする男子達を呼び止める。

 だが彼らは一転して俺に煩わしそうな目を向けた。


「ひ」


 息が詰まりそうな恐怖を一瞬だけ身を竦ませるが、それでも説明して貰うために踏ん張って向かい合う。


「な、なんでこんなヒドいことするんだよ! あんまりじゃないか! お、俺達、友達のはずだろ!?」


 彼らと過ごすようになって初めての反抗だった。

 それだけ自分は傷付いたのだと声を張って責め立てる。


 けれども男子の一人が前に出て来て、バッと俺の胸倉を掴んだ。

 至近距離で睨み付けられて、口を噤んでしまう。

 黙り込んだ俺に向かって、彼は不快感を露わに口を開く。


「うっせぇな。オレらが遊んでやってんのにオモチャの分際でピーピー騒ぐなよ」


 そう言って押し退けるようにして手を離された。

 踏ん張りが利かず尻もちをついた俺を見下す。


 その目は足元の虫を意に介さないように空虚で……。


「萎えたわ」


 それだけ言って去って行った。


 翌日、何かの間違いだという一縷の望みを持って登校した。

 教室に着いたら先に来ていた彼らの姿を見つける。


「お、おはよ……」

「でさ~」

「おいおいマジかよ~」


 おずおずと挨拶をしたものの、彼らは俺を一瞥すらしなかった。


「ぇ、あの、おはよう!」

「放課後どうするよ?」

「あ~なに食おうっかな~」

「……」


 もう一度挨拶をしても結果は変わらない。

 この時になってようやく『萎えた』の意味を理解したのだ。


 ──要らなくなったオモチャで遊ぶ人はいないのだと。


 イジりの対象ですら無くなった俺に、わざわざ彼らが話し掛ける必要なんて無い。

 その事実を前にして俺は絶望したまま自分の席に着く。


 人気グループのオモチャだったことは学年内で相当有名だったらしく、三年生に進級してからも俺はずっと独りぼっちだった。

 虐められることはなかったけど、ただのクラスメイト以上になることもない。

 むしろ同じクラスで発生していた、とある男子に対するいじめを避けるように過ごしていたくらいだ。


 そんな無味無臭のガムみたいな状況が続いた二学期のある日、いじめを受けていた件の男子を取り巻く環境が激変した。

 何があったのかというと、地味だと笑われていた男子が容姿を改善して見せた上、当時のクラスで人気だった女子と付き合い始めたのだ。

 いじめをしていたクラスメイトも制裁され、それまで築き上げていたカーストの頂点を失う末路に至ったのである。


 ドラマにあるような逆転劇を前にして、俺は何も変えようとしなかった自分が酷く恥ずかしくなった。


 ──変わりたい。


 かつてないくらい胸の奥から湧き上がった衝動に突き動かされるまま、澄空そらに俺を変えてくれと頼みに行った。

 いきなりのことで相当驚かせたが、仕方ないと呆れられながらも手伝ってくれた恩は絶対に忘れない。


 そうして俺は髪を整え、メガネからコンタクトに変え、体型も痩せ、あらゆる方法で自分を変えることに邁進した。

 全ては惨めだった自分を変えるために。






 ──それらが今、水の泡になろうとしている。


 ========


 次回も明日更新!


 うおおおおおおラストスパァァァァト!!


 


 

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