第5話

「それで、何が落ちてたんだ?」

少し前屈みになっていた身体を戻しながら、蒼斗が聞いた。


蓮は、向き合っていた顔を、また境内へ戻すと、ゆっくりと話を続けた。

「そこに店の名前の入った、ライターが落ちていたんだ」

「ライターが」


「そう、ぶつかってきた女の人のだと思って渡そうと、拾って前を見ると、もう車が走り去っていて……」蓮はここで、ウーロン茶を一口飲んだ。


「それで自転車を起こすと跨って、何気なく駐車場の方へ目をやったら、奥に駐めてある車のかげに何かが見えたんだ」

蒼斗は瞬きをした。蓮は、蒼斗をチラッと横目で見たが、また視線を逸らすと話を続けた。


「最初は薄暗くて、ぼろ布か、段ボールかと思ったんだ。……けど、良く見ると男の人が、顔を反対側に向けて、うつ伏せに倒れていて」


「………」蒼斗がまた瞬きをする。


「それで自転車を降りて、押しながら近づいて………」

「それ、ホームレスとか、酔っぱらいじゃないのか?」

蒼斗が、そういう連中とは関わらない方が良いと、唇を突き出して、首を横に振った。


「ホームレスとかならほっておこうとも思ったけど、着ている服がちゃんとしているんだよ。婆ちゃんにも、困っている人がいたら助けてあげるようにって、いつも言われてるし」


「婆ちゃんにも、か?……そか」と、蒼斗が小首を傾げた。

蓮は、幼い頃からお婆ちゃん子であった。田畑で忙しく働く両親に変わって、祖母が親代わりをしていた。


「その人が車に乗ろうとして、貧血とか脳震盪とかで倒れているんだったら、大変だと思って」

「ああ、それは大変だわ」

と、言って蒼斗は、忘れていた自分に買ったウーロン茶を、コンビニの袋から取り出すと、良く振って蓋を開けた。蒼斗は、炭酸以外の缶物は、何でも無意識に振ってしまう。


「死んでいるんなら気持ちが悪いから、自転車をその場に倒して、遠巻きに声を掛けてみたんだ」


「オイオイ、生きてますか~てか?」

蓮が、蒼斗の横やりは気にせずに続けた。


「数回呼んでみたけどピクリとも動かない。もしも病気だったら、早く助けないとヤバいから、膝をついて向こう側にうつ伏せになっている男の人の腹の下に手を入れたら……」と言って、蓮が怖い顔で、急に蒼斗に顔を向けた。


「手にべっとりと、何かがついたんだ」

蓮の気迫に負けて、蒼斗が少しのけ反る。


「何かが、か?」蒼斗は、唾を飲み込んだ。


「それは、なんか生暖かかったから、俺はてっきり酔っぱらって吐いたんかなぁって思った。それで力を入れて、男の人の身体を仰向けにしたら……」

「したら」


「胸に……」

「胸に?」


「細く尖った、包丁が突き刺さっていた」

「ぐっ、ゲボッ!」

蒼斗は、飲みかけていたウーロン茶を吹き出した。

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