もっと距離が縮まった闇姫との登校
今日も駅前で待ち合わせ、電車に乗って学園へと向かって行く。
漆さんはいつも通りの地雷系だ。
とはいっても今日のは白と黒の二色だけを使ったゴシック調になっている。
二色の対比と目立つフリルリボンは、さながら西洋人形みたいな雅やかな雰囲気が感じられた。
ただ地雷系以外に目立つ点が一つだけある。
それはいつも背負ってるリュックサックとは別の、肩に掛けている大きなバックだ。
何が入ってるのか気になるけど、デリカシーが無いと思われたく無いから何も訊かなかった。
そんなことを思考の片隅に追いやりながら、彼女と座席に腰を下ろしていつもの雑談が始まる。
「昨日家に帰った時、母さんと妹にモデルに誘われた話をしたんだ。二人とも凄いビックリして、詐欺じゃないかなんて疑われてたよ」
「お姉ちゃん、詐欺なんてしないのに」
「名刺とか黒さんの会社のホームページ見て貰って、やっと信じてくれたけどね」
真実だと知った時の二人の驚きようは、思い出し笑いをしてしまうくらいだった。
特に
まぁ返事は保留してるって返したら、勿体ないだのすぐにオーケーすればいいとか手の平返しされたけど。
見ようによっては応援してくれてる……と思いたい。
「翔真はまだ踏ん切りつかない?」
「うん……でも前向きに考えられてる。そこまで時間を掛けるつもりはないけど、もう少しだけよく考えたいんだ」
高校デビューと違ってより不特定多数の人目に触れるのだ。
いざ撮影された写真が公開した時、似合ってないだとかモデルがイマイチなんて謗りも受けかけない。
否定的な意見に晒されるかもしれないと思うと、どうしてもあと一歩が踏み出せなくなる。
根っこのビビりが恨めしく思えてしまう。
……ふと、漆さんはどうなんだろうかと疑問が過る。
モデルとしては確実に先輩だし、学校でも闇姫として善悪問わず注目されているのだ。
何かしらのアドバイスでも貰えないかなと、思い切って尋ねてみることにした。
「漆さん。ちょっと質問して良い?」
「良いよ」
「今までモデルやってて、何か否定的なことを言われたりした?」
「そういうの、直接見たことない」
「え? それってどういうこと?」
「送られてくるファンレターとか問い合わせは、お姉ちゃんが付けてくれたマネージャーが精査してるから」
なんてことないように告げられた答えに、俺はなるほどと感心する。
要はそもそもマイナス意見に触れさせない方針なのだろう。
確かにどんな否定だろうが、目にしなければなんの問題にもならない。
そんな簡単なことに言われてようやく気付いた。
「それは……凄いね。大事にされてるんだなぁ」
「ん。だからもし翔真がモデルになったとしても、同じようにしてくれる」
「頼もしい。でも俺、エゴサして結局見ちゃいそうな予感しかないや……」
一部が閉じられたところで、自分から首を突っ込んでは台無しだ。
そう分かっていても、どうしても人から見た自分の評価が気になってしまう。
「ちなみに漆さんはエゴサとかしないの?」
「してない。顔も名前も知らない他人の意見なんて興味無いから」
「あ、ですよねー」
漆さんの性格を考えたら聞くまでもないことだったわ。
正反対の気質を持つ彼女じゃ話にならなかった。
けど漆さんの人の意見に流されないところは素直に凄いなと思う。
自分にはない強さだからこそ憧れる他ない。
そんなことを考えていると、漆さんの紫の瞳がこちらに向けられていた。
「アタシは自分がしたいようにしてるだけで、誰がなんて言おうが好きにすればいいって思う」
「漆さんらしい」
「けど全く傷付かないワケじゃない」
「……漆さんでもそういう時ってあるんだ?」
驚かないと言ったら嘘になる。
それだけ普段の漆さんから想像出来ないことだったから。
目を丸くする俺に、漆さんはクスッと笑いながら細めた目を向ける。
「翔真はアタシをなんだと思ってるの? ヒドいこと言われたらフツーに傷付くよ。すぐに忘れるけど」
「忘れるんだ……」
「覚えてても無駄だし。あ、でもアレは覚えてる。翔真が痴漢から助けてくれた時のこと」
「へ? えぇ、っと……」
触れて良いのか一瞬躊躇ってしまうけど、漆さんが口に出して言うのだからいいのかもしれない。
ひとまず話の続きに耳を傾けることにした。
「アタシの着てる地雷系をバカにされて、好きな格好してそんなに悪いのって思った。でもすぐに翔真が悪いのはそっちだって怒ってくれた」
「あ~ははは。なんかついイラッとして色々言ったけど、今思うと何様って感じだね」
「ううん。ああ言ってくれてスッキリしたし、凄く嬉しかった」
「漆さん……」
嘘偽り無い本音だと訴える紫の瞳に見据えられ、俺は形容出来ない歓喜に心が震えた。
漆さんにとって大事な記憶に自分が関わっている。
それがどうしようもなく嬉しい。
そんな感動をしていると、漆さんがそっと手を重ねて来た。
いきなり手の甲を包んだ柔らかな感触に驚いてしまう。
そのまま漆さんは真剣な眼差しで言った。
「もし翔真を悪く言う人が居ても、アタシがその十倍褒める。それじゃダメ?」
「っ……じ、十倍も褒めるとこないよ」
「あるよ。翔真が気付いてないだけ」
「そう、なのかな……?」
やけに自信満々に言ってのけられ、否定しきることが出来なかった。
恥ずかしいやら照れくさいやら、なんとも言えない複雑な気持ちに駆られる。
でもイヤな気分は少しもしない。
ドキドキと高鳴る心臓の音すら気にならない高揚感に包まれながら、俺達が乗る電車は学園の最寄り駅へと到着した。
相も変わらずすれ違う学生達の視線を掻っ攫う闇姫と、その隣を歩く平凡な男子にも注目が向けられる。
嫉妬、羨望、疑心、好奇心……。
総じてつり合いの取れていない異分子を見るような眼差しだ。
これに慣れるにはまだまだ掛かりそうだなぁ。
モデルの話を受けたらこういうのにも耐性が付いたりするんだろうか。
漠然と考えながら下駄箱で上靴に履き替えた時だった。
「ゴメン翔真。ちょっと職員室に用があるから先に教室に行ってて」
「珍しいね? 分かったよ」
先生にどんな用事があるんだろう?
疑問を抱きながらも頷いて、漆さんと別れた。
思えばこうして一人で教室に行くのも久しぶりだ。
最近はずっと漆さんが隣にいたから、微かな寂寥感が胸を過る。
なんだかんだ馴染んで来ている自分に堪らず苦笑してしまう。
そんなことを感じてる内に教室に着いた。
ガラリとドアを開けて中に入る。
瞬間、クラスメイト達の視線が一斉に俺へと向けられた。
どうしたんだろうかと思った矢先、黒板に何か書かれていることに気付いて──。
「──え」
それを目にして、ドクンと心臓が大きく揺れた。
さっきまで軽やかだった心が鉛をくくりつけられたように重く感じる。
冷えた身体がガクガクと震える。
視界はぐらついて、まともに立てているのかさえ覚束ない。
黒板にはこう書かれていた。
【巽翔真くん、高校デビューでした~!】
黒板を埋め尽くすようにデカデカと書かれていて、それが事実だと知らしめるように中学の卒業アルバムの名簿欄用に撮った顔写真が添付されていた。
今と違って無造作に伸ばされたボサボサの髪、黒縁のメガネを掛けた小太りで覇気の無い冴えない顔をした男子。
紛れもない中学時代の俺の顔だ。
──なんでなんでどうして!?
目の前の光景が信じられなくて現実を否定する。
けれど何一つ変わってくれない。
その時……。
「おはよ~巽」
混乱する耳に嗜虐心を隠そうともしない声音が飛び込んで来たのは。
恐る恐る声の方に顔を向ければ、そこにはニヤニヤと嗤う
========
次回は今夜更新!
……なんとなく『あ~あやっちゃったな』とか『オイオイ地雷踏んだわ』とか聞こえる。
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