もっと変わるために


 若瀬良達の所業は悪辣ではあったものの、大きな被害が出る前だったということもあり一ヶ月の停学処分となった。

 復帰したとしてクラスでの居場所は完全に無くなったも同然。

 これからは肩身狭い高校生活を送る羽目になるだろう。

 無論、その原因は自業自得でしかないので憐れみすら湧かないが。


 あんな騒がしいことがあった日から中間考査を経て、既に一週間以上が経った。

 その間に三つの変化が起きている。


 一つ目はクラスでの立ち位置。

 闇姫が人目も憚らず抱き着いたり、俺を救う形で若瀬良を停学に追い込んだことで、極力触れないようにと遠巻きにされてしまった。

 迂闊に刺激して闇姫を怒らせたくないのだろう。

 分かってはいるけどやっぱ多少の疎外感は拭えない。


 まぁ漆さんと過ごす時間を邪魔されないっていう点ではメリットなんだろうけど。

 高校デビューした結果、こんな形で収まるとは思ってもみなかった。


 二つ目は野々倉ののくら──いや、漣哉れんやのことだ。


 若瀬良が漆さんの地雷を踏んだせいとはいえ、実質的に一軍グループ崩壊を招いてしまった。

 そのことについて昼休みに謝罪したところ……。


「オレもうんざりしてたんだからいい気味だったぜ!」


 気前よく笑って許してくれた。

 それどころかなんと……。


「実はオレも高校デビューなんだよ!」

「ええええぇぇぇぇ!?」


 思いも寄らなかったカミングアウトをされたのだ。


 なんでも野々倉の中学時代は、部活に明け暮れたもののベンチから立てないまま終わってしまったんだとか。

 全力を注いでも届かなかった現実に折り合いを付け、高校では心機一転して華やかな青春を送ってやろうという腹積もりだった。

 だが俺と同じく若瀬良によって挫かれてしまい、鬱屈とした気持ちを抱える羽目になってしまったのである。


 だからこそ俺が高校デビューと知った時、自分と同じだったと知って強い共感を持ったんだとか。

 尤も彼が動く前に俺が若瀬良に反抗し、漆さんが徹底的にトドメを刺してしまった。


 まぁそんなワケで俺と漣哉れんやは、似た傷を抱える親友と言える間柄になったのだ!


「あ、でも闇姫と仲がいいとこだけは心底ムカつくわ」


 ……すぐに叛意しそうな獅子身中の虫にもなったが。


 そして最後に三つ目。

 俺自身の変化について。


 これに関しては高校デビューだとバレてしまったことが大きい。

 ちなみに悪い意味ではなく、どちらかと言えばポジティブ向きの話。

 言ってしまえばもう無理をする必要が無くなったのだ。


 バレる前は漆さんや若瀬良に高校デビューだと悟られまいと気張っていた。

 結果的にその憂いが無くなったため、自然体で学校に通えるようになったと言える。


 いや~肩肘張らなくて良いって凄く楽だ。


 そんな晴れやかな気分で朝支度を済ませると、ちょうど起きてきたばかりの澄空そらと鉢合わせた。


「おはよう、澄空」

「おはよ~兄さ──って、へっ?」


 俺の顔を見るなり、澄空が寝惚け眼を覚ます程に驚愕した。

 自分の頬を抓って夢なのか疑い出したが、現実なので痛いだけで終わる。


「失礼な態度だなぁ」

「い、いやだって兄さん、その格好……」

「変か? 自分なりに力抜いた感じにしたんだけど」

「……ううん。アリ寄りのアリ」

「普通に似合ってるって言えんのか」


 素直でない妹にツッコミを入れる。

 そりゃ昨日までと違うんだから無理も無いけど。


 そんな共感を懐きつつ澄空と目を合わせる。


澄空そら。色々と心配掛けてゴメンな? もう、大丈夫だから」

「兄さん……」


 俺の謝罪を聞いた妹が少しだけ唇を固く結ぶ。

 高校デビューすると決めた俺のために一番力を貸してくれたのが澄空だ。

 どれだけ心配させたのか計り知れないけど、もうそんな必要は無いのだと伝えたかった。


「っ……べ、別に最初から心配なんてしてないし。私のことは良いから早く鴉庭さんのところに行きなよ!」

「ははっ、それじゃ行って来るよ」


 澄空はグッとパジャマの袖で目元を拭った後、プイッと顔を逸らしてしまう。

 やっぱり素直じゃない妹に苦笑しながら、俺は家を出て待ち合わせ場所である駅前へと向かった。


 五月末ということもあり、初夏を過ぎて本格的に夏が始まろうとしている。

 ジリジリと朝陽から感じる熱が増して来ていた。


 昨日の帰り道で明日から夏服にするって漆さんは言ってたけど、やっぱり夏服も地雷系なんだろうか。

 ……肩の力を抜いた今の俺を見て、彼女がどんな反応をするのか無性に緊張してしまう。

 良くも悪くもストレートなのでダメ出しも容赦ないから。


 竦みそうな足で歩くこと数十分後。

 駅前に着いた。


 漆さんはもう来ているんだろうか。

 そう思って周囲を見渡す。

 程なくして彼女の姿を見つけた。


 宣言通り今日の漆さんが着ている地雷系は夏服仕様だ。

 グレーの肩出しワンピースはリボンとフリルがふんだんにあしらわれていて、腰のベルトによって身体のシルエットが分かりやすくなっている。

 ラッパのように広がっている袖口は風通しが良さげで、足の甲が出た黒のローファーと白のソックスという色合いも良い。

 それでいて髪型も首元が露わにしたツインテールに束ねられている。


 暑くなろうが地雷系は崩さない拘りぶりに苦笑しながら、ゆっくりと漆さんの傍まで進む。


「おはよう、漆さん」

「おはよ……ん?」


 先に挨拶をすると、すかさず彼女も返してくれた。

 しかしこちらに目を向けた途端、気怠げだった紫の瞳が大きく見開かれる。

 さっきの澄空と同じく、俺の格好に驚いたみたいだ。


 髪は寝癖を直す程度にして、コンタクトを止めて緑のアンダーリムメガネを着けた。

 前に比べて華やかこそ欠けたものの、学んだことを活かしてみたのだがどうだろうか。


「どう、かな? 変じゃない?」

「……」


 その問い掛けに対し、漆さんは無言のまま茫然とする。

 何も言えないくらい変だったのだろうか。

 漠然と不安が胸を過るが、やがて思考を取り戻した彼女がゆっくりと俺の頬に手を伸ばした。


 柔らかな手で撫でられて少しくすぐったさを感じていると、漆さんはフワリとマスク越しでも分かるたおやかな笑みを浮かべる。


「──似合ってるよ。やっと本当の翔真に会えた気がする」

「……もう、無理に隠さなくて良くなったからね」


 胸を打つ心地良い言葉に、つられて俺も笑みを漆さんへ向ける。

 こんな風に笑えるのも、全部漆さんのおかげだ。


 ──あぁ、


 俺自身の変化について。

 それは目の前にいる鴉庭漆さんに恋をしたことだ。


 自覚する前に自分じゃつり合わないと勝手に諦めて、周りから指摘されてもそういうのじゃないと否定し続けていたけど。

 高校デビューの努力を認めて成功だと言ってくれた瞬間、誤魔化しようが無い程に恋い焦がれてしまったのだ。

 中学の頃に煽てられてその気になった薄っぺらい想いとは違う、正真正銘の初恋を漆さんに懐いた。


 そして漆さんも俺に対して同じ気持ちを懐いていると察している。

 あそこまで親身にされて気付かないほど鈍いつもりはない。

 前は気のせいだと思って目を逸らしていたが、自分の気持ちを自覚した以上、そういうワケにもいかなくなる。


 今度こそ告白すれば間違いなく交際出来るだろう。

 でも……まだしばらくはこの想いを秘めたままにしておくつもりだ。

 これは何もヘタレてるワケじゃない。


 漆さんは学園で一番有名な闇姫だ。

 そんな彼女と俺が付き合ったとして、良く思わない人はきっと大勢いるだろう。


 頭では関係の無い人の声なんて無視すれば良いと分かっている。

 けど自分の好きな人が貶されたらどうしたってショックを受けてしまう。

 俺は漆さんの見る目がないなんて聞きたくないし、漆さんにも俺が相応しくないとか聞いて欲しくない。


 それに非難してくる連中の誰かが、若瀬良みたいに攻撃して来ないとは限らない。

 そうならないためにも、俺はもっと変わる必要がある。


 具体的にはどうすれば良いのかはまだ決まっていない。

 けれど方向性だけは既に示して貰っている。

 その道に進むために俺は漆さんに告げた。


「漆さん。実は昨日、黒さんに連絡したんだ」

「お姉ちゃんに?」

「うん。モデルの話、受けますって」

「! ホント?」

「嘘なんて言わないよ」


 了承すると思わなかったのか、真偽を問う漆さんに苦笑いしながら返す。


 モデルになることが正解かどうかは分からない。

 けれど確実に自分を磨く一環にはなる。

 そう思って黒さんに承諾の連絡を入れたのだ。


『マジで!? ありがとう、ヒーロー君!!』


 受けてくれて良かったと、黒さんの喜びようは凄まじいモノだった。

 同じように漆さんも喜んでくれるかなぁと思ったんだけど……。


「……むぅ」

「あれ?」


 何故だか漆さんは不満げに頬を膨らませていた。

 えぇ~なんでぇ?

 喜ぶどころか怒ってるんだけど……。


 どこでミスったのか困惑していると、漆さんは非難するような眼差しで俺を見つめる。


「お姉ちゃんより先に聞きたかった……」

「……」


 ……ヤバい。

 この闇姫様、可愛すぎる。


 真っ先に自分が知りたかった嫉妬が原因だと知り、思わず発露しそうになった恋心を抑えるべく天を仰ぐ。

 って悶えてる場合じゃない、フォローしろ俺!!


「へ、返事は早い方が良いと思ったから。そ、それに漆さんには自分の口で言うから秘密にして欲しいって、俺から黒さんにお願いしたんだ!」

「それ本当?」

「顔ちっか!?」


 食い気味に至近距離まで迫られ、咄嗟に仰け反りそうになる。

 ビックリしたぁ!

 いきなり好きな子にあんなことされたら心臓が持たねぇよ!


「う、うん……遅くなってゴメンね?」


 ドキドキと逸る鼓動を落ち着かせながら謝る。

 これでも一刻でも早く伝えたつもりだった。


 そんな俺の謝罪に、漆さんはフルフルと首を振る。


「ううん。翔真なりのサプライズだったんだよね? アタシこそゴメン。モデルの話受けてくれて、嬉しい」

「っ! こ、これからもよろしくね、漆さん」

「ん。よろしく。翔真」

「あ、あははは……」


 機嫌が戻った途端にアクセルをベタ踏みして来る漆さんに苦笑する他なかった。

 曖昧に濁してごめんなさい。


 けど、キミの想いを正面から受け止められるように変わるよ。

 それまでもう少しだけ待ってて下さい。


 そう心の中で浮かべながら、俺達は今日も一緒に登校するのだった……。



 =======


 次回、一章エピローグ!

 21時に更新します!


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