第10話
―――約二ヵ月前。
六月十二日、木曜日。十七時二十分。
その日、
石黒は、学生時代に柔道をやっていて、小柄だが肩幅は広くがっしりした体格で、肌の色は浅黒かった。歯が黄ばんで、前歯が一本欠けていた。
高校二年に上がると益々現実逃避に拍車が掛かり、それまでは土曜の夜だけだったシンナーの回数も増えていた。
その日も森口は、鳥居の広場でシンナーを
真っ赤な夕日が、西の山に沈みかけていた。
石黒は、笹塚街道の一本道をウトウトとしながら走っていた。右手に竹林を見ながら、緩いカーブを曲がり、恩音トンネルの方向へ向かっていた。
森口は、鳥居の広場を左に曲がると、恩音トンネルを背にして、竹林の方向へ向かった。森口はフラフラと道の真ん中を走っていた。そして虚ろな目で、何気なく顔を上げた。―――その瞬間、いきなり大きなダンプカーが目の前に現れた。
森口は、とっさにハンドルを右に切った。ダンプカーは前から、森口の方に向けて、ハンドルを左に切った。
森口と自転車は、ダンプカーの後輪に巻き込まれると、金属が軋むようなもの凄い音が上げた。そのまま森口は、数十メートル引きずられて、田圃の中に自転車ごと飛ばされた。乗っていた自転車は
石黒はそのまま逃走したが、恩音トンネルを抜けて国道四〇三号線に出た所で、国道を北上してきた軽乗用車の側面に追突して止まった。
追突された車は横転して炎上し、運転していた主婦は死亡。助手席に乗っていた二歳の女児も車外へ放り出されて、いまも意識不明の重体が続いていた。
石黒は、その後の調べで傷害等の前科がある事が分かった。
普段は穏やかなのだが、いちど頭に血が上ってカっとなると、自分でも制御が出来なくなるほど短気で、激しい気性の持ち主であった。
石黒は面会に着た叔父に、以下のような事を話した。
『俺が道を走っていると、竹林を抜けたところで白い着物を着た女が、右側から突然飛び出してきた。それを避けようとしてハンドルを左に切ったら、そこに走ってきた女子高生の自転車を巻き込んでしまった。
走りながらバックミラーを見ると、白い着物の女がこっちを見て微笑んでいた。俺は、それを見て怖くなって逃げた。
出来るだけこの場から遠くへ離れようと思い、その先の狭いトンネルを抜けて、国道へ向かった。
そして、国道に出る手前で、ブレーキを掛けようとした。その時、真横に何かの気配を感じて、助手席を見た。
すると、あの着物を着た女が、そこに座っていた。そして俺を見て、また微笑んだ。
俺が慌ててブレーキを踏もうとしら、その女に脚を軽く触れられた。
その瞬間、俺の身体は動かなくなった。アクセルを強く踏み込んだままで、国道に突っ込んで、横から来た車に衝突した。
俺もハンドルに額を強く打って、遠のく意識の中で横を見ると、もうあの女の姿は、そこに無かった。頼むから、あの女を探してくれ!』―――と訴えていた。
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