第14話

蒼斗は、自転車を倒して、木橋の袂にしゃがみ込んでいた。

しばらく頭を垂れていたが、「やーめた!」と、突然身体をガバッと起こした。

蒼斗は、何を思いついたのか、デイパックの中からコンビニで買った地図を取り出した。


(上等だよ。あのトンネルが抜けられないのなら、トンネルを通らずに、別の道を探して向こう側へ行けばいいだけだ)―――蒼斗は、地図を広げながら立ち上がった。


このあたりが、ちょっと普通の人間と、蒼斗の思考ルーチンが違うところであった。

蒼斗は、余り物事を深く考えない人間である。目的の為だけに思考を集中し、その他の事や、少し考えて答えが出ないものは、すぐに諦める。

『なぜ、トンネルが抜けられないのか?』などの理由は、蒼斗に取ってはどうでもよい問題なのである。


(えーと。ここはこの辺だから、あの山を抜けるには……)

蒼斗は、橋の袂で地図を広げて、川を挟んだ恩音トンネルの方角を見ていた。

―――と、その時、蒼斗は背中に何かの気配を感じた。地図を持つ、両腕のうぶ毛が逆立った。それはすぐ背後で、確かな実在を誇示こじするような強い気配を放っていた。蒼斗は、地図を広げたまま、ゆっくりと首だけで振り向いた。



「バシッ!」

蓮は、自分の首筋を平手で思い切り叩いた。

左腕の、小さく赤く腫れたところを掻きながら、蓮が木橋の下から顔を覗かせた。

「蒼斗ぉ~、遅いよぉ」

蓮は、背丈ほどある雑草の中に身を隠していた。人の気配がした時にだけ身を隠せば良いのだが、最初から最後までずっと隠れているところが、蓮らしいところでもあった。


虫に刺された蓮の左腕には、手作りの紐のブレスレットが巻かれていた。中学の時に京都の友達ペンフレンドが、蓮の誕生日にプレゼントをしてくれたものである。

ブレスレットは、四色の絹糸をって組まれた紐に、小さなバチカンを通して、蓮のイニシャルの『R』を刻印した銀のプレートが付いていた。

蓮は、そのブレスレットの上にあるダイバーズウォッチに眼をやった。


「もう、三十分は経ってる。どこまで行ったんだよ」

と、橋の下から、笹塚街道の方をキョロキョロと眺めている。


蒼斗あいつはいつも気楽でいいよな。たまには真剣に仕事してくれよ」

今度は、Gパンの上から股の辺りをボリボリと掻いている。

「冤罪を着せられた二枚目の主人公の股間こかんが、虫刺されで真っ赤に腫れ上がっていたら、格好悪いって。それに俺には時間が無いんだよ。なあ、蒼斗ぉ~」

蓮の切なく祈るような声が、草の中から響いた。



当然、そんな声が届くはずもない蒼斗は、それどころでは無かった。

肩越しに顔だけで振り向いた。


「いぎっ!」と、蒼斗の心臓が飛び出しそうになった。


―――そこには、が立っていた。

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