第9話
暫く走ると、左側に竹林が見えてきた。その先で、道は左へ緩くカーブしている。
そのカーブに差し掛かった辺りで、蓮が息を切らせながら言った。
「そろそろ、大丈夫じゃないか」
蒼斗も、その声にスピードを緩めた。後ろを振り返ると、女子高生の自転車は見えなかった。
「ハァ、ハァ、……」二人とも息が切れていた。
女子高生の脇をすれ違うと、蒼斗は脇見もせずに急にスピードを上げた。蓮も、それにつられて追いかけた。
「しっかし、飛ばし過ぎじゃないか。あんなにスピードを出さなくても。知ってる奴だったのか?」Tシャツの袖で、汗を拭きながら、蓮が言った。
「あ、ああ……」
と、蒼斗が言い終わる前に、いきなり蓮を横から突き飛ばして、二人は自転車ごと竹林の中に頭から突っ込んだ。
左手の竹林のカーブを抜けきる辺りで、前の視界が開ける。その先で道が交差していて、その十字路にパトカーが一台止まっていた。その横に、自転車が止めてあり駐在所のお巡りさんが、パトカーの運転席に座っている警察官と、何やら話をしているようであった。
「いててててッ……」
蓮が長身を屈めて、擦りむいた肘の泥を落としながら、蒼斗を見た。
蒼斗は、竹林に頭を低くして前を指差した。蓮は、竹林の隙間から前方を見て、やっと蒼斗の行動が理解出来た。
二人は身を屈めて、竹林の奥に自転車を押しながら進んだ。表の道から、死角になる辺りまで来ると、二人は自転車を倒して腰を降ろした。
「見つかってないみたいだ」蓮が、少し皮がむけた肘を見ながら言った。
「お巡りさんも、まさかこんな山道を、凶悪な殺人犯がマウンテンバイクで走って来るとは思ってないからな」
蒼斗は、Gパンについた土を手で払いながら微笑んだ。
「やっと、君の出番がきた」
蒼斗が、デイパックから銀色のスプレー缶を取り出すと、Gパンの上から足下と、首筋と両腕に吹きかけた。
「しかし、これからどうするかな?」
蒼斗が、血の滲んだ蓮の肘を覗きながら続けた。見ている蒼斗の顔の方が痛そうだ。
蓮が、手渡された虫除けスプレーを自分に吹きかけながら、
「そういえば、さっきの女子高生は誰だったんだ?俺たちの知ってる奴か」
と、蒼斗がさっき言いかけて、途中で終わってしまった事を思い出した。
「ああ、蓮も知ってるだろ。中学の時一緒だった、
「ゆずね?」
蓮は、スプレーを掛け終わった缶を蒼斗に返すと、頭の中でその名前を探した。
「ほら、結構頭が良かったけど、
清欄女子高校は、県下でも有名なトップクラスの高校である。田島商業高校は、それとは逆に、落ちこぼれの集まりで、柄の悪さでは有名な学校であった。
「ゆずねって、……森口、柚音か?」
「ああ」
「本当か?」
蒼斗が、スプレー缶をデイパックに戻しながら頷いた。その瞬間、蓮の顔から血の気がひいた。
「どうした」蒼斗が、心配そうに蓮の顔をのぞき込む。
「追い越すときに、蓮の肩ごしに少し見ただけだけど間違いないよ。ただ、……」
蒼斗が、そこまで言うと、思い出すように続けた。
「あいつが、脇の溝の方に顔を向けていたんで、顔の反対側の半分は良く見えなかった」
「……!」その言葉に明らかに、蓮の全身が反応した。
「どうした?」蓮は下を見たままで、子刻みに震え出した。
蒼斗は、横に座っている蓮の顔を覗き込むと、鋭い声で呼んだ。
「蓮っ!」
「えッ、……あ」蓮は、我に返ってきつい目で蒼斗を見た。
蒼斗は、なぜ蓮がそんなに脅えているか、理解ができなかった。
「どうしたんだよ、蓮」
「本当に、……本当に森口だったのか。冗談じゃないよな」
蓮は、重ねて念を押した。まだ震えは止まっていない。
「ああ。……森口がどうかしたのか?」
蒼斗は、何の事かさっぱり分からなかった。蓮は、蒼斗から目を逸らして言った。
「
今度は蒼斗が、きつい目をして、蓮を睨み返した。
しばらくは二人共、言葉が出なかった。
「だって、……あれは、……間違いなく柚音だった」
蒼斗は、目頭を手の甲でこすりながら言った。
一拍置いて、蓮に向かい直すと聞いた。
「柚音が死んでるって?」
蒼斗にゆっくりと顔を向けると、蓮は重い口調で話し出した。
「あれは、先々月の六月だった。おまえは転校して知らないと思うけど、この辺りの道で、工事車両のダンプカーに跳ねられて、……
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