闇姫と一緒に登校


 とりあえず駅前で立ち話をしていては他の人の迷惑になるし、最悪だと遅刻してしまうので俺と鴉庭からすばさんは電車に乗ることにした。

 通勤ラッシュから外れた時間帯とあり、空いていた座席に腰を下ろす。


 隣に地雷系女子がいるため、他の人達から凄く注目されている。

 というか肩が触れるくらい近い。

 そのせいというべきか服の上からでも分かる大きめの双丘が、スカートとニーハイソックスの間から覗く絶対領域に視線が向きそうになる。

 心なしか電車の中とは違う女の子の香りもするし……正直、かなり心臓がうるさい。


 なんとか平静を装いながら鴉庭さんのお願いについて尋ねることにした。


「えっと、俺と毎日登校して欲しいってどうして?」


 質問に対して鴉庭さんは顔色を変えないまま言う。


「また痴漢に遭わないために、ボディーガードしてほしい」

「なるほど……」


 それは被害者の彼女からすれば当然の発想だった。

 というかその考えに至らなかった自分をぶん殴りたくなる。

 でも俺から提案すると、なんか見返りを求めるみたいで後ろめたく思えてしまうのでなんともままならない。 


 それに本当に俺で良いのかという疑念もある。

 ちなみにお姉さんに頼むのはダメなのか聞いてみたところ、仕事で忙しいのに送迎まで任せるのは気が引けるとのこと。

 両親に関してははぐらかされてしまった。


 そうなると学校で孤立している鴉庭さんが家族以外に頼る場合、同じ駅から登校している俺が適任と言えるだろう。

 だとするなら断るのは忍びない。


 何が出来るってワケじゃないけど、彼女たっての指名なら受けるべきだ。


「分かった。俺で良ければ鴉庭さんと一緒に行くよ」

「……ありがと」


 承諾の返答に鴉庭さんの平坦な声が少しだけ弾んだ気がした。

 きっと引き受けてくれたことに安堵したのだろう。


 彼女の不安を少しでも和らげられたなら良かった。

 そう胸を撫で下ろしていると、鴉庭さんがスマホを俺に向けて差し出す。


「鴉庭さん?」

「連絡先、交換しよ?」

「うえっ!?」


 唐突な提案に驚きのあまり電車の中で大声を出してしまった。

 そのせいで他の人達から視線を集めてしまう。

 二つの意味でドキドキしながら、すいませんと軽く会釈してなんとか場を濁す。


 戸惑う俺とは対照的に、鴉庭さんは無表情でスマホを差し出したままだ。


「い、いきなりなんで?」

「さっきみたいに待つより、メッセ送り合った方が楽だから」

「それはそう、だね。うん……」


 鴉庭さんの言うとおりだ。

 結果的に朝早くに一人で待たせてしまった。

 何もなかったから良いけど、もし余計なナンパとかに遭ったら罪悪感で胃が潰れそうになる。


 一応女子との連絡先を交換するのは初めてじゃない。

 同じグループの女子三人と交換してるけど、連絡は向こうからの一方通行でこっちが送っても既読スルーがほとんどだ。

 逆だと烈火の如くブチ切れてくるのにな。


 鴉庭さんはどうなんだろう。

 口数は少ないから頻回に送ってくる感じはしないけれど……地雷系を着てるくらいだからスタンプ連打とかして来そうでもある。

 いやいや偏見は良くないよな、うん。 


 何はともあれ俺は断り切れず、互いの連絡先を交換することとなった。

 連絡帳に保存された鴉庭さんの名前を見て、形容できない高揚感を覚える。

 なんだか光っているような錯覚すらしてしまう。


「それで時間、どうする?」

「時間? って、あぁ。ボディーガードするなら電車の時間を合わせなきゃだよな」

「そう。明日から翔真の時間帯に合わせるつもりだけど──」

「いやいや、それなら俺の方が鴉庭からすばさんに合わせるよ!」

「え」


 当然のように言う鴉庭さんを遮って、こちらから名乗り出た。

 俺の言葉に驚いたのか、彼女は少しだけ目を丸くする。


 どうして自分から言い出したのかというと……。


「その、詳しくは知らないけど鴉庭さんの服装ってかなり時間掛けてると思うんだ。今日は俺を待つために普段より早起きしたとして、それが毎日ってなると絶対にしんどいだろ? だから俺が合わせた方が絶対に良いよ」

「良いの?」

「良いってば。男の俺はそこまで時間掛からないし、鴉庭さんの体調も崩さなくて済むから」


 我ながら案外筋の通った理由だと自負しそうだ。

 そんな説明を聞き終えた鴉庭さんはというと、茫然としたまま眉一つ動かなかった。


 あれ、もしかしてキザったらしく聞こえたかな?

 唐突な不安に襲われそうになっていると……。


「──~~っ!」


 鴉庭さんは胸元をギュッと握りながら、顔を反対側に逸らした。

 一瞬、顔色が赤かったように見えたけど気のせいだろうか。

 マスクしてるからよく分からないんだよなぁ。


 というかどうしよう、この反応絶対に引かれたじゃん。

 分かったような物言いが気色悪かったんだ。

 これからボディーガードを任されたのに、初日から何やってんだ俺ぇぇぇぇ!!


 頭を抱えて自らの失言を後悔する。

 そうしている間にも電車は進むものの、学園の最寄り駅に着くまで俺達は会話を交わすことはなかった。


 ========


 ──マスクしてて良かった。


 アタシは今、心の底から安堵している。

 順調に翔真と毎朝登校できる口実を取り付けられて、昨日は出来なかった連絡先の交換も出来て安心していた時にこれだ。


 彼はアタシの服装がとても手間を掛けていることを慮って、いつもアタシが使う時間帯に合わせるって言ってくれた。

 確かに今日は翔真を待つために、いつもより二時間くらい早く起きている。

 そのせいで電車に乗ってから襲ってくる眠気に耐えていたところ、アタシの体調を気遣ってくれたのだ。


 翔真の身綺麗な見た目は、決して手抜きで出来ることじゃないくらい分かる。

 なのにアタシに気負わせないように、自分の方が楽だからなんて言って。


 嬉しくないワケがない。

 キュッて心臓が締め付けられるくらい嬉しくて、赤くなった顔を見られたくなくて顔を逸らした。

 きっとマスクをしてなかったら彼にはバレていたかもしれない。


 ドキドキと脈打つ心臓によって眠気は綺麗さっぱり無くなったけど、まともに翔真の顔が見れなくなってしまった。


 ズルい、翔真の優しさはズルい。

 アタシばかりドキドキさせられて悔しくなってくる。

 だからお返ししなくちゃ。 


 学園の最寄り駅に着くまでの間、どうやって仕返ししようかと思考を張り巡らせるのだった。 


 ======


 次回は明日の朝に更新します。

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