第8話

二人は、マウンテンバイクに跨ると、雑草を避けながら笹塚街道へと急いだ。

そして笹塚街道に出ると、恩音トンネルとは逆の方向へハンドルを切って走り出した。


(パン、パン、パーン)

そのとき、後ろの山の乾いた空に、微かな音が鳴り響いた。恩音トンネルの方からであった。


蒼斗は、走りながら後ろを振り向いた。恩音トンネルの穴が小さく見える。

(いまのは何だったんだろう)

蒼斗は少し気になったが、トンネルへ戻る気にはなれなかった。


蒼斗が近くに視線を戻すと、少し後ろを、蓮が下を向きながら自転車を漕いでいた。

「でもさぁ、さっきの話なんだけど」蒼斗が、少し速度を落とすと声を掛けた。


蓮は、自分の地面にゆれる影を見ながら、真顔で何かを考えていた。

あれが、お化けだとしたらだよ。なんで、もっと俺を驚かさなかったんだ。口が大きく裂ける演出とか、ガバァーっと両手を広げて追いかけてくるとかさぁ」

蒼斗の言葉に、蓮は顔も上げない。


蒼斗が顔を前に戻すと、左手に、神社の赤い鳥居が見えてきた。そこには鳥居を潜る細い脇道があり、その先に鳥居の広場があった。

蒼斗は、鳥居を見ながら通り過ぎた。


少し前を走りながら蒼斗が、斜め後ろに身体を捻って、話を続けた。

「それにさぁ、本当のお化けが俺の質問に答えて、この場所はここですよ、とか。向こうに行くにはあのトンネルしかないですよ。なんて答えるか。……そんなお茶目なお化けがいるか?結構、お化けなんて、自分都合で一方的じゃないのか」

蒼斗は、そう言いながらも炎天下で、汗ひとつかかずに俯いていた、女の顔を思い浮かべていた。


「蒼斗、まえっ!」

急に、後ろを走っている蓮が叫んだ。蒼斗は、慌てて顔を前に戻した。少し先に自転車に乗る人影が見えた。

よく見ると、女子高生が、紺のセーラー服で自転車に乗っていた。女子高生は一人で、ゆっくりと蒼斗たちと同じ方向へ進んでいる。

その女子高生は片手をハンドルから離していて、少し自転車がフラついている。おまけに、何かを探しているようで、農道の脇を流れる、細い水路の辺りを覗き込むようにして走っていた。


「どうする」

蓮が、蒼斗の横まで追いついて言った。


「追い抜くしかないだろ」

このまま後ろを走っていても、いずれは追いついてしまう。それに二人には、そんなにゆっくりと、走ってはいられない事情もあった。


「でも、この辺の高校なら、俺たちを知っている奴かもしれないぞ。俺の顔を見られたら、ヤバイんじゃないか」蓮が小声で言った。


「人殺しぃー、なんて騒がれたら、蓮、また人を殺さなきゃ……」

「蒼斗!」

蓮に、強い口調で諫められた。蒼斗は、今日の蓮には冗談が通じないことを悟った。


「……じゃあ、蓮が彼女あいつのすぐ脇を通って、横にいる俺の方を見て、何かを話しながら一気に追い抜こう」蓮は、蒼斗を見て迷っている。


「そうすれば彼女あいつからは、おまえの後頭部くらいしか見えないから、この人の頭、あら~、絶壁頭ねぇ。おまけにてっぺんに十円禿げもあるわ…ぐらいしかバレない」と、蒼斗がいうと、蓮はまた渋い顔をした。


前を見ると、もう女子高生は、すぐ近くまで来ていた。

「それしかないか」

蓮の頷く合図とともに、二人はスピードを上げて、女子高生の脇をすり抜けた。

そのまま、しばらくは猛スピードで走り続けた。

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