第7話

蒼斗は、蓮の話を聞いて内容がつかめたのか、いつもの落ちつきを取り戻していた。

「俺、これからどうしたらいい」と、蓮が顔を向けた。

一睡もしていない疲れと、今まで生きてきた十七年間での最大級のダメージから、まだいつもの、しっかり者の蓮には戻りきれていなかった。


蒼斗は、半分剥いたソーセージを口にくわえたままで、袋の中に手を突っ込んだ。

蓮に買ってきた、二つ目のおにぎりを取り出すと、蓮へ差し出しながらキッパリと言いきった。

「どうするって、警察に行って全部話をした後に、包丁を探しに行けば済む事じゃないか」


蓮は、おにぎりを受け取ろうとはせずに、飲みかけのウーロン茶を口に運んだ。喉が渇くのか、一口飲んで頭を垂れた。


「蒼斗、さっきの話、聞いてた」

「ん、なにが?」


「まずいって。非常にまずいって、俺、言ったよね」

「ああ?」

蒼斗は、蓮が受け取らなかったおにぎりを袋に戻すと、二個目の自分のおにぎりを取り出して、ビニールを剥がし始めた。


「……もしかしたら」

蓮の言葉に、蒼斗がゆっくりと顔を向ける。


「……駐車場を逃げる時に、気が動転していて、持っていた包丁を振り回しながら逃げてきたかもしれない。俺、大声で喚き散らしていたかも知れない。取り押さえようとした人たちを、もしかしたら持っていた包丁で怪我をさせてしまったかも……。ああ、婆ちゃんに叱られる」

「ばっちゃんに、……」


「包丁を持ってたなんて気がつかなかったし……。逃げるときに何をしたのか、全然思い出せないんだ」蓮が、大きくかぶりを振った。


「犯人じゃなかったら、包丁を振り回して、一般市民に怪我をさせて、逃げたりはしないだろ」少し落ちついたかに見えた蓮の声が、またうわずって早口になった。


「蓮、犯人じゃなかったらって、やっぱり、おまえが?」

二個目のおにぎりを食べながら、蒼斗が言った。


「ちがうって!」と、蓮が、横に座っている蒼斗を睨んだ。


「だけど、あの状況なら、俺が殺ったって思われても……」


「だな。おまえが殺って無いことよりも、殺ったってことを証明する方が楽だ」


「えええっ、そーなのか、やっぱり、そーなのか」

蓮が、長身の腰を屈めて、両手で頭を抱えた。落ちた両肩が、落胆の大きさを物語っている。


「血の付いた包丁を胸から引き抜くところを見たら、誰だって、おまえが……」

「じゃあ、やっぱりこれしかない!」と、蒼斗の話の途中で、頭を上げながら、蓮が強い口調で割り込んだ。

今度は逆に蓮が、蒼斗の両肩を強く握ると、無言で見つめた。


「えっ、あ、いやいや。それ絶対まずいって」と、蒼斗が大きく首を振った。


「俺は犯人を知ってる。フードを被っていて顔は見えなかったけど、女の人あいつが俺とぶつかった時に、膝を強く打って痛がっていたのを見たし、乗っている車も」

蓮が、一気にまくし立てた。


蒼斗は、近すぎる顔の、蓮の鼻のデカさと気迫に押されながら、

「ナンバーは見たのか?」と聞いた。

蓮は、黙ったままで、


「だけど、車は白のセダンで、交通安全のステッカーもしっかり覚えてる」

「それだけで、どうやって……」と、両肩を固定されている蒼斗が、。身体の自由が利かない。


蓮は、両肩を解放すると、横目で蒼斗を見て自信ありげに言った。

「大丈夫だって。俺は重要な証拠を握っているから。それは、あのときの……」

「ライターか?」

蓮が、もったいぶって盛り上げているのを、蒼斗に意図も容易く言われてしまった。


折角名探偵を気取ろうとしたのを、蒼斗に台無しにされて、

「そ……そうだよ。ライターだよ」

と、蓮が腰を浮かしてズボンの後ポケットから、ライターを取り出した。


「このライターに、ほら、ここ、店の名前が書いてある」

と、蒼斗の鼻っ面にライターを突き出した。蒼斗は、それを受け取らずに、

「おまえ、これを素手で……」と、ライターを指差した。


「これも不可抗力だろ。おれは、これを拾って、落とした女の人に渡すつもりだったんだよ。それに、あんとき、そんな冷静になんかなれないし……」


「おまえ、やけに不可抗力多くね」

と、蒼斗は軽くため息をつくと、それを素手で受け取った。


「……白夜館びゃくやかん

店の宣伝用の使い捨てライターには、信濃大町駅前、(レストラン・パブ)白夜館と書かれていた。


「じゃあ、これを警察に持っていって、事情を話せば……」

「ダメだって!」

いつも穏やかな蓮が、強い口調で、鋭い声を上げた。


蒼斗は、驚いて蓮の顔をのぞき込んだ。

「今警察は、俺のことを犯人だと頭ごなしに思っている。きっと俺の話なんて真剣に聞いてはもらえない……」


「……?」蒼斗は首を捻った。


「ああ、最悪……」長身の蓮が、大袈裟に天を仰いだ。


「何が……?」


「あのおばさんは、俺がやった事を知っているんだ」

「殺った……こと?」

蒼斗は、蓮の言葉の意味が、また理解できなくなった。なぜ、蓮がそこまでかたくなに、警察へ行く事を拒否するのかと、少し不思議に感じていた。


(やっぱり、……蓮が?)



「あー、殺したな」

「殺してない」


「いいや、殺した!」

蒼斗と蓮は、その声にビクッとして、顔を上げた。

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