第8話

「殺してないって。死んでたんだもん」

境内で遊んでいた男の子の二人が、杉の太い幹の下で言い争いを始めた。


「ここに、死んでたんだってば」

都会から遊びに来たような、小綺麗な半ズボンを穿いている男の子が、足元の地面を指差して言った。


「違う。さっきまでは、元気に木に止まってたさ」

見るからに地元の子と分かる太った男の子が、虫取り網を持って、空いている片手を広げて見せている。そこには蝉の死骸が載っていた。



蒼斗はホッとして、蓮に顔を戻した。

「蓮、さっき言ってた、やったことって……」

「だって!」蓮は、蒼斗の問いを阻むように話し出した。


「夕べのあの状況を見たら、誰だって俺が犯人に見えるだろ。逃げる気はなかったけど、隣に住む、あのおばさんが、あんな所で俺の名前を大きな声で叫ぶから、それで慌てちゃって……」

蒼斗は、前にある蓮の自転車のペダルを、反対方向にゆっくりと手で回しながら、蓮の横顔を見た。「カラカラ」と、チェーンの乾いた音がする。


蓮は俯いた下から、蒼斗の顔をチラっと見た。そして観念したかのように、を話し出した。


「俺が中学の時、あのおばさんの可愛いがっていた猫が……」

「……ネコ?」


「受験前で、猫がずっと外で鳴いてるのがどうしても気になって、窓を開けて追い払ったことがあるんだ」

「……ハァ?」


「そしたらそれ以来、もうおばさんのところにも、その猫が来なくなって……」

「コナクナッテ……?」


「おばさんと、猫のことで話したことはないけど、あのおばさんはきっと猫が来なくなったのが、俺のせいだって知っている、……だから、警察で『包丁を振り回して追いかけられて殺されかけた!』なんて、おばさんが言ってたら、もう俺の人生も。それに……」

「ソレニ……?」


「婆ちゃんに、なんて言って説明をすればいいのか」

「ばっちゃんにねぇ、それは確かに大変だわ」

蒼斗はペダルを止めて、うなだれている蓮の顔を見た。蓮は、高校生になった今でも、その猫のことに心を痛めて後悔をしていた。蒼斗は、少しホッとした。


「……で、犯人、捜すのか?」

「それしかないっしょ」

蓮は、自分の中でも迷っていが、吹っ切れたように顔を上げた。


蒼斗は猫の話を聞いて、また少し蓮の性格が分かったような気がした。

『……この小心者が』―――蒼斗は心の中で呟いて、少しニヤっとした。


蒼斗は、自分の分のおにぎりを全部食べ終わったので、ウーロン茶を一口飲んでから、

「でも、映画や何かでよく、無実の罪を着せられた奴が、警察には追われ、本当の犯人からも命を狙われて、逃げながらもどんどん罪を重ねて、それでも真犯人を追いつめていくなんてのが良くあるじゃん」

と、袋の中からおにぎりを取り出した。さっき蓮が受け取らなかった、ツナシーチキンのおにぎりだった。


「けど、あれって、一歩間違えば死んじゃいそうだぜ。何であんなに苦労すんのか。最初から警察に行って、全部、正直に話した方がよっぽど楽なのに」


「蒼斗、……警察には行けない事情があるんだよ、主人公には!」

蓮が、強い口調で言った。


「目撃者があのおばさんじゃなかったら、きっと俺も逃げたりはしなかったし。『手に持っている包丁で、何度も何度も男の胸を突き刺して、私に気がついて振り返ると、包丁についた血を舐めてニヤッと笑ってました』なんて警察で言ってたら、俺は本当に殺人を犯しちゃうぞ~w」

蒼斗と話して吹っ切れたのか、蓮もやっといつもの元気を取り戻しつつあった。蒼斗は、おにぎりの赤い帯を切り取り、ビニールを左右に抜き取った。


「分かったよ、でも、そうだな。三日間だぞ」

と、蒼斗が、おにぎりから剥いだビニールをコンビニの袋に入れながら、

「今日は八月二十二日の金曜日だから、金土日の二十四日の日曜日までだぞ。あんまり警察に行くのを延ばすのはマズイし、それに俺もあんまり長く、キャンプに行ってる訳にも行かないから」と、観念したように言った。


「三日間か。真犯人が分かったらその時点で警察に行くよ。分からなくても、日曜日にそれまでの情報を持って警察に行く」

と、蒼斗が口に入れようとしたおにぎりを横から奪い取って、蓮がおもむろに立ち上がった。


そして、蒼斗を上から見おろして、

「蒼斗、無実の罪を着せられた、二枚目の主人公は!」と、念を押した。


「んな者に、なりたかねぇーよw」と、蒼斗は言って、蓮を見上げて苦笑した。ちょっとおにぎりを横取りされたことを根にもっていた。蓮は、そんな気持ちなどはどこ吹く風に、大きな口を開けて、最後のおにぎりを頬張った。


少しして、二人はコンビニに寄って買い物をした。その時に、外にあった公衆電話から、蓮が家に電話を入れた。

『三日後に帰る』という事。

『自分が犯人ではない』という事。

『真犯人は女でこれから捜しに行く』という事。

『絶対に無謀なことはしない』という事。

―――などを、家族に伝えた。


最初に電話に出た母親は、夜半に警察が来たこともあって、至極取り乱して一睡もしていない様子だったが、蓮の元気そうな声を聞いて、少し安心したようだった。

最後に蓮は、婆ちゃんに心配するなと伝えてもらうように言って、また連絡をすると電話を切った。

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