痴漢から闇姫を助けた


 煌ノ神こうのがみ学園に入学して早くも一ヶ月が過ぎた。

 ゴールデンウィークも経た今の時期にもなれば幾つかのグループが出来上がる。


 出だしこそ挫かれたものの、野々倉ののくらと友達になった俺は見事一軍グループに入ることが出来た。

 五人グループの中で男子は俺と野々倉の二人だけで、他の三人は女子という組み合わせだ。

 休み時間や放課後に集まって遊んだり、休みの日にはカラオケやモールに出掛けたりもした。

 夢に見たはずの青春カーストトップらしい学生生活に見えて、実際の俺の心境はただただ疲れ果てていた。


「じゃね~たつみ。買い物付き合ってくれてありがとね~」

「あ、あぁ。またな」


 放課後、帰りの電車で先に降りた女子と別れの挨拶を交わす。

 電車が動いて駅から離れると同時に、内に溜め込んでいた疲労を長い息と共に吐き出した。


「はぁ~……やっと気が抜けた」


 手すりに掴まったまま軽く項垂れる。

 一軍の陽キャ女子相手に気を遣いすぎたからだ。


 なんというか俺達のグループは仲の良い男女五人でワイワイするというより、俺と野々倉が女子三人をヨイショする召使いみたいになっている。


 遊びに行く先は全部女子達の好みに沿ったモノで、スポッティとかゲーセンに誘ってもいい顔しない。

 それだけならまだしも、必ずと言って良いくらい買い物に付き合わされて荷物持ちをさせられる。

 一分でもLINEの返信が遅れたら十分以上はネチネチと愚痴を訊かされるわ、どう違うのか分かりにくいネイルの賛辞を強要されたり……思い描いていた青春とは掛け離れている感じしかしない。


 もしかして俺が知らなかっただけで、世の中の陽キャ男子ってこういうモノなのか?

 いや流石にないよな、うん。

 野々倉も時々うんざりした顔してたし。


 なら離れたらいいだけなんだろうけど、厄介なことに彼女達はカーストトップ。

 機嫌を損ねたら孤立はおろかイジメの標的にすら成り得る。

 そうなるとあの中学時代に逆戻りだ。

 それだけはなんとしてでも避けなければならない。


「はぁ……ん?」


 ため息をついて電車の中を軽く見渡すと、見知った人物の後ろ姿を見掛けた。

 紫のインナーカラーが混じった黒髪のツーサイドアップ……『闇姫』こと鴉庭からすばさんだ。


 地雷系を着て入学式に来た話は上級生にも広まり、体育以外は変わらない服装と確かな美貌から『闇姫』と呼ばれるようになった。

 告白とかされてるみたいだけど、まだ誰とも付き合っていないらしい。

 他にも彼女は話し掛けられても無愛想に返し、必要事項以外はまるで話そうとせず、昼休みもどこかに行ってしまうため誰もマスクの下を見たことがないのだ。


 当然と言うべきかそんな鴉庭さんはクラスでもずっと一人で、特定の誰かと仲良くしてる様子は無い。

 完全に孤立しているにも関わらず、大して気に留める素振りも見せないまま授業を受けている。


 地雷系を貫き、周りに溶け込もうとしないその有り様はまさに孤高そのもの。

 高校デビューまでして輪に入ろうとした俺とは大違いだ。


 そんな彼女が同じ電車だったとは、あんなに目立つのにどうして気付かなかったんだろう。

 まぁ違う時間帯だとか別の車両に乗ってたとか、色々と思い当たる理由は浮かんでくる。

 それに気付いたところで話し掛けたりするつもりはない。

 あの挨拶以降、俺が鴉庭からすばさんと話したことは一度も無いし、彼女だって友達でも無いヤツに声を掛けられても迷惑だろう。


 だから特段気にすることもない。

 そう結論付けて視線を外そうとした時だった。


 ──視界の端で鴉庭さんのスカートの中へ、スマホを覗き込ませてる不埒な手を見つけたのは。


 見間違いかと思って再度顔を向けるが、どう見ても盗撮以外のなにものでもなかった。

 盗撮者は小太りなスーツ姿のおっさんで、素知らぬ顔で虚空を眺めている。

 そりゃ鴉庭さんくらい可愛い子が狙われても不思議じゃないけど、実際に犯罪の光景を目にすると不快感しか無い。


 それに見た感じ、彼女は盗撮されてることに気付いていないみたいだった。

 意識が自分のスマホに向いているんだろう。


 あのままじゃ格好の餌食だ。

 すぐさま止めようとしたが、脳裏にある声が囁かれる。


 俺が止めたとしても、逆上した相手に殴られたらイヤだなぁ。

 地雷系を着て目立つ鴉庭さんなら、その内誰かが気付くかもしれない。

 だったらわざわざ俺が動くまでもないだろう。

 自分から面倒事に首を突っ込む必要なんてないのだから。


 強烈な保身へ突き動かす悪魔の声に足を止められる。

 そうじゃないか、だって俺には関係ないんだから。


 ──けど、それで本当に良いのか?


 後ろから中学生だった頃の俺に問い掛けられた気がした。


 当人も気付いていない危機を知っているのは俺だけかもしれないのに?

 仮にこのまま見過ごしたとして、次は盗撮以上の被害に遭ったりしたら?

 傷付いた鴉庭さんはもう学校どころか、外に出られないのに俺はのうのうと過ごして良いのか?


 ……。


 ……イヤだ。

 それこそ中学の時と何も変わらないじゃないか。


 もうあんな後悔はしたくないって。

 そのために俺は高校デビューするって決めたんだろう?

 何も出来なかった自分を変えるために!


 ──そう自らを鼓舞した時には、既に俺の手は盗撮していたおっさんの腕を取り、スマホを奪い取っていた。


「──オイおっさん。このスマホで撮ったヤツ消せよ」

「な、なんだキミは!?」

「? ……っ!」


 俺の乱入に驚いたおっさんの声で振り返った鴉庭さんは、俺達を見るや瞬く間に状況を理解したらしい。

 サッとスカートの裾を抑えながら身を引いた。


「誰か! コイツ、この子のスカートの中を盗撮してました! 一緒に取り押さえて下さい!」

「い、言い掛かりはよしたまえ! 何を根拠にそんな──」

「だったら皆にスマホの中身を見せても良いよな? カメラ起動したままだからロック画面になってないし、すぐに画像フォルダ開けるぞ? 本当に盗撮してないならそれくらい平気だよな?」

「なっ……!?」


 俺の要求に対しておっさんは大きく狼狽える。

 何せ消す時間なんて与えなかったんだから、スマホの中には犯罪の証拠が思い切り記録されているしな。


 そしておっさんの反応から黒だと察した人達の協力により、盗撮犯はあっという間にその場で大人数で取り押さえられた。


「離せぇ! クソ!」


 拘束されたおっさんが身を捩って抵抗するが、多数に押さえ付けられていては無意味でしか無い。

 後は次の駅で警察が対処してくれるだろう。


 そう判断して茫然としている鴉庭からすばさんへ顔を向ける。

 未だに自分が被害に遭ったことが信じられないのか、彼女は自分の身体を抱くように腕を組んでいて、顔色はいつになく青ざめていた。


 少しでも安心させようと、俺は愛想笑いを作る。


「たまたま気付けて良かった。鴉庭さん、ケガは無い?」

「……ん」


 俺の問いに鴉庭さんは小さく首肯する。

 もしかして彼女、元から口数少ないんだろうか。

 だとしたら無理に話させるのは控えた方が良いかもしれない。


 なんて考えていた時だった。


「私は悪くない!」


 おっさんが一際大きく喚いたのは。

 

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 次回は18時に更新です。

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