第11話
―――約、三ヶ月前。
五月十日、十七時五分。信濃大町の喫茶店にて。
外は、冷たい雨が振っていた。
もう今日で、連続十日間も雨が続いている。
五月晴れの青い空は、分厚い雲に邪魔をされて、中々笑顔を見せてはくれない。
駅前の喫茶店は、土曜日の夕方で混んでいた。
一番奥の窓側の席で、二人の女性が楽しそうに会話をしている。
窓を向いて座っているのが、農協に勤めている
ショートヘアに化粧っ気は無いが、端正な顔立ちの莉央奈と、髪の毛を後ろに束ねて眼鏡をしているよし子は、短大の同級生で、去年までは映画や、よし子の車で旅行などにも良く出掛けていた。
しかし莉央奈の五歳上の姉が、昨年末に行方不明になって以来、何処へも出掛けてはいなかった。
「リオ、今年の秋にシドニーに行くんだけど、一緒に行かない。奈緒と恵美子も来るから」よし子が、バックからタバコの箱を取り出しながら言った。
「……行きたいけどね。ずいぶん二人にも会ってないし」
莉央奈が困った顔で答えた。
莉央奈の姉の
莉央奈は、姉の友人の
よし子も、莉央奈の姉の事は気にかけていた。今回のオーストラリア旅行も、そんな莉央奈を力付けたくて、三人で相談して企画したものだった。
「ねえ、いかない。二人はセントメアリー大聖堂に行きたいって言ってたけど、ほら、リオは、前にコアラを見たいって言ってたじゃない」
よし子が、タバコをくわえると長いマニキュアを塗った爪で火をつけながら、タバコの箱を莉央奈の顔の前に差し出した。
莉央奈は首を振りながら、よし子の顔を見て微笑んだ。
「あっ、ごめん。リオはタバコ、吸わなかったね」
よし子が、差し出した手を引っ込めた。
莉央奈は冷めてしまったコーヒーカップに手を伸ばした。半分残った黒い液体を口に運びながら、何気なく窓の外に目をやった。
丁度その時、若いカップルが、一つの傘の下に肩を寄せて、楽しそうに通り過ぎていくのが見えた。莉央奈は、カップルの通り過ぎた後も、暗くなりかけた窓の外を暫く眺めていた。
(姉も行方不明にならなければ、今頃、あのカップルのように幸せの中を生きていたのかな)莉央奈は、ふと姉が失踪する、一週間前の出来事を思い出していた。
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